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第二千六百六十一話 龍府事情(一)

 龍府天輪宮泰霊殿は、重苦しい静寂に包まれていた。

 昨日今日の話ではない。ここのところ、ずっとだ。ずっと、重苦しい静寂が天輪宮を包み込み、沈黙を強いられているような息苦しさがこの殿舎で生活するものたちは感じていた。だれもが声を奪われ、言葉を失ったかのようですらある。伝えたいことがあっても声を潜め、おおっぴらに発言することは慎まなければならないという勝手な思い込みが、だれしもの言動を縛っているのだ。

 状況が、そういう考えを生んでいる。

 そしてそれは必ずしも間違いではないだろうし、彼女――エリルアルムとて、その風潮に抗うことはできなかった。風潮は、天輪宮のみを支配しているわけではない。龍府中、いや、ザルワーン島全土を包み込んでいるに違いなかった。

(あの日以来……)

 突如、無数の方舟がザルワーン島の空を覆い、太陽の光さえも奪い去ったあの日、龍府は、“大破壊”以来の騒ぎに包まれたことを彼女は思い出す。いや、白毛九尾のおかげで外界の様子が見えなかった“大破壊”のとき以上の大騒ぎだったかもしれない。

 船団だ。

 空飛ぶ船の大船団。

 それが龍府の、いや、ザルワーン島の天を覆った。それがなにを意味するのか、即座に理解できなかったものなど、いないだろう。方舟こと飛翔船は、ネア・ガンディアの所有物であり、ネア・ガンディアが運用していると考えるのが筋だ。まさか、帝国に向かったセツナたちが無数の飛翔船を引き連れて、龍府に帰還するようなことがあるとは考えられない。

 船を動かすには、神の力が必要だった。つまり、その船の数だけの神がいるということであり、それは大船団がネア・ガンディアの軍勢であるという事実を示していた。ネア・ガンディアには数多の神が属していると見られているからだ。そして、その通りだった。数多の船には数多の神が乗っていたのだ。

 天地をひっくり返したような大騒ぎの中、龍府天輪宮泰霊殿において、仮政府首脳陣による会議が開かれた。降伏か、抵抗か。会議は、紛糾した。徹底抗戦を訴えるものもいないではなかったからだ。敵は、ネア・ガンディア。新生ガンディアを名乗る連中にガンディア領土を明け渡すべきではなく、セツナたちが戻ってくるまで持ち堪えるべきだ、という意見もあった。

『セツナ殿ならば、必ずやあの船団とて追い払ってくれるはずだ』

 リノンクレアのその発言は、セツナへの信頼の現れであるとともに、彼女の願望とネア・ガンディアへの怒りが混じっていた。ガンディアを名乗り、レオンガンドを名乗るものの存在は、ガンディアとレオンガンドを

愛するリノンクレアには許されざるものだったのだろう。

『ですが、セツナ殿はいま、遠い帝国領土にいるのでしょう? わたくしたちが滅びるまでに舞い戻ってくださるものでしょうか?』

『戻ってきてくれる、と、信じるしかないでしょう』

『そんな……』

 楽観的というよりは絶望的な希望に縋ろうとしているようなリノンクレアの発言に対し、ナージュは、唖然とするほかなかったようだ。ナージュは、船が空を覆ってからというもの、悲観的になっていた。頼れるセツナはおらず、仮政府の戦力は圧倒的に少ない。同盟関係を結んだ帝国軍の戦力を含めても、大船団に対抗しうるものではないのは、軍事に疎いナージュにも明らかだった。

『セツナ殿は、いつだって窮地に駆けつけてくれた。どんなときも、どんな状況でも。今度だって、きっと』

 リノンクレアは、縋るような想いでいった。彼女がセツナをこれ以上にないくらい高く評価しているのは、ガンディア時代のセツナの活躍を鑑みれば当然のことだったし、つい最近、ザルワーン島とログナー島を窮地から救ってくれたのを目の当たりにしたことが決定的なものとなったのかもしれない。その熱烈なまでの想いは、信仰に近い。

