第二千六百五十八話 神をも統べるもの(三)
「陛下は、生まれ変わった、と仰いましたが、それがどのような方法だったのか、お教え戴きたいのです」
「ふむ……その返答次第では、わたしへの対応が変わる、とでもいいたげだな」
レオンガンドが面白そうに目を細めたのは、セツナの疑問が予期せぬものだったからなのか、それとも想像していた通りのものだったからなのか。いずれにせよ、どのような状況にあろうとも余裕に満ちた態度を崩さないのは、レオンガンドらしいといえば、らしかった。彼は、セツナの目の前に現れてからというもの、レオンガンドらしさを微塵も失ってはいない。
それは、彼がレオンガンド当人であれば当然の話であり、そこに疑念を抱くことはありえない。
「神の使徒として生まれ変わり、生を得たというのであれば、対応も変わりましょう」
「……なるほど」
レオンガンドは、セツナの返答を受けて、思い出したようにいってきた。
「君は、魔王の杖の護持者であったな。神の使徒ならば、君の敵か」
「すべての神が敵とはいいませんが」
魔王の杖こと黒き矛にとっては、どのような神であろうとも倒すべき敵であり、滅ぼすべき対象であることに違いないのだが、セツナにとってはそうではなかった。マリク神を筆頭に、友好的な神に対しては、矛先を向ける必要がないのだ。それは、使徒にも同じことがいえる。マウアウ神の使徒サグマウには、マウアウ神がセツナたちにとって友好的であるから、刃を向けなかった。ナリアの使徒には、敵対的であるから刃を向けた。
敵か味方か。
判断材料は、それだけだ。
「ならば、わたしがもし、神の使徒として転生したとしても、君の敵でなければいい、ということか」
「端的にいえば、そうなります」
とはいったものの、レオンガンドの口ぶりからは、どうやら使徒として転生したわけではなさそうなことが窺い知れ、セツナは、疑問を持った。では、どうやって生まれ変わった、というのか。
「ふむ。では、わたしが神々の王であれば、どうだ」
「神々の王……」
つぶやき、はたと気づく。
「獅子神皇……ですか」
「知っていたか」
レオンガンドは、小さく微笑んだ。そして、告げてくる。
「そうだ。下々のものは、わたしをそう呼ぶ。獅子の名を冠する神々の王とな」
彼の双眸から金色の光が溢れた。神々しくも超越的な光は、神の瞳のそれと同じであり、黄金色の髪が逆立つように揺れたのは、その際に生じた強大な圧力のせいだろう。それがなんであるのか、セツナは知っている。神威。胸の奥がざわついた。嫌な予感がした。その予感を振り払うだけの情報は持ち合わせていない。むしろ、目の前に起きている出来事は、悪い方向に傾けるものだ。
「わたしはね、セツナ。力を得たんだよ。神々を屈服させ、支配するだけの力を。運命を超克し、世界の統治者たりうる力を。絶対的な力を」
レオンガンドの全身から溢れる光が、一時的に視界を黄金色に染め上げたかと想うと、すぐさま収まり、彼の手のひらの上で球体を形成した。黄金色の光球。彼はそれを握り潰すようにして、掻き消した。力を見せるための演出だろうが、だとしても、レオンガンドがとてつもない力の持ち主であることは明らかだった。
とてつもない、というのは、人間の力でもなければ、神人や使徒とも異なる性質の力だということ。
それは、神の力そのものではないか。
「絶対的な……力」
「そう。わたしはこの力を得、蘇ったのだ。死の運命をねじ伏せ、この世に降臨した。いや、それこそが運命だったというべきか」
「神に生まれ変わった……ということですか」
