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第二千六百六十七話 魂を灼け、我が怒り(三)

「まあ、続けるしかねえよな」

 アックスオブアンビションが紫黒の大斧を掲げて見せながら、いった。身の丈を優に超える巨大な戦斧は、禍々しく、破壊的だ。その威力、攻撃範囲ともに召喚武装として申し分ない。いや、並の召喚武装では敵うまい。それほどまでに強く、凶悪なのが眷属たちだ。

 対するセツナが手にしているのは、黒き剣だ。切っ先から柄頭まで真っ黒な剣には、能力らしい能力はない。単純に硬いというのが能力なのかもしれない。アックスオブアンビションを受け止めても破壊されなかったのだ。その強度たるや、並外れたものがある。

「これは試練だ。おまえの魂の強さを計る……な」

「魂の強さ、ね」

「そうさ。だから地獄なんだよ。生きとし生けるもの、その魂の行き着く先がここだ。この地獄。我らが偉大なる主が開かれた深淵世界。奈落の底。魂が強くなければ、容易く燃えて尽きる。尽き果てる」

「俺は、まだ燃え尽きてはいない」

「そうだろう。この程度で燃え尽きられても困る」

 彼は、笑うでもなく告げてくる。まっすぐなまなざしには、怒りさえ込められていた。

「おまえは、我が主が選んだ人間だ。選ばれたからには、選ばれただけの理由がなければな」

 男が大斧を無造作に振り下ろした。アックスオブアンビションの一撃。斧刃が大地に触れる瞬間を見越して、跳躍する。伝播する破壊の波動を飛び越えれば、着地の瞬間を狙った二撃目が来るのもわかっている。地面に剣を突き刺し、腕の力だけで再度の跳躍を試みれば、二撃目を回避することにも成功した。そして剣を利用した再跳躍は短時間であり、三撃目が来るまでに着地し、剣を手に取ることができている。前方、大男は凶暴に笑っている。それくらいできて当然とでもいわんばかりの余裕。三撃目。今度は前方に向かって大きく跳躍した。地を這う破壊の波動を飛び越えながら、男に肉薄する。そして剣を思い切り突き出すが、切っ先は、四撃目に振り上げられた大斧に弾かれた。

 それが、功を奏したのか。

 剣こそ弾き飛ばされたものの、セツナの五体は無事のまま、アックスオブアンビションの懐に潜り込むことができていた。だが、重厚な甲冑を身に纏う巨漢に対し、無手のセツナにはどうすることもできない。男がこちらを見下ろしてくる。目が赤々と輝いていた。

「惜しかったな」

「思ってもいないことを」

 吐き捨てたとき、大斧が振り下ろされた。斧刃がセツナの頭をかち割り、全身が完膚なきまでに破壊される。その痛みたるや筆舌に尽くしがたく、全身が爆発するようなそんな感覚を味わうことになった。そして、気がつけば元通りに戻っている。ただし、距離は離れていた。自滅覚悟で飛び込んで、復活直後に相手を攻撃するという真似はできないということだ。

「そうでもねえさ」

「ん?」

「中々やるとは、思ってる」

「そうかい」

「だが、まだまだ」

 アックスオブアンビションは、軽く大斧を振り回しながらいった。肩慣らしにもならない、とでもいわんばかりの態度は、彼の余裕ぶりを見せつけてくるのとともにセツナ自身の不甲斐なさを思い知らされるようでもある。実際、不甲斐ないにもほどがあるのだが、致し方のないことでもあった。

 相手は、人間ではない。召喚武装の意思であり、力だ。そんなものに正面からぶつかりあって敵うはずがない。ランスオブデザイアに勝てたのは、あの領域の力があったからだ。素のままのセツナでは、到底倒しきれなかっただろう。

「まだまだ、足りねえな」

(ああ、そうだろうよ)

 胸中認め、呪文を口ずさむ。黒き剣を召喚し直し、手に持てば、戦闘準備は完了する。痛みの残滓はいまもあるが、構ってはいられない。どれだけ痛みが蓄積しようと、肉体がばらばらになった感覚があろうと、相手には関係がない。試練には、関係がない。

「足りねえよ」

 アックスオブアンビションは、大斧を地に叩きつけ、抉るように振り上げた。すると、大斧が抉り取った土砂が、破壊の波動を飛んでかわしたセツナに襲いかかり、セツナは、なにが起こったのかわからないまま、破壊された。全身を粉々に吹き飛ばされ、理解を拒む。

(なんだ?)

