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第二千六百七十六話 逃走経路

 通路は広く、長い。

 壁も床も天井もその材質は不明だが、破壊できないわけではない。が、セツナの目的はこの船からの脱出であり、おそらく救出作戦を展開中のファリアたちとの合流であって、船の撃沈ではなかった。セツナが疾走中の船は、シウスクラウドと呼ばれる超巨大飛翔船であり、その大きさは、龍府を覆い隠すほどだった。仮に撃沈することができたとして、その余波や残骸が龍府にどれほどの被害をもたらすのか、想像するだに恐ろしい。

 とはいえ、ネア・ガンディア軍の旗艦ともいうべき船だ。損害を与えることそのものには意味があり、価値がある。無論、即座に決戦というわけにはいかない以上、セツナがどれだけ暴れ、どれだけの損傷を船に与えることができたとしても、つぎに戦うときには完全無欠に修復されているのが落ちだ。時間稼ぎにもならないだろう。

(無意味なことはやめだ)

 余計な真似をして、結果、龍府や地上に損害をもたらすようなことになれば目も当てられない。ただでさえ、セツナは皆の足を引っ張っているというのにだ。

 クオンのいうとおり、この船を揺らしたのがファリアたちならば、彼女たちを窮地に曝しているのも同然なのだ。それがセツナには心苦しかったし、己の愚かしさに目眩さえ覚えた。怒りに駆られ、自分を見失い、我を忘れた挙げ句、敵に捕まり、味方を窮地に曝す。愚の骨頂とはまさにこのことであり、自分がいかにも成長していないことを理解して、彼は歯噛みした。

(すまねえ、皆……!)

 もしも、このせいでファリアたちが傷つくようなことがあれば、セツナは、二度と自分を許せなくなるだろう。故にこそ、なんとしてでもこの船を脱出し、皆との合流と離脱を果たさなければならない。

 前方、通路が三叉に分かれており、前と左から強い気配が迫ってくるのを肌で感じ取った。余計な戦闘を避けるため右へ折れ、さらに加速する。船というよりは巨大な宮殿の中を迷走しているような感覚に囚われるのは、通路の構造が王宮を想わせるからだろう。作りがウルクナクト号とはまるで違う。獅子神皇が乗り込む船だ。それ相応の作りをしている、ということなのだろう。

 後方から迫り来る気配は、先程の三叉路で前方と左側の通路から迫ってきていたものたちのものだろう。それらは、セツナを捕縛するために放たれた敵戦力であろうし、並大抵の戦力ではないことは明らかだ。やり過ごすことは難しい。なぜならば、進路上、前方からも圧力が迫りつつあったからだ。

(しまったな)

 前後を挟まれる形になり、セツナは足を止めた。と、右側の壁に扉が並んでいることに気づく。その先に通路が続いている可能性に賭けるべきか、それとも強引に包囲を突破するべきか。逡巡することもなく手近にあった扉を突き破ったのは、その扉の向こう側から妙な気配を感じ取ったからだ。黒き矛の一撃で風穴を開ければ、ひとひとり通り抜けるのは容易い。その扉の向こう側には小部屋があり、飛び込むと、部屋の中心に光の球が浮かんでいた。

 そして、その光の球の中に奇妙な物体が囚われていた。奇妙というのは、なにか無数の細長いものが絡まり合った末に丸まり、球体を作っているように見えたからであり、その球体を作る細長いものには鱗が生えていたからだ。それが龍の鱗だと直感的にわかったのは、龍と浅からぬ因縁があるからだろう。先程感じた妙な気配とは、まさにその物体が発していた気配であり、彼はかつて、その気配をこの船のあるザルワーンの大地にて感じたことがあった。

「なにやってんだよ……」

 セツナは、思わず唖然としながらも、奇妙な物体を包み込む光球に黒き矛を叩きつけた。光の球は、たやすく砕け散ると、解放された物体は重力に従って床に落ち、踏み潰された蛙の悲鳴のような声を発した。そして、すぐさま跳ね上がり、浮かび上がってくる。

