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第二百六十五話 ルウファについて(一)

 セツナとファリアがルウファの馬車を出たのは、ルウファが会話の最中に気を失うように眠ってしまったからだった。結局、彼をビューネル砦以降の戦いにつれていくかどうかの結論はでないまま終わってしまったものの、セツナは、彼の希望を叶えてやりたいと思った。彼は龍府での決戦を見届けたいという想いがある。戦いの結果だけを遠い地で待つよりも、戦場により近い場所で見届けたいというのは、ガンディア軍に所属する人間としては当然の考え方かもしれない。

 セツナが彼の立場なら、同じことを望んだだろう。ファリアだって、それには同意している。せっかくここまで戦ってきたのだ。命を賭けて、戦い抜いてきたのだ。しかも、敵の武装召喚師を打倒するという快挙まで上げている。彼としては、この程度の傷で脱落するのは悔しくてたまらない、とのことだった。が、彼の傷の深さはこの程度といえるものではなく、軍医によれば、一月は安静にしておくべきだということだった。

 彼を戦場に連れて行くことはできない。かといって、後方に送り返すというのも、心情的には辛いことだ。無論、彼の今後を考えれば、後送こそが最善なのはわかっているが。

「将軍に相談してみる?」

 馬車を出た直後のファリアの提案に、セツナはただただうなずいた。


 右眼将軍アスタル=ラナディースは、西進軍の総大将だ。西進軍の支配者といっても過言ではない。西進軍に所属する以上、なにものも彼女の決定を覆すことはできないのだ。

 ただひとつの例外を除いて。

 その例外こそ、王立親衛隊《獅子の尾》だ。

 レオンガンド・レイ=ガンディア直属の親衛隊たる《獅子の尾》への絶対命令権は、レオンガンドが握っている。それはどんな状況になっても変わらない。たとえ、《獅子の尾》が西進軍に配属され、軍団長や将軍の指揮下に入っていたとしても、彼らを支配するのはレオンガンドそのひとなのだ。レオンガンドの使命を盾にすれば、どのような命令をも黙殺できるという。

 もっとも、セツナたちはこれまで、一度だって命令を拒否したことはないし、無視したこともない。セツナは、王立親衛隊としての特権を振りかざしたことなどなかった。今後もないだろう。セツナにしてみれば、そんなことをする意味がない。ガンディアの勝利のために力を振るうことで精一杯ともいえるのだが。

 アスタルがルウファの後送を決定したならば、それに抗うつもりもない。ルウファとて、我慢するだろう。不満は募るかもしれないが、自分の状態を考えれば、そういうことを言える立場でないことも理解しているはずだ。彼にも、わがままをいっている自覚はあるようだった。

 セツナは、ルウファには無理をしてもらいたくはない一方で、彼の願望も理解できるし、汲み取ってあげたいという矛盾した感情の中にある。

 だからこうして、アスタルがいるだろう馬車に向かっているのだが。

 西進軍は、その独特の行軍方式のために大量の馬車が用いられている。馬車にはそれぞれ番号が割り振られており、所属と合わせて荷台に明記されているため、見るものが見ればその馬車を運用しているのがだれなのか一目瞭然だった。たとえば第一軍団の一号は、アスタル=ラナディースとその側近たちの荷物を運ぶための馬車であるという。将軍が居るとすればそこに違いない、とはファリアの言葉だが。

「セツナ様!」

 一号馬車に向かっていたセツナを呼び止めたのは、少年の声だった。声は左からであり、目を向けると、エイン=ラジャールが駆け寄ってくるのが見えた。

「やあ」

「やあじゃないですよ。もうだいじょうぶなんですか? バハンダールのときでさえ一日中寝ていたのに、あれだけ暴れた今回も一日しか寝ていませんよ?」

 怒ったような表情とは裏腹に、彼が心底セツナの身を案じているのは明らかだった。声音でわかる。彼はセツナを熱烈に追いかけ回すような人物ではあるが、セツナの負担になることだけは避けようとしてくれているところがある。気遣い方も尋常ではないのだ。ありがたいことではある。

