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第二千六百七十八話 狂える女王(一)

 通路に満ちた爆煙の中から聞こえた声の主は、素早くセツナに近づいてくると、セツナが立ち上がる間もなく彼の体を抱え上げた。まるで姫を抱える騎士のようなあざやかな振る舞いに言葉も出ない。それになにより、その女の姿を目の当たりにすれば、絶句するのも当然だった。

「ほう……あの強度の結界を打ち破るとはな」

 レオンガンドが爆煙の向こう側で賞賛の声を上げたが、それも当然だとセツナも想った。“破壊光線”ですら簡単には貫けそうにないほどの結界は、複雑な多層構造だったのだ。それを容易く貫いてきたのが、その人物だった。

「三界の竜王の力、見くびらないことだ」

 女は、いった。

 セツナを抱き抱えたその女は、顔だけを見れば、どこからどうみてもユフィーリア=サーラインそのひとだった。声も、そうだ。記憶の中のユフィーリアの声そのものだ。

 ユフィーリア=サーライン。蒼衣の狂王と呼ばれる竜属の王ラムレス=サイファ・ドラースが実の娘のように愛する人間の女だ。ラムレスの庇護の元、北の大地に生まれ育った彼女は、どういう経緯かクオンと知り合い、《白き盾》に身を寄せていた時期があり、その時期、ガンディオンに現れ、クオンからの手紙をセツナに渡してくれたことを覚えている。それからのことは、セツナよりもファリアたちのほうが詳しく、話によれば、どうやらファリアはユフィーリアと親友同然の付き合いをしていたらしい。リョハンは、ユフィーリアとラムレスたちのおかげで“大破壊”後の混沌とした時代を生き延びることができたといっても過言ではないのだ、という。

 そんなユフィーリアの記憶が脳裏を過ぎるが、いまの彼女は、記憶の中の彼女とはどうも様子が違った。まず、その姿だ。ユフィーリアは、歴とした人間だった。竜属に育てられたという経緯こそあれど、人間以外のなにものでもなかったはずなのだ。なのに、いまの彼女は、人間とは異なるもののように思えた。

 まず髪。雪のように白い髪にところどころ群青が混じっている。まるで蒼衣の狂王を想起させるそれは、彼女の元々の髪色ではないはずだ。つぎに、眼が龍の眼のそれであり、人間とは異なっていた。さらに全身、人間の女性の体だが、部分部分が龍の鱗で覆われており、軽鎧のようになっていた。背には一対の飛膜があり、臀部からは長い尾が生えている。半人半竜とでもいうべきだろう。

「三界の竜王……?」

「ふむ……この世界にも我と同類がおったか」

「勝手に同類扱いしてくれるな」

「む……」

 にべもないユフィーリアの一言には、さすがのハサカラウも軽口のひとつも叩けなかったようだ。

「行くぞ、セツナ。いいな?」

「あ、ああ……」

 抱き抱えられたままではどうにも収まりが悪かったものの、反対する道理もなく、彼は静かにうなずいた。ユフィーリアは、とにかくここから脱出することを優先しており、いまは彼女の言に従うのが一番だろう。

「このまま、逃がすと想うか?」

「わたしひとりでここに来たと考えるほうがどうかしているがな」

 彼女が笑うと、凄まじい衝撃が船体を揺らした。多方向からの震動は予期していなかったのだろう。レオンガンドもアルガザードもその場に踏み止まったが、それが隙となった。ユフィーリアは翼を羽撃かせ、一瞬にして天井の大穴へと至った。

「待て、セツナ! わたしは……!」

「陛下」

 セツナは、レオンガンドの縋るようなまなざしを見て、痛いほど理解したことがあった。

「俺はあなたの敵だ。つぎこそは、あなたを討つ」

 討たねばならない。

 彼は、いった。

 彼に夢を見せたのはセツナだ、と。

 そしてその夢が彼を突き動かしている。いまもなお。

 ならば、その夢を終わらせなければならない。そして、その夢を終わらせることができるのもまた、最初に夢を見せたセツナなのだろう。

 急速に遠ざかっていくレオンガンドの姿をその目に焼き付けながら、セツナは拳を握った。黒き矛を強く握り締め、感情を共有する。黒き矛の怒りは、痛いほどわかる。神々への怒り。聖皇の力への怒り。それは、セツナ自身の怒りであり、哀しみでもあった。

