表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2658/3726

第二千六百五十七話 神をも統べるもの(二)


「あの日、あのとき、あの場所で、わたしは死んだ。それは厳然たる事実であり、覆しようのない現実だ。世界を破壊し尽くした力がわたしの肉体を滅ぼし、魂さえも打ち砕かんとしたのだ。だが、セツナ、君が気に病むことはない。君のせいではないのだ。だれのせいでもない。死は、避けられぬ運命だったのだから」

 レオンガンドのまなざしは優しく、声音もまた、包み込むように穏やかだ。それはかつて、ガンディオンの獅子王宮で過ごした日々を思い出させ、セツナの心を激しく揺さぶった。玉座に腰掛けているのは、紛れもない、レオンガンド・レイ=ガンディア本人なのではないか。疑念が揺らぎ、レオンガンドを信じたくなってしまう。

 セツナは、レオンガンドを心の底から敬い、尊び、信じ、愛していた。レオンガンドが見出してくれたという事実がある。それは世界がどのように変わり果て、運命がどれほど変転しようとも変わりようのない真実なのだ。レオンガンドによって見出され、居場所を得た。異世界から召喚され、寄る辺もなかったセツナにとって、レオンガンドが用意してくれた場所は、なによりも心地よく、安らげる世界だった。

 ガンディア時代。

 それこそ、セツナにとっての黄金の日々なのだ。

 故に、レオンガンドの名を穢すものは許せなかったし、レオンガンド・レイグナス=ガンディアなどと名乗るネア・ガンディアの指導者など、討伐するべき存在だと想っていた。

 しかし、どうやら、獅子神皇レオンガンド・レイグナス=ガンディアは、彼の敬愛するレオンガンド・レイ=ガンディア当人であるらしいのだ。

「だが、わたしはいま、こうして生きている。それもまた、真実。わかるだろう、セツナ。わたしは、生まれ変わったのだ」

「生まれ……変わった」

 反芻するようにつぶやいたその一言が、セツナの脳裏にこれまでの戦い、その数々を思い起こさせる。人間、死ねばそれまでだ。死は、この世界との永遠の決別であり、絶対の結果だ。通常、覆すことは出来ず、否定することも拒絶することもできない。受け入れるしかない、認めるしかないものだ。

 しかし、その死という絶対の結果を覆す方法がないわけではなかった。

 セツナがレムにそうしたように、なんらかの力で命を分け与えることで不死の存在としてこの世に繋ぎ止め続けることで、死を拒絶するという方法や、神の使徒として転生することで死という絶対的事実を超克するという方法だ。レオンガンドの場合、後者だろうと推測された。後者は、マウアウ神の使徒サグマウとして転生したリグフォード・ゼル=ヴァンダライズという前例があり、また、間近にいるヴィシュタルら使徒たちもそれだろう。

 つまり、レオンガンドは、神の使徒、神の使いとして転生することで、死という絶対的な結果を覆したということだ。

 それならば、理屈として納得は出来る。実際に使徒に生まれ変わった人物がいて、その人物が自我を保ち、神の意思とは関係なく行動することができていたという事実があるのだ。レオンガンドもなんらかの神の力によって使徒として生まれ変わることで、この世に残る道を選んだのだろう。リグフォードのように。クオンたちのように。

「そうだよ、セツナ。わたしは、生まれ変わった。君が、世界大戦の結果を気に病むことはない。王都を護れなかったことを恥じ入ることもない。あの当時、君の持ちうるすべての力を駆使しても、戦争を止めることはできなかった。君の力だけでは。いや、君だけではない。あのとき、戦場に繰り出した全員の力を合わせたところで、三大勢力の軍事力の前には、風前の塵と同じだったのだ」

 レオンガンドの語る言葉は、圧倒的な現実といってよかった。そうなのだ。三大勢力が“約束の地”たるガンディオンを目指すことで引き起こされた最終戦争、その最終決戦ともいえる王都ガンディオンを巡る戦いは、あの当時のセツナたちではどうすることもできなかった。たとえ、あのときクオンと遭遇せず、最後の最後まで戦い抜くことが許されたとしても、セツナにできたのは三大勢力の将兵を殺戮することくらいであり、それが最終的な結果になんら寄与しないものであることは明白だった。

