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第二千六百六十五話 魂を灼け、我が怒り(一)

 また、夢を見ている。

 夢に墜ちている。

 堕ちている。

 止まらない。止めようがない。どうしようもない。夢。夢。夢。夢――。

 何度同じ夢を見れば気が済むのか。何度同じことを繰り返せばいいのか。わからない。わかりようがない。夢。夢。夢。夢。

 これは、夢。

 いつか見た夢の――。


 三つ目の扉を開くと、これまでと同じように扉を潜るまでもなく、別空間へと転送された。

 目の前に横たわるのは広大な大地だ。ただし、草木や花といった植物も見当たらなければ、生き物の気配さえ存在しない、生気のない大地。地面はひび割れ、荒れ果てている。大地そのものからも生気を感じ取ることはできず、すべてが死んでしまっているかのような感覚があった。

 死んだ大地。

 地獄、それも魔王の居城には相応しい光景かもしれない。

 頭上は曇天。どす黒いほどに重厚な雲が幾重にも空を覆っているようであり、晴れ間など見当たるはずもないといった様子だ。やはり、ここは地獄。空もなければ、太陽など届かない世界なのだろう。だが、気温は決して低くはなく、吹き抜ける風も熱を帯びているかのようだった。わずかに風を浴びただけで汗がじわりと浮かぶくらいだ。

 セツナは、意識的に身構えながら周囲を見回した。潜り抜けたつもりの扉は影も形もなく、もはや後戻りはできないとでもいわんばかりだが、これまでもそうだったような記憶がある。実際、後戻りすることなどできないし、できたところで、する意味もない。

 前に進まなければならないのだ。

 六つの最終試練をすべて突破しなければ、この地獄を終えることはできない。

(今度は、どういう試練だ?)

 これまでの試練のことを考えると、六つの試練に関連性や規則性はなさそうに思えた。そうである以上いくら考えたところで意味はなく、起こった出来事に対処するほかない。

 そう結論づけたときには、彼は周囲の景色がどこを見ても変わらないことを理解していた。前後左右、どこを見てもひび割れた死の大地が広がっているだけであり、なんの違いもない。起伏もないのだ。真っ平らな地平線がどこまでも続いているだけだ。

(この死の大地のどこかにいるから探し出せってんじゃあねえだろうな)

 そして、鍵を奪い取るなり受け取るなりしなければ、ならない。

 それがこの試練の概要であり、鍵の持ち主は、黒き矛の眷属たちであることは既に判明している。

 セツナはこれまで、ランスオブデザイア、ロッドオブエンヴィーの試練を通過し、ふたつの鍵を得ていた。鍵は全部で六つ。残りの試練は、これを含めて四つあるということだ。アックスオブアンビション、エッジオブサースト、マスクオブディスペア、メイルオブドーター。

「どんな試練が待ち受けているか、不安なようだな」

 突如聞こえてきたのは、どこか暴力的なにおいのする男の声だった。荒々しく、猛々しい。燃え盛る炎のような熱量を感じる。

「安心しろ、俺の試練は至極単純だ」

 前方、大地に刻まれた巨大な亀裂の狭間から黒い炎が轟然と噴き出したかと想うと、それはひとの形を取った。セツナより遙かに大きく、圧倒的といっていいほどの肉体を誇る大男。漆黒の髪を伸ばし放題に伸ばし、凶悪な笑みを浮かべる様は、獰猛な獣を想わせる。その隆々たる巨躯には漆黒の甲冑を纏っており、見覚えのある大斧を肩に担ぐようにしていた。真紅の炎のような両目がこちらを捉えている。

 セツナは、一目で彼がなにものか理解した。

 アックスオブアンビション。その化身とでもいうべきか。

「俺と戦い、俺を倒せば、鍵はくれてやる」

「なるほど、単純だ」

 セツナは、アックスオブアンビションの狂暴な笑みを見つめながら、彼の先の言葉を肯定した。確かに単純であり、安心できる。ランスオブデザイアも結局は決闘がすべてだったのだが、彼に要求されたのは戦いに打ち勝つこととは違うことだった。その点、アックスオブアンビションは単純そうでいい。