「な、なにごとか!?」

 その奇妙な球体から伸びたいくつもの龍の頭部が、愕然と周囲を見回し、やがて一点に収束する。龍の頭部は九つ。輝くは合計十八個の金眼。神の眼。

「ぬ……おぬしは」

「ハサカラウ様さんよ、こんなところでなにしてんですか」

「見ればわかろう」

 セツナの拳ほどの大きさの球体となった九頭の龍神は、なぜか勝ち誇ったように告げてきた。

「絡まっておったのだ」

 セツナは、頭を振り、来た道を戻ろうとした。

「待て待て待て待て。おぬし、我をここに捨て置くつもりか!?」

「そんだけ余裕があるなら、助けはいらんでしょ」

「む……そういうわけではないぞ。我はいま、ひとの手を借りねばならぬほどに弱っておる」

 ハサカラウが極めて神妙な口調で告げてきたところを見ると、冗談でもなんでもないらしい。本来の巨大で雄々しい龍神の姿と比べてみずとも、いまの彼が弱体化していることは明白だ。それがなぜなのかも、想像が付く。龍神ハサカラウは、ザルワーンを守護するとシーラと約束を取り交わしていた。

「……それだけ、戦ってくれたんですね。シーラとの約束を護るため」

「我は神ぞ。一度結んだ約束を破るなど、とんでもない。だがしかしな……これではシーラに顔向けできぬ」

 随分としおらしいことをいうものだ、と、セツナは、想った。ハサカラウがいっているのは、ザルワーン島を護ると約束しておきながらのこのていたらくでは、約束を破ったも同然であり、故に合わせる顔がないということなのだろう。とはいえ、だ。

「ネア・ガンディアが本腰を入れて攻め寄せてくるなんて、俺たちだって想定していなかったことです。シーラも気にしないでしょう」

 これだけの戦力を撃退するなど、セツナたちが全力を出したところで不可能だ。そこにハサカラウが加わっても同じだろうし、ハサカラウのみならばなおさらだ。

「あなたが取り込まれなかっただけ、良かった」

「それも、汝らが我を信じてくれていたからこそではあるが」

「……なるほど」

 どういう意図か、ハサカラウが頭の上に飛び乗ってきたのを受け入れつつ、セツナは、彼の言葉が意図することを察した。不老不滅の存在たる神と神の戦いは元来不毛なものであり、勝敗がつくものではない、という。だが、どういう条件かは不明だが、神が神を取り込むことで、強引に勝敗をつけることもでき、それならば、神々の戦いが不毛というのはおかしな話ではないか、と、想っていたのだが、ハサカラウの発言から、神が神を取り込む条件のひとつがわかった気がした。

 おそらく、信仰だ。

 信仰の有無が、神々の勝敗を決定づけるのではないか。

 神が信仰を由来とし、顕現することは前々からいわれていたことだったし、神々が実際にそういっていることでもある。ひとの祈りより生まれる存在、それが神である、と。ひとびとの信仰を力の源としているということも明らかになっている。

 神と神の戦いが不毛なのは、いずれも信仰という力の源が絶えず、無限に供給されるからではないのか。

 そして、神が神を取り込むことができる条件とは、その対象となる神の信仰が途絶えたとき、あるいは弱まったときではないか。

 事実、黒の神に取り込まれたナリアは、力の源たる信仰をニーウェハイン(=ニヴェルカイン)に奪い取られていた。マユリ神がそう仕向けたとはいえ、それによってナリアは、信仰の力、力の源を失い、他の神に取り込まれる条件を満たしていたのではないだろうか。

 それならば、いろいろと納得がいく。

 そして、ハサカラウがネア・ガンディアの神々に取り込まれなかったのは、彼のいう通り、セツナたちが彼を信じていたからなのだろう。無論、セツナたちだけではない。ザルワーン島のひとびとが龍神に信仰を捧げていたからだ。

「ところで、汝はなぜ、斯様な場所にいるのだ?」

「捕まっていたんですよ」

「なに!?」

「これから、脱出するんです」

「ならば、我も力を貸そう。わずかな力だが……」

「それは心強い」

 皮肉でもなんでもなく告げて、セツナは、扉のほうに向き直った。

 黒き矛で開けた風穴の向こう側、通路の辺りに神々が待ち受けていた。




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