 いずれ力尽き、命を落としたに違いない。

 だが、それでも、と、想いたいのが人情というものではないか。

 しかし、レオンガンドは、そんなセツナの心の奥底に揺れる想いさえ見透かしたように続けるのだ。

「それにだ。たとえ君たちが三大勢力を蹴散らし、王都を守り抜いたところで、結果は変わらなかっただろう。聖皇復活の儀式は為り、王都は、そのとき生じた力によって消滅したはずだ。だから、君が己の無力と自責の念に駆られる必要はないのだ。君のせいなどではない。断じて」

 レオンガンドの声音はいつになく慈しみに満ちていて、セツナは、いつまでも聞いていたいと想う自分に気づいた。つい先程まで心を焦がし、体を突き動かした魂の炎が、いまやその勢いを大きく失い、消えかけている。目の前にいる人物がレオンガンド本人の生まれ変わった存在であるという事実は、セツナの戦意を著しく低下させていく。

 かつての主君が仕えた当時そのままの姿でそこにいるのだ。セツナでなくとも、矛を収めたくなるものではないか。

「だれが悪いわけでもないのだ。三大勢力の将兵が悪いわけでも、大戦を引き起こした三大勢力の指導者たちが悪いわけでも、その上に君臨した神々が悪いわけでもな。悪があるとすれば、世界にあのような約束をし、儀式を結んだ存在だろう」

 レオンガンドは、厳かに告げる。

 その表情、言動の端々から、セツナは、かつての王宮の日々を思い出さずにはいられなかったし、そうである以上、彼がレオンガンドを名乗る偽者である可能性は極めて低いように思えた。思いたい、といったほうが感情としては、近いのかもしれない。

 レオンガンド当人である、と、信じたいのだ。

 レオンガンドを失ったことは、セツナにとって絶望的な出来事であり、到底受け入れがたいことだった。それでも、受け入れなければならず、飲み下し、考えないようにすることでどうにか今日までやってきたのだ。レオンガンドが復活を果たし、生きているというのであれば、そのような苦しみから解放されるということでもある。

「だが、そのものの復活は阻止された。尊い犠牲を払うことによって、聖皇復活の儀式は失敗に終わったのだ。その結果、大陸が崩壊してしまったが……致し方あるまい。聖皇が復活し、世界そのものを滅ぼされるよりは遙かにいいだろう。そうは想わないか? セツナ」

 聖皇ミエンディア・レイグナス=ワーグラーンは、復活後、世界を滅ぼすつもりだったという。故にこそ、聖皇復活の儀式は防ぎ止めなければならず、クオンたちや十三騎士たちは命を賭けた。そして聖皇復活の儀式は失敗に終わったのだが、その代償は大きく、世界を引き裂いた。“大破壊”。その被害たるや想像を絶するものだろうが、確かに世界が滅び去るよりはましだろう。たとえ数多くの命が奪われ、世界が滅びに瀕したとはいえ、生きている。

 挽回の余地が残されている。

「……はい」

 セツナが小さくうなずくと、その反応が不思議だったのか、レオンガンドが怪訝な顔をした。

「……どうした、セツナ。なにか、疑問でもあるのか? わたしを疑っているのではあるまいな? いや、疑うのも無理はないか。死んだはずの人間が蘇ったのだ。そのようなこと、あるはずがないと想っている。そうだろう?」

「いえ、そうではありません、陛下」

「ふむ。では、なんだ? セツナ。なんなりと申すがよい。君とわたしの間柄だ。どのような発言も、差し許そう」

 レオンガンドは、鷹揚にいう。

 その仕草ひとつとっても、レオンガンド・レイ=ガンディアであり、その事実がセツナの心を揺らし、視界を曇らせる。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