喜び、興奮するレオンガンドを見遣るセツナの脳裏には、ニーウェハインとニヴェルカインの姿がちらついた。ニーウェハインは、神に生まれ変わることで絶望的な運命を超克することに成功したのだが、それは、様々な条件が整っていたからできた荒技であり、マユラ神によれば、そのような条件が整うことは二度とありえないだろうとのことだった。ザイオン帝国とその歴史、ニーウェハインの人望に、ニーウェハインの肉体、マユリ神とマユラ神の力といった要素が複雑に絡み合い、実現したのがニーウェハインの神への転生であり、ニヴェルカインの顕現なのだ。
だれもが神に生まれ変われるはずもなかったし、だとすれば、レオンガンドはどうやって神に生まれ変わったというのか。いやそもそも、神に生まれ変わったと見ていいのか。
「少し違うが……まあ、似たようなものだろう」
レオンガンドは、自分がどのような存在に生まれ変わったのかについては、頓着していないのかもしれなかった。生まれ変わり、死を超克したことが重要であり、その結果、自分の身に起きた変化など、些細なことなのだ。だが、セツナには、それこそが重要なことなのだから、困ったものだ。
レオンガンドがなにものなのか、知る必要があった。
なにに生まれ変わり、なにを為そうというのか。
あの男神は、レオンガンドは世界に覇を唱えたといった。それはつまり、この世界全土を征服し、ネア・ガンディアの名の下に統一するということだろう。それがレオンガンドの望みであり、目的ならば、セツナは、反対しなければならなかった。
ネア・ガンディアがこれまでしてきたことを考えれば、当然のことだ。たとえ、レオンガンドが陣頭指揮を執って世界征服を行っているのだとしても、だからといって、ネア・ガンディアがこれまでしてきたことを許せるわけもない。二度に渡るリョハン侵攻もそうだし、ザルワーン島での戦いにおいては、罪もないひとびとが神人化している。
ネア・ガンディアは、これまで手段を選んでこなかったのだ。その事実はあまりに重い。
「わたしはね、セツナ。この力でもって世界を統一しようと想うのだ」
「世界を統一……ですか」
「そうだ。小国家群の統一というわたしの夢は、一度、道半ばに終わった。そして、大陸が崩壊し、世界が変わり果てたいま、再びあの夢を追うことはかなわない」
レオンガンドは、遠くを見るようなまなざしをしていた。その金色に輝く瞳の奥底には、小国家群において繰り広げられた戦乱の日々が過ぎっているのだろう。セツナが召喚されて数年あまり。ガンディアを取り巻く状況はめまぐるしく変化した。戦争に次ぐ戦争。ガンディアは瞬く間に大国となり、小国家群という停滞した常態に大きな変革をもたらそうとしていた。
だが、夢は終わった。
最終戦争が起き、“大破壊”によって世界は打ち砕かれた。
そのことを想うと、いつだって胸が痛んだ。
黄金の日々がいつまでも続くものと信じていたからだ。
「ならばわたしは新たな夢を見よう。この変わり果て、終わりゆく世界に覇を唱え、ネア・ガンディアの名の下に統一しようではないか」
レオンガンドの言葉は力強く、セツナは、現実に舞い戻った。そして、レオンガンドの視線を見つめ返す。まっすぐなまなざしには力があった。
「セツナ。君はわたしの側で、その征く先を見届けて欲しいのだ」
「見届ける……?」
「いっただろう、セツナ。わたしには力がある。神々の王に相応しいだけの力が。かつての君に並ぶどころではなく、いまの君さえ屈服できるだけの力が。かつてわたしは、君に憧れた。最強無比、絶対無敵の君の背中ばかりを見ていた。君はわたしにとっての英雄であり、光だったのだ。いつか、君と並び立ちたかったが……それは叶わぬ望みというものだ。ただの人間であった当時のわたしには、君に及ぶべくもなかったのだから」
そして、レオンガンドは、なぜか寂しそうな顔をした。
「いまは……逆の立場になってしまった」
その言葉がなにを意味するのか、セツナには理解できていた。
レオンガンドが黒き矛を越える力を得た、ということだろう。