 少なくとも、絶望的な夢を見せられることも、欲深であることを求められたりするようなこともなさそうだった。

 とはいえ、アックスオブアンビションが容易く倒せるとは思えない。

「だが、簡単じゃあないんだろ?」

「当たり前だろ。俺は悪魔で、おまえは人間だ」

 彼は、片手で軽々と巨大な戦斧を掲げた。紫黒の大斧アックスオブアンビション

「人間が悪魔に打ち勝つなんざ、至難の業どころじゃあねえのさ」

 彼は、大斧を無造作に振り下ろし、地面に叩きつけた。その一瞬にして広域に伝播する破壊の力は、セツナの肉体を粉々に打ち砕き、激痛にもだえ苦しむ間もなく息絶えた。

 が、つぎの瞬間には意識は復活していて、ひび割れた大地の上にいた。前方、地面はひび割れただけでなくでたらめに破壊されている。アックスオブアンビションの能力のせいだ。

 激痛の残滓が意識に絡みつき、全身が痺れている。一瞬にして破壊され尽くし、殺され尽くした。人体は、大抵の攻撃型召喚武装の威力に耐えられるほど頑丈には出来ていないのだ。しかも、アックスオブアンビションの能力は、広域破壊。そして破壊の力が伝播する速度は一瞬。その一瞬に対象範囲外に逃れることができなければ、即死するしかない。

「なんだ? あんな程度も避けられないのか?」

 アックスオブアンビションは、期待外れといわんばかりに嘆息した。そのこれ見よがしの仕草には、さすがのセツナも苛立ちを覚えざるを得ない。

「そっちは武器を持ってて、こっちは素手なんだぞ」

「卑怯とでもいいたいか」

「ああそうだよ! 悪いか!」

 開き直って叫べば、男は、なんともいえない顔をした。

「いいたきゃいえばいい。けどな、戦いに卑怯もなにもねえんだよ」

 またしても、無造作な大斧の振り下ろし。斧刃が大地に突き刺さった瞬間、広域破壊が起こる。大地を伝播する破壊の力。セツナは咄嗟に飛び退いた。だが、飛び退いた先も対象範囲内であり、再び、セツナの全身はでたらめに粉砕された。意識が消える寸前、アックスオブアンビションの声が聞こえた。

「卑怯だの正々堂々だの罷り通るんならよ、こんなことにはならなかったんだ」

 なにがいいたいのか、わからなかった。

 ただ、理解できたことはある。

 意識が復活した瞬間、セツナは口早に呪文を唱えていた。

「武装召喚!」

 叫び、呼び出したのは、黒き剣だ。本当はランスオブデザイアなりロッドオブエンヴィーなり召喚したかったのだが、できなかった。応じてくれなかったのだ。おそらくはここが彼らの主の居城であり、最終試練の真っ只中だからだろう。主が開催する最終試練の突破に眷属がおおっぴらに力を貸すわけにはいかないのだ。彼らの主は黒き矛こと魔王の杖であり、セツナではない。

 では、この黒き剣はなんなのか。

「ほう」

 アックスオブアンビションは、黒き剣を目にしたからなのか、感嘆の声を上げた。そのまなざしがどこか懐かしげなのは、どういうことなのか。

「やはり、それか」

「なにがだよ!」

 地を蹴り、右へ飛ぶ。最短距離の直線は、みずから破壊範囲に飛び込むことになりかねない。迂回し、範囲外に逃れつつ接近するのが上策だろう。そうセツナは考えたのだが、それはあまりにも甘い考えだったらしい。男は、鼻で笑った。そして、セツナの移動先を薙ぎ払うように大斧を振り抜き、地面に叩きつけた。破壊が起こるのは一瞬。その一瞬は、セツナの肉体をばらばらに打ち砕くには十分すぎるほどの時間であり、力だった。

 アックスオブアンビションの恐ろしさを改めて思い知らされた。


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