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第二千六百七十二話 この世の真実を(二)

「ぼくも、ウォルドもマナもイリスも、だれもかれも死んだ。命を使い果たして、死んだんだ。聖皇六将たちも、十三騎士も、あの場にいただれもが命を落とした。けれど、満ち足りた死だった。聖皇復活そのものは防ぐことができたんだ。世界が崩壊したことも知らないぼくたちには、素晴らしい結末だったんだと想う」

 たとえばそのまま意識を失い、永遠の闇に沈むことができたならば、現世の有り様を目にすることなく消滅することができたならば、満ち足りたまま、逝けたのだろう。

 けれど、そうではなかった。

「あのまま死ねていたら……と、何度も想うよ」

 世界を守り切ったのだと確信して死ねることは、彼にとって本望だったに違いない。根っからの善人であり、心の底から正義のひとである彼には、それほど望ましい最期はなかっただろう。世界を救った、と、そう思い込んで逝けるのであれば、なおさらだ。

 だからこそ、彼はいま、苦しんでいる。世界の現状をだれよりも哀しみ、嘆き、懊悩しているのではないか。聖皇復活は阻止できた。聖皇復活による世界の滅亡を防ぐことはできた。だが、世界は崩壊し、膨大な数の犠牲者が出た。いまもなお、犠牲者の数は増え続けている。そのことを哀しまないクオンであるはずがない。

「でも、おまえは生きている。なんでだ?」

「君も、逢っただろう」

 彼は、まっすぐな目でセツナを見つめた。

「陛下だよ」

「……ああ」

「陛下が、ぼくたちを復活させた。使徒へと転生させた。獅子神皇の使徒……獅徒としてね」

「なんで――」

 そんなことをする必要があるのか。

 セツナの疑問に対し、クオンは至極真面目に告げてきた。

「君の代わりが欲しかったんだろう」

「は……?」

「冗談でもなんでもなくね」

「……なにがいいたんだよ」

 彼の言葉の意図がわからず、セツナは苦い顔をした。セツナの代替としてクオンを手元に置いておくことをレオンガンドが考えるかどうかというと、可能性としてはなくはないといえるかもしれない。なぜならば、レオンガンドは、クオンを欲していたからだ。ガンディアに《白き盾》を加えることができれば、戦力の増強も甚だしい。

『矛のセツナと盾のクオン。ふたりが揃えば、向かうところ敵無しだ。そうだろう?』

 ザルワーン戦争のあと、レオンガンドが冗談交じりにいった一言をいまも覚えている。そのときにはセツナもクオンへの理解を深めていたから、それも悪くはないと想ったものだが、ありえないことでもあった。《白き盾》は、理由もなくどこかの国に所属することはなかったからだ。

 遠い、昔の記憶。

「そもそも君は、陛下をどう想った?」

「どう……って」

 返答に窮したのは、話をはぐらかされたからではない。いえば、認めることになる。そして、それを認めれば、自分のこれまでを否定してしまうのではないかという恐れもまた、存在した。

「彼を陛下と認識していることに間違いはなさそうだけど」

「……否定はしねえよ」

 セツナは、獅子神皇と名乗った男の姿を思い出しながら、いった。ネア・ガンディアの支配者にして獅子神皇レオンガンド・レイグナス=ガンディア。同じなのは、その姿形だけではなかった。声もまなざしも身振り手振りもなにもかも、かつてのガンディア国王レオンガンド・レイ=ガンディアそのひとだったのだ。だからこそ、余計に衝撃が大きく、失意も深い。

 クオンは、そんなセツナの心境を知ってか知らずか、ことさら冷ややかに告げてきた。

「彼が“核”だ」

「……なんだって?」

「だから、彼が“核”なんだよ」

 クオンの瞳は、まっすぐにこちらを見ている。嘘や冗談を並べ立てているようには見えなかったし、それは最初からずっと一貫している。彼が冗談をいうときは、心から笑っているときだ。そしていまは、心から苦しんでいる。

「この混沌とした世界の、滅び行く世界を形作る“核”。すべての因果の中心といってもいい」

「なにをいって……」

「君も聞いただろう。彼は死に、蘇った」

「……ああ」

「神々の王たるものとして、ね。それがどういうことかわからない君じゃあないだろう?」

「……まさか」

 セツナは、クオンのいわんとしていることを察して、愕然とした。神々の王。神々をも支配するもの。神々とはなにか。かつて聖皇が異世界から召喚した高次元の存在たちのことだ。それを支配するとはつまり、どういうことか。考えれば考えるほど、それ以外の答えが見いだせず、混乱する。

「いや、でも、そんな……そんな馬鹿なこと……」

「彼こそ、聖皇の力なんだよ。復活の儀式によって顕現した力、その器が彼なんだ」

「そんな話信じられるかよ」

「信じるもなにも」

 セツナは否定したかったが、彼はそれを許さなかった。

「君だって、本当は理解しているんだろう? 陛下御自ら仰られたことだ。神々をも支配する力を持つ、と。神々を支配しうるのは、かつてこの世に神々を召喚したものだけだ。聖皇ミエンディア・レイグナス=ワーグラーン。陛下がレイグナスを名乗るのは、その力の影響かもしれない」

