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第二千六百七十三話 矛と盾(一)

「この世界は、呪われている」

 クオンは、いった。

「聖皇ミエンディアが世界と結んだ約束。それこそが呪いとなって世界を取り巻き、数百年に渡る大陸史を紡ぎ上げ、現状を作り上げてきた。世界は聖皇を復活させるための術式を紡ぎ、神々は聖皇復活のときを待ちながら、復活地点たる“約束の地”を探し続けた。三大勢力の成立、小国家群の成立、世界情勢の維持。なにもかもすべて、聖皇と世界の約束に基づく呪いといっていい」

 それは、彼のいうところの世界の真実の一端に過ぎない。セツナも知っていることだ。約束。それは聖皇が世界に施した術式といっても過言ではあるまい。数百年の未来、みずからが復活するための魔法を大陸に仕込んだのだ。聖皇に召喚された神々がみずからの思惑通りに動くことを期待したのだろうし、その期待は裏切られなかった。皇神と呼ばれる神々は、聖皇の目論見通り、聖皇復活の儀式を遂行しようとしたのだ。

 それを止めたのは、クオンたち。

「その呪いの終着点が、聖皇の復活だった」

「でもそれは、妨げられたんだろう?」

「そう。聖皇の復活そのものは防ぐことに成功した。それは、喜ぶべきことだ。聖皇の復活は、世界の滅亡を示していたからね」

 それも、知っている。

 聖皇ミエンディアは、復活の暁には、聖皇六将ともどもイルス・ヴァレを消滅させるつもりだった。そうすることで世界への復讐を果たすことが、復活の目的だったのだろう。

 クオンが苦渋に満ちた顔で、続けた。

「でも、防ぐことが出来たのは聖皇本人の復活だけだったんだ。聖皇の力の降臨を止めることはできなかった」

「聖皇の力」

「いっただろう。その器が陛下なんだよ」

「陛下……」

 セツナの脳裏には、超巨大飛翔船の上に投影されたレオンガンドの姿が浮かんだ。神々しい幻像は、まさに神々の王に相応しい威容と美しさを備えていたことを覚えている。それから、実際に対面したことを思い出せば、クオンのいっていることも理解できるというものだ。

 獅子神皇レオンガンド・レイグナス=ガンディア。そう名乗る人物は、もはや人間ではなかった。人間ならざる力を持つものであり、神々をも使役する存在となっていたのだ。

「彼は獅子神皇レオンガンド・レイグナス=ガンディアを名乗った。聖皇ミエンディア・レイグナス=ワーグラーンにあやかってのことなんだろうけれど、それも聖皇の力の器である自覚を持っているからだろう。神々をも支配する力。絶対的で、理不尽な力の根源。それが、君の敬愛する陛下の成れの果てさ」

 成れの果て。

 その一言がセツナの心に突き刺さる。成れの果て。人間で在り続けることにこそ誇りを持ち、人間として生き抜き、人間として死ぬことこそ本懐であるといった人物が、ひとの道を外れ、人間ならざるものへと生まれ変わったというのであれば、成れの果てという言葉ほど似合う表現はあるまい。成れの果て。それが偽者ならば、どれほど良かったか。セツナは拳を握り締め、爪が皮膚に食い込むのを止められなかった。レオンガンドは、どうあがいたところで、レオンガンドだった。本人以外のなにものでもなかった。人間であることをやめてしまった以外、レオンガンドそのひとだったのだ。

 だからこそ、セツナは、クオンに返す言葉もなく、その目をじっと見つめるしかない。

「それでも君は、陛下に忠誠を誓うかい?」

「……いったはずだ。俺の使命は――」

 セツナは、そこまでいって、一瞬、言葉を詰まらせた。網膜に焼き付いた数多の光景、脳内を駆け巡る無数の情景、記憶、想い出の数々。それらが洪水のように押し寄せて、セツナの言葉を飲み込んだのだ。それは、黄金時代ともいうべき日々の記憶であり、彼の青春だった。寄る辺なき異世界で見た光と、その光を追うようにして駆け抜けた日々。戦いの連続で、休む暇もないくらいだったが、それでも充実していた。満ち足りていた。そこには確かな幸福があり、安らぎもあったのだ。