 セツナは、彼の肩を軽く叩いた。

「だいじょうぶだよ。たぶん」

「たぶんってなんなんですか!」

「本当、だいじょうぶなのかしら」

 ファリアが首を傾げたのは、エインの反応を面白がってのことだろう。もちろん、セツナを心配してのこともあるのだろうが。ここまで散々一緒に歩き回ってきたのだ。いまさら隊長が心配だから馬車に戻れとはいってくることはあるまい。

 ファリアの発言に、エインが血相を変えて詰め寄ってくる。

「ファリアさんだってああいっているじゃないですか! 休めるときくらい、しっかり休んでくださいよ!」

 エインの剣幕にたじたじになっていると、ファリアがくすりと笑うのがわかった。彼女はどうやらエインとセツナのやり取りを楽しむようになったらしい。以前は、エインに苦手意識を持っていたように思えるのだが、ナグラシアで合流してからの数日間で免疫でもできたのかもしれない。

「そうだな、うん、やることやったら休むことにするよ」

 セツナが告げると、エインはきょとんとした。

「やることって……なにかあるんですか?」

「ルウファの今後について、将軍に相談しようと思ってね」

 セツナがいうと、エインは納得したようだった。

「ああ、それなら将軍もセツナ様に相談するべきかどうかと悩んでおられましたよ」

「そうだったのか」

「ちょうどよかったわね」

「将軍としては、バハンダールでゆっくり療養して貰いたいということですけどね」

「そうだろうなあ」

 エインの言葉に、セツナは唸るしかない。実際、それが最良の選択なのだ。一月ほどは静養しているのが望ましいほどの傷を負った以上、戦場に連れて行くのはやめたほうがいい。たとえ戦闘に参加せず、後方で待機しているのだとしても、だ。

「将軍はまだ二号馬車に残っていると思いますよ」

「二号馬車?」

「軍議の場を設けてもらったんですよ。将軍の馬車には荷物が多いんでね」

「なるほど」

「っていっても、現状の確認程度ですけどね。特に目新しい情報もないですし。投降兵や捕虜からなにか聞き出せないものか、検討中といったところです。では」

 エインはそういうと、どこからともなく駆けつけてきた彼の親衛隊とともにセツナの前から去っていった。彼は西進軍第三軍団の軍団長である一方、西進軍の軍師のような役割を担っている身だ。仕事に追われている違いない。とても十六歳の少年とは思えないような働きぶりだったし、賞賛に値する活躍だろう。

 ミリュウたちが率いたザルワーン軍を撃破した作戦を立案したのは、エインだ。エインの頭脳が導き出した戦術によって、セツナたちは勝利を得た。彼の作戦のどこまでが成功で、どこまでが失敗なのかはセツナにはわからない。しかし、彼の策によって敵軍を分断したことは間違いなく成功といっていいはずだ。

 敵の武装召喚師を分散することができたのは、あの戦いを西進軍の勝利に導くのに非常に大きな役割を果たしている。もし、ミリュウたち三人が一箇所に固まったまま西進軍と激突していれば、多大な被害を被っていたことは疑いようがなかった。ただでさえ強力な武装召喚師が三人もいるのだ。もちろん、セツナたちは彼らに全力で対応しただろうが、彼らの攻撃のすべてを受けきることはできない。槍の光弾は自軍兵を撃ち抜いただろうし、ザインの体術はときに味方を殺戮しただろう。そして、ミリュウの生み出す幻像は戦場を掻き乱し、黒き矛を複製するのだ。

 混戦の最中、ミリュウがカオスブリンガーを手にしたかもしれないと考えるだけで怖気が走る。彼女の力はセツナには抑えきれなかった。ファリアやルウファが協力してくれれば、ミリュウを制圧することも可能かもしれない。が、三人がミリュウだけに専念できるはずもない。できたとしても、その間、クルードとザインが自由になるのだ。自軍に及ぶ損害は数え切れないだろう。

