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第二千六百七十五話 剣と盾

「我は神将にして獅子神皇が盾ナルガレス」

 絢爛たる獅子の顔を模した大盾を構えながら名乗ってきたのは、ラクサス・ザナフ=バルガザールの声であり、仰々しいまでの銀甲冑が光を噴き出し、彼の力を顕示するかのようだった。となれば、隣はミシェル・ザナフ=クロウなのだろう。

「我は神将にして獅子神皇が剣ナルノイア」

 そう名乗ったミシェルは、身の丈以上もある両手剣を掲げた。鍔元に獅子の顔が彫り込まれているという点や、刀身の形状がナルガレスと名乗ったものの大盾とよく似ている。神将という立場からして同じなのだ。甲冑も同系統であり、細部こそ違うものの、同列であることを示しているように思えた。

『我らはついに陛下の剣と盾となったぞ!』

 ふたりは、異口同音に歓喜の声を上げた。それは、心からの喜びであり、感動のあまり声が震えてさえいた。その感情が伝わってくるから、セツナにはやりきれない。

 ふたりの神将がラクサスとミシェルの成れの果てであることは、疑いようがない。彼らは、最終戦争の折り、レオンガンドを護るため、王宮にいたのだ。当然、“大破壊”に巻き込まれ、命を落としている。レオンガンドと同じようにだ。そして、レオンガンドと同じように、人外の存在へと生まれ変わった。そうとしか考えられず、セツナは、叫んだ。

「ひとの身を捨てて、変わり果てて、成り果てて、嬉しいのかよ! 喜べるのかよ!」

 ラクサスにせよ、ミシェルにせよ、騎士としての尊厳をひとの形にしたような誇り高い人物だった。レオンガンドと同じく人間であることにこそ拘りを持ち、人間としての限界に挑戦していたのではないのか。人間の騎士としての自分たちを誇っていたのではないのか。

「ああ、嬉しいとも!」

「我らは、こうなることを望んでいたのだ! ずっと!」

 セツナの叫びは、しかし、ふたりによって肯定されてしまった。否定して欲しかった。望まざる結果だといって欲しかった。たとえ嘘でも、いまはそう取り繕って欲しかった。だが、そうはならなかった。彼らは、みずから望んでその力を得た、という。

 銀甲冑から溢れる力は、神威に近く、されど異なるもののようだった。人間のものではない。

「同僚たる貴殿を心のどこかで羨み、嫉む自分がいた。貴殿には、力があった。なにものにも負けない圧倒的な力。数多の敵兵を打ち倒し、幾多の死線を潜り抜けて得られたその力は、我々のような凡夫にはあまりにも眩しく、あまりにも烈しかった」

「貴殿のような力が欲しかったのだ」

「だからって……!」

 ラクサスとミシェルの告白に対し、セツナは言葉を詰まらせた。三人いる王立親衛隊長の中で活躍も実績もなにもかもただひとりセツナが突出していたのは、疑いようのない事実だ。それもこれも、セツナが黒き矛という絶大な力を持っていたからであり、ラクサスとミシェルが召喚武装の使い手ではなかったからだ。ただの人間が、召喚武装の使い手に敵うはずもない。もちろん、遊撃を役割とする《獅子の尾》と、国王の親衛を務める《獅子の牙》、《獅子の爪》では、役回りが大きく違うのだが、それでも、隊長としてはなにも感じずにはいられなかったのだろう。

 だが、ラクサスとミシェルがそういった感情を自分に対して抱いていたことは、セツナには察しようがなかった。

「貴殿にはわからぬだろう。最初から絶対的な力を持っていた貴殿にはな」

「……俺は」

「勘違いしないでもらいたいが、わたしも彼も、貴殿を責めているわけではない。ただ、単純に羨んでいただけのことだ。貴殿が黒き矛の使い手であればこそ、ガンディアは隆盛したのだ。貴殿の力がなければ、貴殿が我々と同じ弱者ならば、ああはならなかった」

「感謝しているのだよ、セツナ殿」

「だからこそ、だ」

 ラクサスことナルガレスが、いった。

「セツナ殿。貴殿は陛下の敵するといったが、いまならばまだ間に合う。我々とともに陛下の御前へ赴き、ともに永久の忠誠を誓おう。そうして貴殿も神将と生まれ変わり、ネア・ガンディアの永遠の守護者となるのだ」