「でたらめをいうな!」

「君にでたらめをいってどうなる。ぼくは、本当のことをいっているだけだよ」

「俺を混乱させて、嵌めようってんだな!?」

「そんなことをして、なんの意味があるんだか」

「おまえは、陛下の獅徒なんだろ! だったら……!」

「だったら、どうしてこんなことを君に話に来るんだか」

 彼が困ったような顔をしたのは、心底困り果てているからだろう。セツナがまさかここまで取り乱すとは、想ってもいなかったのかもしれない。

「陛下に忠誠を近い、魂までも捧げた獅徒ヴィシュタルたるぼくがどうしてここにいるのか。君も少しは冷静になって考えてみたらどうだい」

「……おまえは」

 セツナは、クオンの目を見つめた。獅徒になりながらも碧く美しい瞳は、かつての彼を思い出させるものだ。

「おまえの目的はなんなんだよ」

「……最期に君とじっくり話し合いたかった。それがひとつ」

「最期……?」

「もうひとつは、君に知っておいて欲しかったんだよ」

 彼は、セツナの疑問には答えず、穏やかにいった。

「この世界の真実をね」

 彼の真剣そのもののまなざしを受けて、セツナは言葉を飲み込んだ。

 世界の真実。

 それはだれもが知りたがっていたことであり、セツナもまた、そのひとりだった。


「どうするのよ!? セツナ、捕まっちゃったままじゃない!? 自力で脱出してくるんじゃなかったの!?」

 ミリュウが取り乱すのも無理のない話だった。

 セツナがザルワーン島上空に到達し、ネア・ガンディアの飛翔船がつぎつぎと轟沈している間はよかった。だが、次第にその勢いも衰え、ついには船が沈まなくなると、セツナが苦戦している様子が明らかとなった。それはそうだろう。数多の神々、無数の神人、神獣が現れ、つぎつぎと襲いかかったのだ。苦戦するのも当然であり、むしろ、少しでも持ち堪えた事実だけでも驚くべきことだった。そして、セツナはネア・ガンディアの神々に拘束され、姿を消した。

 それから、半日が経過している。

 セツナが捕まった当初、ミリュウを始め、その場にいただれもが騒ぎに騒いだ。それもまた、当然のことだ。セツナは、彼女たちにとっての命といっても過言ではなかった。セツナの身にもしものことがあれば生きていけないだろう。それは一時の感情や感傷ではなく、現実的な話だった。セツナに命を与えられているレムとウルクはもちろんのこと、ミリュウやシーラもセツナに依存しているのだ。彼を失えば、生きる希望を失うも同じだ。

 それは無論、ファリアとて同じであり、皆の気持ちが痛いほどわかるから、いまにも飛び出していきたい激情を抑えるのに必死になっていることも、理解している。だれもが、セツナの救出に向かいたいのだ。だが、飛び出したところでどうにもならないこともまた、わかっている。セツナですら敵わなかった相手に、ファリアたちが力を合わせてどうにかなるものでもない。それができるなら、最初からセツナの後に続いただろう。

 夜。

 ザルワーン島上空には、闇がなかった。

 数多の飛翔船が光り輝く翼を広げ、空も地も照らしているからだ。それは星々や月よりも明るく、夜の闇を遠ざけるものだった。そしてそれは、ネア・ガンディアの威光を見せつけるためのものであるかもしれない。

「現状、どうすることもできぬ」

 マユラ神が、にべもなく告げた。ミリュウを諭すのでもなければ、馬鹿にするでもなく、淡々とした口調だった。

「はあ!? どうにかしなさいよ! 神様でしょ!?」

「神でも、どうにもできぬことのひとつやふたつ、あるものだ」

「冗談!」

「ではないぞ。マユリであろうと同じ結論を出しただろう。ここであの場に突っ込んでいったところで、おまえたちを失うだけのこと。無駄で無意味。無明よな」

「なにそれ!」

 ミリュウが憤慨するのもわからなくはないが、

「でも、事実よ。ここでわたしたちが出て行っても無駄に命を落とすだけのこと」

「あるいは奴らに捕まって、セツナの弱点として利用されるかもな」

「そうでございますね……御主人様、わたくしたちのことになれば目の色を変えますから」

「じゃあ、どうしろっていうのよ!」

 責めるような、詰るような目を向けるミリュウだったが、彼女の気持ちが痛いほどわかるから、彼女を責めることもできない。だれもが同じ気持ちだ。だれもが、セツナを救出したくて仕方がないのだ。なのに、方法がない。

 そのときだった。

《聞こえるか、ファリアよ》

 不意に、聞き知った聲が脳裏に響き、ファリアは頭の中が真っ白になる感覚を抱いた。

 



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