 しかし、そうはならなかった。

 エインの分散作戦が当たったからだ。セツナを囮にした誘引作戦と東の森に仕掛けた火計も成功したし、アスタル隊とドルカ隊にファリアとルウファを配したのもよかった。なにもかもが上手くいった。ただひとつを除いて。

 たったひとつ。

 セツナは、ミリュウに勝てなかった。

 手のひらに滲んだ汗を握りしめる。あの圧倒的敗北感を引きずっている。昨夜のことだ。そう簡単に振り払えるものではない。割り切れるものでもない。自分は素人で、相手は玄人だった――それだけのことだ。黒き矛の力を引き出せないのも、セツナの実力が及ばないからだ。それだけの話なのだ。しかし、それでも、と考えてしまう。

 もっと早く黒き矛に出会っていれば。もっと早くこの世界に召喚されていれば、と。

 たとえば、クオンの代わりに自分が召喚されていれば、どうなっていのだろう。彼は、セツナより半年早く、このイルス・ヴァレに召喚されている。アズマリア=アルテマックスの召喚武装ゲートオブヴァーミリオンによって、この世界の地を踏んだのだ。そして、いきなり戦争に巻き込まれ、ログナー軍を勝利に導いたとされる。

 バルサー要塞を陥落させるために助力したのがクオンなら、奪還するために全力を尽くしたのがセツナだった。

 もし、セツナが、バルサー要塞の攻防に参加していたなら、どちらについただろうか。ログナーか、ガンディアか。やはり、ガンディアに惹かれたのだろうか。運命というものがあって、重力のように作用しているとすれば、セツナはガンディアに助力することになったのかもしれない。

 もっとも、たとえ半年早く召喚されていたとしても、ミリュウに打ち勝つほどの力を身につけられたかどうかは微妙なところだ。彼女の実力は、半年やそこらで手に入れたものではない。長年の鍛錬が肉体を鍛え上げ、技量を研ぎ澄ませたのだ。召喚武装への理解を深めることだって、半年では不可能だろう。

(どう足掻いても勝てなかったってことか)

 嘆息とともに顔を上げると、目の前に軍服の美女が立っていた。ごく至近距離だ。危うく激突しそうなほど間近だった。セツナは、思わず声を上げてのけぞった。

「うおっ」

「隊長……」

 ファリアのあきれたような声を聞きながら、セツナは冷や汗を浮かべた。眼前の美女は、右目将軍アスタル=ラナディースそのひとであり、彼女は、馬車の荷台から出てきたところだったらしい。考え事をしながら歩いていたセツナとぶつかりそうになったのだ。彼女もまた、馬車から出てきたところ、激突しそうになって驚いている。

「だれかと思えば、セツナ殿ではないですか。しばらくは眠っているものだと想っていましたが……もう歩き回れるくらいには回復したのですか?」

「えーと、まあ、そういうことです」

「それはよかった。先の勝利の立役者であられるセツナ殿の回復ほど喜ばしいことはありませんから」

「は、はあ」

 セツナは、アスタルの堅苦しい言い回しにどういう態度で望めばいいのかわからず、ただ生返事を浮かべるしかなかった。アスタルの表情はいつも通りだ。堅く、研ぎ澄まされた刃のような鋭さを秘めている。かといって、冷たいわけでもない。声音そのものは柔らかいし、時折、笑みを交えてくれることもあるにはあるのだ。

 アスタルが尋ねてくる。

「それで、わたしになにか用事ですか?」

「ええと」

「こんな夜分に失礼かと思ったのですが、ルウファ副長の処遇に関して相談したいということもあり、伺った次第です」

「ああ、ルウファ殿の。それについてはわたしも、セツナ殿やファリア殿に相談する必要があると思っていたところです。どうぞ、中へ。なにもありませんが、ここで立ち話をしていてもなんでしょう」

 アスタルに促されるまま、セツナとファリアは馬車の荷台に上がり込んでいった。


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