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第二千六百五十五話 魂、燃え尽きるまで(八)

「おおおおおおおおおおおおっ!」

 喉が張り裂けるほどの叫びは、彼の怒りそのものであり、激情が波動となって天を揺らした。全周囲から殺到した神威の光も神人や神獣の攻撃も消し飛び、空間そのものを消滅させる。範囲内にいた神人や神獣どころか、神々にさえも致命的な損傷を与え、彼への包囲はより遠巻きなものとなった。セツナへの接近は命取りになりかねない。不滅の存在たる神属にとって、魔王の杖の存在ほど恐ろしいものはないのだ。魔王の杖は、神をも滅ぼす力を秘めている。既に何体もの神が魔王の杖の餌食となり、この世界から消滅していた。

 セツナの怒りは収まらない。むしろ、膨張の一途を辿っている。それもこれも、セツナを煽り、挑発する神がいるからだが、それだけが彼の感情を暴走させているわけではない。箍が外れている。止めようがないのだ。感情の奔流は止めどなく溢れ、激流となって全身を包み込み、突き動かす。

 魂が燃えている。

 いま、この瞬間に命が燃え尽きても構わないといわんばかりに、彼は、燃えていた。

 ザルワーン島上空に浮かぶ無数の飛翔船。その光景だけで、彼は感情を抑えられなくなった。自分の居場所、愛するひとたち、護りたいもの、それらすべてが奪い尽くされようとしている。その事実が彼の心に火を点け、魂を灼き焦がした。そして、激発し、いまや修羅の如き形相となって空を舞っている。

 神々の相手よりも、船だ。

 飛翔船を尽く破壊し、すべて落としてしまえばいい。

 セツナは、そう決めると、四枚の翼と翅を羽撃かせ、加速した。神々の攻撃は、さながら嵐のようであり、間断なく降り注ぐ豪雨のようでもある。だが、それら攻撃の真っ只中を突っ切ることがセツナにはできた。ネア・ガンディアの神々は、ヴァシュタラより分化した神々というだけあって、その力はナリアより遙かに小さい。ナリア戦のようにマユリ神の加護がなくとも耐えられる攻撃ばかりなのだ。その時点で、圧倒的な力量の差がある。

 神々が、ナリアやエベルという大神に対抗するため、手を組み、力を合わせようとするのも理解できるというものだ。

 ナリアに比べればあまりにも小さく、弱く、儚く感じられる。

 無論、神は神だ。人間とは比べるまでもなく強大で強靱、強力無比な存在であり、力の次元が違う。セツナが軽々とかわし、あるいは打ち破る攻撃の数々も、そのひとつひとつが人間を根源から消し去るほどの力を持っている。セツナでさえ、肉体に直撃を受ければただでは済むまい。

 そんな熾烈な攻撃の網の中を潜り抜けるように超高速で飛び回り、飛翔船に穴を開ける。数百隻の飛翔船、そのすべてを落とすのは至難の業だが、彼はやり遂げるつもりだった。すべての船を落とし、すべての敵を斃し、ネア・ガンディアの主力も滅ぼそう。彼の思考は、ついにそこまで至っていた。

 目に映るものすべてを破壊し、殺戮し、殲滅する。

 容赦など必要ない。

 奴らは敵であり、斃すべき存在、滅ぼすべき邪悪なのだ。

 魂が吼える。

 命が燃える。

 飛翔船を護るべく進路上に現れた女神の胸を貫き、その断末魔の如き神威の奔流をも吹き飛ばして、飛翔船に突っ込む。防御障壁を突き破り、船体に“破壊光線”を叩き込めば、即座に離脱し、つぎの目標へ移動する。その移動中、つぎつぎと神々が襲いかかってきたが、それらの攻撃を捌きつつ移動することは苦にもならなかった。

「セツナ」

 その最中、聞こえたのは男神の声だ。セツナの父親の姿を偽る神の声。彼は、視線も向けなかった。敵の声に惑わされている場合ではない。力は有限だ。この状態で戦える時間には限りがある。すべての船を落とし、すべての敵を打ち倒すには、敵に構っている時間などないのだ。