 レオンガンドが聖皇の力の器になりさえしなければ、このようなことにはならなかった。

 そもそも、聖皇の力が存在しなければ、こうはならなかったのだ。

 聖皇が残した約束が呪いとなって世界を蝕んでいる。

 ならば、聖皇の力を根絶する以外の道はなく、そのためには、レオンガンドを討滅するしかない。

 それが哀しくて、やるせなくて、セツナは歯噛みした。

 まさか、レオンガンドと戦うことになるとは想像だにしていなかった。ネア・ガンディアを偽者と決めつけ、その指導者たるレオンガンド・レイグナス=ガンディアも偽りの存在と断じ、深く考えないようにしていたがために陥った事態とでもいうべきか。いや、しかし、だれだってそう考えるのではないか。ガンディアは、“大破壊”の爆心地だったのだ。特に王都ガンディオンにいたものがどういうわけか生きていて、新たな組織を立ち上げ、神々とともに行動しているなど、神々を支配しているなど、想像しようもない。ましてやレオンガンドが率先して神々を使役し、世界征服に乗り出すなど、だれが想像できよう。

 考えられることではない。

 なにが起こっても不思議ではない世界ではあったとしても、だ。

「ともかく、おまえが無事で良かった。ファリアも安心するだろう」

 不意に聞こえた安堵の声は、ユフィーリア=サーラインそのものの声であり、セツナは彼女に感謝を述べた。

「……あ、ああ。助かったよ、ありがとう、ユフィーリア」

 彼女は、セツナを両腕で抱えたまま、飛翔し続けている。通路の天井に空いた大穴からさらに幾層もの空間を突破し、やがて夜空が視界に飛び込んできた。そのまま、夜空の中へと躍り出れば、周囲は戦場と化していることがわかる。無数の飛翔船が光を放ち、その火線の中を無数の飛竜が飛び交い、魔法が乱れ飛ぶ。神人、神獣の類もいるが、竜属のほうが圧倒的だ。ただ、その竜属も、神属には敵わないらしい。そんな光景を全感覚で捉え、セツナは唖然とした。この状況を生み出した原因はだれか。考えずとも、わかる。と。

「……ユフィーリアは死んだ」

 予期せぬ一言に思考が止まる。

「わたしの名はラムレシア=ユーファ・ドラース。ラムレス=サイファ・ドラースより力を受け継いだ存在。名の意味は、蒼白衣の狂女王……といったところだ。この姿を見れば、わかるだろうがな」

 彼女は、誇らしげにいった。確かに蒼白衣といわれれば、そうかもしれない。髪に混じる群青や、蒼白の鱗など、全体的に蒼と白が入り交じっていて、蒼衣の狂王とは異なる印象があった。ファリアから聞いた話では、ユフィーリアとは竜語で白い花を意味するといい、その白が蒼に混じり、蒼白になったりしたのだろうか。とはいえ、その容貌はユフィーリアそのものであり、セツナはそのことをいった。

「でも、ユフィーリアにしか見えないが……」

「ユフィーリアは死に、わたしへと生まれ変わった、ということだ」

「生まれ変わった……」

 何度聞き、口にしたかわからない言葉だ。

“大破壊”以降、様々な人間が人外の存在へと生まれ変わっている。ニーウェハインは神に生まれ変わって人間に戻り、クオンたちは獅徒へ、ラクサスらは神将なる存在へ、レオンガンドは獅子神皇へと生まれ変わった。そして、ユフィーリアは、竜属の王へと転生した、という。

 この世界では、人間から人外へ生まれ変わることは容易いことなのだろうか、と想いたくもなる。無論、いずれも相応の力を伴っての事象なのは間違いないのだが。

 実際、彼女の場合も、それ相応の出来事だったようだ。

「ユフィーリアを神化より救うには、さらに別の存在へと転生させる以外に方法はなかった。それ故、ラムレスはそのすべての力をユフィーリアに託し、転生させた。そして、わたしが生まれたのだ」

「じゃ、じゃあラムレスは……」

「わたしとなった。わたしは、ラムレス=サイファ・ドラースとユフィーリアの融合体といっても過言ではないのだ」

「そう……だったのか」

 彼女の声音がどこか寂しげで、苦しげで、それでいて感極まってもいた。必ずしもラムレスを失ったわけではないということが彼女にとっては救いだったに違いない。ユフィーリアは、ラムレスを実の父として敬愛していたのだ。そんな彼に命を賭けて救われ、その上彼を失ってしまったとしたら、彼女はどれほど後悔したことだろうか。ラムレスは、彼女の中で生きている。

 彼女とともに生きている。

 だから彼女は、前を向いていられるのだろうか。


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