 これから告げるのは、それらとの決別を意味する言葉だ。

「あの方を討つことだ」

 セツナがはっきりと告げると、クオンは、目を細めた。どこか嬉しそうでいて、寂しそうな、そんな表情。なぜ、そんな反応をするのかと問おうとしたそのときだった。

 突如、激しい震動が空間を揺らし、セツナは思わずこけそうになった。

「な、なんだ?」

「予想より早かったな……でも、まあ、こんなものか」

 クオンには想定通りなのか、微塵も驚いた様子がない。震動は、立て続けに空間を揺らした。船が揺れているのだとすれば、なにか異常事態が起きていると考えるべきなのだろうが、それにしても、クオンの落ち着きぶりはよくわからない。

「なにがだよ?」

「君を取り返しに来たんだろう」

「はあ?」

 思わず素っ頓狂な声になるのも無理はなかった。なぜならば、ウルクナクト号の操縦はマユラ神かマユリ神が行っているのであり、余程の事情でもなければ、あの神々がファリアたちを窮地のただ中に放り込むようなことはしないだろうという確信があるからだ。セツナにとってなによりも痛いのは、ファリアたちを失うことであり、それはナリアとの初戦で神々とも共通認識となっているはずだ。であれば、マユリ神にせよ、マユラ神にせよ、セツナを救うためとはいえ、船ごと突っ込んでくるようなことはありえない。そのような馬鹿げた行いをするような神々ではないはずだ。

 クオンが呆れたような顔をした。

「君は、自分の立場というものを理解していないのかい?」

「ファリアたちが助けに来たって、そういいたいのかよ」

「それ以外になにがある」

 クオンは苦笑交じりに、しかし、叱責するようにいってくる。

「君はもう少し、自分に向けられている想いに応えてやったほうがいいよ。君はこの上なく大切に想われているんだ。君が窮地に陥れば、自分たちの命を惜しまないくらいにね」

「あいつら……!」

「そこで怒るのは彼女たちにではなく、自分に、だろう」

 クオンがむしろ怒るようにいってきたのには、セツナも目が点になった。なぜクオンにそこまでいわれなければならないのか。

「君が無茶をしなけりゃ、こうはならなかった」

「う……」

 返す言葉もないとは、このことだ。

 怒りに我を忘れた結果がこのザマだ。なにをいわれても聞き入れるしかなかったし、反省するほかなかった。

「君も彼女たちのことを大切に想っているのなら、自重を覚えることだ。君が無茶をして、その結果命を落としたら、目も当てられない。だれも、陛下を止められなくなる」

「……おまえは」

「ぼくは陛下の盾さ」

 クオンは、胸元に抱えたシールドオブメサイアに目線を落とす。真円を描く純白の盾。絶対無敵の召喚武装にして、傭兵集団《白き盾》の象徴。淡く輝き、能力が発動していることを示していた。

「君が陛下の矛であったように」

「そうか」

「どうするべきか、わかっているね?」

「こうすりゃいいんだろ、武装召喚!」

 吼えるように唱えれば、全身から爆発的な光が生じ、右手の内に収斂していく。一条の光の中から出現するのは、黒く禍々しい矛であり、それを握り締めた瞬間、凄まじいまでの怒りの波動が全身を貫いた。黒き矛にしてみれば、セツナの失態ほど愚かしく、馬鹿馬鹿しいものはないとでもいわんばかりであり、その怒りの矛先を向けられて、セツナは苦い顔をするほかなかった。

「そう、それでいい。ぼくは陛下の盾であり、君の敵だ」

 獅徒ヴィシュタルは、どこか誇らしげにいった。


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