「おまえはやはり、陛下とともに歩むべきだ。陛下はおまえとの再会を待ちわびておられる。陛下は、この世界に覇を唱えられた。世界を統一し、大いなる秩序を示現なされると。そのためには、おまえの力が必要なのだ。セツナ」

「黙れよ!」

 吼え、前方に向かって“破壊光線”を撃ち放つ。何千もの神人が壁となって立ちはだかっていた。その白く巨大な壁を打ち破れば、船団の中でも特に巨大な飛翔船が浮かんでいる。飛翔船の常識を覆すほどに巨大なそれは、さながら空に浮かぶ宮殿のようであり、神殿のようでもあった。ほかの飛翔船も決して小さいわけではない。しかし、その宮殿のような飛翔船は、飛翔船の数々とは比較のしようもないほどに巨大であり、セツナは、唖然とした。

 本当に船といっていいのかどうかさえ、わからない。

 船というよりは城や神殿といったほうが正しく、巨大な都市そのものが浮かんでいるといっても間違いではないような、そんな外観をしていた。

 そして、それがこの大船団の旗艦ともいうべき存在なのは、考えるまでもない。

「旗艦シウスクラウド。美しいだろう。あれこそ、陛下が覇道を実現するために建造なされたもの」

「シウスクラウド……だと」

「そう、陛下が名付けられた」

 セツナは、男神に尋ねたわけではない。ただ、疑問としてつぶやいただけだが、相手が反応してきたことに苛立ちを禁じ得ず、荒ぶる魂に身を委ねるようにして、超大型飛翔船へ向かった。

(シウスクラウド……)

 胸中でつぶやく。

 それは、彼が敬愛して止まないガンディア国王レオンガンド・レイ=ガンディアの父にして、先代国王の名前だった。

 ネア・ガンディア。獅子神皇レオンガンド・レイグナス=ガンディア。そして、旗艦シウスクラウド。それらの名称は、セツナを始めとするガンディアの旧臣、遺臣を惑わせ、従わせるために使われているに過ぎないはずだ。

 なぜならば、“大破壊”が起きた瞬間、レオンガンドたちも破壊に巻き込まれ、命を落としているはずだからだ。神の加護を得た十三騎士たちが死んでいるのだ。ただの人間であるレオンガンドが生き残っているはずもない。

 クオンは、ヴィシュタルなどと名乗り、生き残っているように見えるが、彼は神の使徒として生まれ変わったか、神の依り代となっているかのいずれかだ。

 ならば、レオンガンドもそうである可能性は、決して低くはない。低くはないのだが、彼は、極力そのことを考えないようにしていた。考えれば考えるほど、可能性に行き当たる。使徒としてならば、あるいは神の依り代としてならば復活は可能だ。それはリグフォードの例で示されている。つまり、レオンガンド・レイグナス=ガンディアなる存在が、レオンガンドそのひとである可能性も十二分にあるということだ。

 セツナは、その可能性を認めたくないから、深く考えないようにしていたのだ。思考の外に放り出すことで、ネア・ガンディアを敵と定め、獅子神皇なるものを偽者と断定することで、辛くも心の平衡を保っていた。

 もし、獅子神皇レオンガンド・レイグナス=ガンディアが、彼の敬愛するレオンガンドそのひとの成れの果てだったとしたら、それが真実として目の前に現れたとすれば、セツナは、心の拠り所を失うだろう。

 確信がある。

 だからこそ考えてはならなかったし、認めてはならなかった。

 なのに。

 セツナは、猛然と旗艦シウスクラウドへと接近しながら、その超巨大な船とも宮殿ともいえない物体が神々しい光を放つのを目の当たりにした。飛翔船に備わった兵装による迎撃かと身構えた直後、彼の目には、予想外の光景が飛び込んできた。

 旗艦シウスクラウドの発した光は、その上空になにかを投影したのだ。

 それは、在りし日のレオンガンドそのひとであり、セツナは、その幻像を目にした瞬間、思わず動きを止めた。

 それが、悪手だということはわかっていた。

 全周囲から殺到した神威がセツナを貫き、言語を絶する痛みの中、意識が白く塗り潰された。



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