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第二千六百六十二話 龍府事情(二)

 彼は、レオンガンド・レイグナス=ガンディアと名乗った。

 そして、レオンガンドの偽者ではないという証明に、レオンガンドしか知らないはずの思い出話の数々を披露した。グレイシアとリノンクレアには子供の頃の話を、ナージュには結婚前後の話をして、彼女たちは、彼がレオンガンド当人であると確信を抱いたようだった。レオンガンドのことをもっともよく知るだろう三人が三人とも、レオンガンド本人であると認めたのであれば、エリルアルムたちが口を挟む道理はない。

 それになにより、レオンガンドが生きていたことそのものは喜ぶべきなのだろう。レオンガンドは、為政者として立派だったし、エリルアルムからしても尊敬に値する人物だった。そして、ナージュがレオンガンドの隣でずっと笑っている。その事実がエリルアルムには、なによりも喜ばしいことだった。

 ナージュは、“大破壊”以来、笑顔を見せることが少なかった。レオナ姫の前では、できる限り笑顔でいようと務めていたようだが、その無理がたたり、寝込むことさえあった。レオンガンドの安否を確認できない日々は、彼女にとって絶望以外のなにものでもなかったのだろう。セツナたちとの再会は、一瞬、彼女に笑顔を取り戻させたが、すぐさま曇らせたのはいうまでもない。レオンガンドの死が確定的なものとなったからだ。“大破壊”の中心にいたレオンガンドが生き残っている可能性は限りなく少なく、生きているとすれば奇跡以外のなにものでもない、ということだったのだ。そんな彼女がネア・ガンディアを名乗る軍勢がレオンガンドの名を持ちだしてきたとき、縋るような想いになったのは、当然だったのかもしれない。

 そして、ネア・ガンディアの支配者たる獅子神皇レオンガンド・レイグナス=ガンディアが、かつてのガンディア国王そのひとだったことが明らかになったいま、ナージュは、これまでの絶望を吹き飛ばし、幸福のただ中にいるに違いなかった。そんなナージュの様子を見れば、レオンガンドが偽者だとは想えなかったし、信じたくもあった。ナージュが今日までどれほど苦しみ抜いてきたのか、エリルアルムが知らないわけもない。

 レオンガンドは、ネア・ガンディアの方針として、ザルワーン島およびログナー島を掌握するため、大船団を繰り出してきたのだ、と説明した。その上で、仮政府に対し、合流するよう呼びかけた。

 元々、仮政府は、ガンディアの国土であったザルワーン方面およびクルセルク方面を管理するための統治機構が必要であるということから生まれた組織だ。それも、いずれガンディア国王にあらゆる権限を明け渡すことを念頭に置いている。レオンガンドが生きているならばレオンガンドにすべてを明け渡すつもりだった、ということだ。

 そうでないのであれば、レオナに王位を継承させ、彼女を新たなガンディア国王として押し立てていくつもりでもあったが、レオンガンドが生きていて、龍府に現れたのであれば、なにもいうことはなかった。

 とはいえ、納得できないこともある。

 リノンクレアは、ネア・ガンディアがかつて、ザルワーン島にもたらした損害の数々について、追求した。ネア・ガンディアの飛翔船がマルウェールを滅ぼし、マルウェール市民を神人にしてしまったことは記憶に新しい。その神人を殲滅しなければならなかったセツナたちの心中を想えば、リノンクレアが追求したくなるのも当然だった。

 レオンガンドは、ミズトリスらの行き過ぎた行いについては謝罪するほかない、と、いった。みずからが出馬していればあのような事態にはならなかった、とも。

 それは、その通りだろう。

 レオンガンドみずからが出馬していれば、そもそも、戦い自体、発生し得なかったのではないか。仮政府としては、ネア・ガンディアを率いるのがレオンガンド本人であると確認できるのであれば、抵抗する必要がないのだ。仮政府は、将来のレオナ、あるいはレオンガンドのための組織といっても過言ではない。レオンガンド本人が姿を見せたのであれば、速やかに合流すれば良い。

 仮政府の指導者であるグレイシアは、しかし、即時回答を避け、会議にかけさせて欲しいとレオンガンドにいった。グレイシアの胸中には、動揺が広がっていたのだろう。予期せぬ、喜ぶべき再会。だが、どこか、おかしい。グレイシアは、そう感じていたようだ。

 レオンガンドは、グレイシアの申し出を受け入れると、船の上で待っているといった。が、すぐには戻らず、彼はナージュに問うた。

『ところで……レオナはどこにいるのかな?』

『ああ……レオナですか!』

『逢いたいんだ。わたしと君の娘に』

『レオナも、逢いたがっていましたわ……!』

 ナージュは、興奮気味に語ると、レオンガンドを天輪宮へと案内した。

 そして、ナージュたちが天輪宮に辿り着くと、レオナが龍宮衛侍に護衛され、待っていた。彼女は、空を覆う巨大な船に気を取られていたのだが、レオンガンドの接近にはなにがしか感じるものがあったらしく、目をそちらに向けた。レオンガンドとナージュ、ふたりの血を受け継ぐ幼子には、なにが起きているのかなどわかるはずもない。

『おお……! レオナ……!』

 レオンガンドは、レオナの姿を見るなり、顔中に喜びを表した。興奮と感動を隠せない様を見れば、彼がレオンガンドそのひとであることになんの疑いも持てない。そして、レオナの元へ駆け寄る彼の背中は、興奮に包まれた父親の背中そのものだった。

『我が愛しい娘よ……!』

『お父様……?』

『そうですよ、レオナ。あなたのお父様ですよ』

『うむ、わたしが君の父親だよ、レオナ』

 喜びに溢れるレオンガンド、ナージュとは対照的に、レオナはきょとんとしていた。彼女にしてみれば、レオンガンドの記憶などほとんどないのだから、当然といえば当然だろう。ただ、見知らぬ人物に対して警戒心の強い普段のレオナを知っていれば、レオンガンドの半ば強引なまでの接近に対してもなんの警戒も示さないのは不思議だった。おそらく、本能が知っているのだ。

 相手が、父親なのだ、と。

『ずっと、逢いたかった……!』

 レオンガンドは、涙ながらにレオナを抱きしめ、周囲の感動を誘った。ナージュもグレイシアも、リノンクレアさえ、ふたりの再会、レオンガンドの抱擁を心の底から喜んでいた。エリルアルムも危うく感動のあまり涙をこぼしそうになった。レオナの境遇を想えば、それは当然の帰結といってもいい。

 だが。

『……違う』

 レオナが冷ややかに告げると、レオンガンドは、困惑した。

『なに? なにをいったのだ……? レオナ』

『違う違う違う違う!』

『なにが違う? どうしたのだ、レオナ?』

『レオナ? あなたはいったいなにをいっているの?』

 狼狽するレオンガンドとナージュに対し、レオナは頭を抱え、屈み込んだ。そのとき、一陣の風が吹いたかと想うと、レオナの姿が掻き消えたものだから、大騒ぎとなった。だれもが何事かと騒ぐ中、レオンガンドは、なにかを見つけたようだった。

 天輪宮の屋根の上、白銀の体毛に覆われた獅子がレオナの体を口にくわえ、こちらを見下ろしていた。

『レオンガンドよ。ひとの道を外れしものよ。汝にガンディアの血は渡さぬ。ガンディアの血は絶えさせぬ。我はレイオーン。ガンディアの守護者なり』

 銀の獅子は、レオンガンドを睨み据え、そして、姿を消した。

 レオナとともに。


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