 会議の最中、大船団が戦闘を開始したという報せが飛び込んできて、会議に参加していただれもが驚き、外に飛び出した。

 大船団が一方的に攻撃をしてきたのかと絶望的な気分に襲われたエリルアルムたちが見たのは、龍神ハサカラウの威容であり、彼がセツナたちとの約束通り、ザルワーン島の守護神として、大船団に戦いを挑んだことがわかった。そして、大船団から降りてきた無数の神々と龍神の戦いは、天変地異そのものといっても過言ではないくらいに激しく、人知を越えた領域のものであり、エリルアルムたちは言葉を失った。

 死闘の末、ハサカラウは敗れ、ネア・ガンディアの神々に囚われてしまった。つまり、ザルワーン島は、神の加護を失い、丸裸になってしまったのだ。

 だが、エリルアルムたちが悲嘆に暮れている暇はなかった。

 大船団の中でも最大級の飛翔船が龍府の頭上へと至ったのだ。とてつもなく巨大なそれは、船というよりも都市といったほうが近いのではないか。空飛ぶ都市。船が空を飛ぶのだ。都市が空を飛んだとして、なんの不思議があるのか。

 それは、大都市たる龍府を影で覆い隠してしまうほどに巨大であり、その底部の中心から光が降りてきたかと想うと、神々しい光の柱の中につぎつぎと人影が現れた。ネア・ガンディアの兵士か騎士か。いずれにせよ、武装した兵隊は、龍府を速やかに制圧していった。都市全体を人質に取られて、抵抗することすらできなかった。抵抗したところでどうにもならないことは、龍神の敗北によって明確なものとなってもいる。故にだれも抵抗しなかった、というわけではない。抵抗しようがなかったのだ。

 最後、光の柱の中に現れたのは、エリルアルムたちもよく知る人物だった。

 レオンガンド・レイ=ガンディア。

 それは、だれがどう見ても、在りし日のレオンガンドそのひとであり、エリルアルムは言葉を失い、リノンクレアやナージュたちも愕然とした。グレイシアだって、そうだろう。仮政府首脳陣だけではない。レオンガンドの姿を知るものはだれもが、光の柱の中に現れた人物を目の当たりにして、絶句した。

『陛下!?』

 ナージュが叫び、駆け寄ろうとしたが、リノンクレアがその手を引いて、食い止めた。

『離して!』

『駄目です、殿下。あれが……本物の陛下であるとは言い切れません』

『いいえ、あのお方は、陛下です! わたしがいうのです、間違いありません!』

『陛下は亡くなられたのです。ネア・ガンディアが、我々を嘲笑うためにガンディアを名乗り、レオンガンドの名を騙っているのは、明白。ならば……』

『さすがはリノンクレアというべきかな。いつも通り、慎重かつ冷静な判断だ』

 その声は、在りし日のレオンガンドそのものだった。振り向けば、レオンガンドは、光の柱の元からこちらに向かって近づいてこようとしていた。その身の回りには、白甲冑の騎士たち。親衛隊とでもいうのだろうか。

『……兄上?』

『ほら、やっぱり陛下じゃないですか!』

 レオンガンドの声を聞いて茫然とするリノンクレアに対し、それ見たことかと興奮と歓喜に包まれるナージュは、リノンクレアの手を振り解き、レオンガンドの元へ駆け寄った。リノンクレアが手を伸ばし、グレイシアが制そうとしたが、遅すぎた。レオンガンドの周囲を護る騎士たちがナージュのために進路を確保すると、レオンガンドは、両腕を開いて、全身でナージュを迎え入れようとした。ナージュも、そんなレオンガンドの柔和な笑顔に完全に心を許していたのだろう。彼女は、レオンガンドの胸の中に飛び込み、レオンガンドはそんなナージュを抱き留めた。

 それは、だれもが待ち望んだ再会であり、同時に不可解で不可思議な再会だった。




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