「再び、我ら三人轡を並べ、陛下の御為に功を競い合おうではないか」

 ミシェルことナルノイアは、剣を下げながらいった。敵意はなく、殺意もない。純粋な説得交渉だったし、彼らの気持ちも痛いほど伝わってきている。ラクサスもミシェルも、セツナと敵対したくないと想ってくれているのだ。そしてそれは、セツナとて同じ気持ちだった。

 だからこそ、彼は拳を握る。黒き矛の柄から伝わる冷ややかな怒りを受け止め、心の奥底で、相槌を打つ。

「それは、できない」

「……なぜだ?」

「貴殿は、かつて陛下に忠誠を誓ったはずだ。なぜいまさら陛下との約定を破り、陛下の期待を裏切り、陛下の信頼を踏みにじるような真似をするのだ」

 痛いところを突かれて、セツナは、息を呑んだ。周囲には、銀甲冑のふたり以外にはいない。船内。ほかにも戦力は数多といるはずだが、もしかすると、神将たるふたりの立場が押さえ込んでくれているのかもしれない。つまり、好機だ。この状況は、窮地などではなく、好機なのだ。

 だが、その前に伝えなければならないことがある。

 血反吐を吐くような想いで、セツナは口を開いた。

「先に約定を破り、期待を裏切り、信頼を踏みにじったのは、陛下だ」

 その瞬間、セツナは自分の心が引き裂かれるような感覚を抱くと同時にふたりの殺気が膨れ上がるのを認めた。

「なんだと?」

「なにをいっている? 正気か」

 ナルガレスにせよナルノイアにせよ、レオンガンドを否定されてまで黙っていられるわけがないのだ。両手剣が閃き、大盾が光を帯びる。神に近く、似て非なる力。使徒に似てもいる。いや、この感じは獅徒のほうが近いだろう。微妙な違いは、どういう理由かもわからないが、とにかく、神皇の加護を受けていることは疑いようがない。つまり、圧倒的に強力だということだ。

「俺は正気だよ。正気だから、征くんだ」

 地を蹴り、飛び上がる。両手剣が虚空を薙ぎ払えば、衝撃波が渦を巻き、大盾が光の障壁を形成する。剣と盾。獅子王の剣と盾は、まさに獅子神皇の剣と盾に相応しい力を得たのだろう。しかし、甘い。セツナを説得するためだろうが、殺すつもりで繰り出された攻撃ではなかった。故に容易く避けられ、故に軽々と突破できる。

 ナルガレスの障壁を貫いて前進すれば、神将二名はこちらを振り返った。振り向きざま、叫ぶ。

「陛下が人間であることを捨て、聖皇の力を取り込んだというのなら、その力に酔い痴れているというのなら、その野望を打ち砕くのが俺に課せられた使命なんだ!」

 使命。

 そんな言葉で自分の行動を縛るのは好きではなかったが、自分以外のだれがそれを為せるかと考えたとき、そう思い込むほかなかった。

 獅子神皇レオンガンド・レイグナス=ガンディアの討滅。

 黒き矛と眷属の力があってもなお、成し遂げられるかどうかわからない。

 なぜならば、獅子神皇は、聖皇の力の器なのだ。その存在は聖皇に等しく、神々をも支配する絶対的な力を誇っている。完全武装状態でさえ、立ち向かえるものかどうか。

(いまは、無理だな)

 完全武装状態がさらなる可能性を秘めいていることがわかったいま、その真価を引き出すことのほうが先決だと彼は判断した。ただ六つの眷属を同時併用することが完全武装と呼んでいたが、どうやら、そうではない。同時併用の先にこそ、完全武装があり、いまはまだ不完全武装といったほうが正しいようなのだ。

「セツナよ、貴殿はいま陛下の怨敵となった!」

「我らの敵となったのだ!」

 ナルガレスとナルノイアの叫びは、もはや遙か彼方のものとなっていた。

 セツナは、加速し続けている。

 そうなれば、止まらない。



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