 いったいなにが起きたのか。

 意識を取り戻し、戦闘領域に舞い戻ったセツナは、アックスオブアンビションを見遣った。彼が大斧を叩きつけた地面には、大きく抉り取ったような跡がある。つまり先程の彼は、地面に直接破壊の波動を送り込まず、大斧で抉り取った土砂にこそ破壊の力を留まらせ、跳躍したセツナに叩きつけたというのだろうか。

(破壊の力を留まらせる……だと)

 アックスオブアンビションにそんな器用なことができるのか。

 セツナは、自分の考えを疑いたかったが、実際に起こったことを否定することはできない。事実、セツナは飛んできた土砂に接触した瞬間、伝わってきた破壊の力によってばらばらになっている。

「どうした? なにをしている? まだ終わっちゃいねえぞ。いや、まだ始まってもいねえ」

 アックスオブアンビションが大斧を器用に回転させながらいってくる。

「こんなもの、準備運動ですらねえ」

「そうかよ」

(こっちは全力だっての)

 胸中悪態を吐きながら、黒き剣を召喚した。前進、跳躍。飛来する土砂には剣を投げつけて対処する。土砂が保持した破壊の力は、黒き剣に伝わるが、黒き剣は壊れない。残る土砂にはなんの力もなく、セツナに降りかかっただけだ。そして着地した瞬間、地を伝う破壊の力によって、全身を粉々に打ち砕かれる。

 戦場に舞い戻れば、アックスオブアンビションの余裕に満ちた表情と対面する。

(このっ……!)

 あまりにも理不尽な仕打ちに、セツナは、怒りさえ覚え始めていた。

 これまでの試練に比べても、理不尽さは圧倒的といっていいだろう。

 ランカイン、ウェイン、ルクスの試練ではいずれも死にまくったが、対策の取りようはあった。ランスオブデザイアの試練には、対処法が用意されていた。。ロッドオブエンヴィーの試練は、精神的なものといってもよかった。

 アックスオブアンビションは、どうだ。

 広範囲を一瞬にして破壊する大斧は、セツナが使う分にはあまりにも使い勝手が悪かった。なぜならば、殺しすぎてしまいかねないからだ。理不尽かつ無慈悲に大量の命を奪う攻撃手段は、時と場所を選ぶ。相手が皇魔ならば容赦しなくていいが、人間ならば、考えなくてはならない。大量の命を奪ってきた人間のいえることではないにせよ、だ。

 その点、アックスオブアンビションは、手加減する道理がなかった。試練という立場もあるだろうが、セツナに対し一切の容赦なく大斧の力を思う存分にぶつけてくるのだから、理不尽というほかない。

 怒りが湧くのも当然といえば、当然だろう。

 道理といっていい。

「そうだ。それでいい」

「なにが!」

 意味のわからない相手の態度に、彼は叫び返し、地を蹴った。突き進み、男に接近する。遠距離攻撃手段がない以上、接近して黒き剣を突きつける以外に道はないのだ。そしてその事実が理不尽を強いるものだから溜まったものではない。アックスオブアンビションが笑って、セツナを待ち構えている。大斧での遠距離破壊も、土砂を飛ばしてくることもない。そんな必要さえないとでもいいたげで、そして実際、そうなった。

 アックスオブアンビションの太い腕が、飛びかかったセツナの首を掴み上げ、そのまま振り回されて地に叩きつけられた。その衝撃に目の奥に火花が散る中、破壊が起きた。大斧がどこかに叩きつけられたのだろう。

 理不尽だ。


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