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第二千六百五十二話 魂、燃え尽きるまで(五)

「なにを……いっているのですか」

 ファリアは、喉が震えるのを自覚しながら、マユラ神を見遣った。機関室、動力装置の上に少年の姿をした男神は鎮座している。その冷徹極まりない表情は、慈しみに満ちたマユリ神とは似て非なるものだった。その金色の瞳に感情の揺らぎはなく、冷ややかな叡智だけが宿っている。だからこそ、マユリ神はマユラ神に託し、眠りについたのかもしれない。その冷静さは、この激情渦巻く空間では、極めて特異だった。

「そうよ、いますぐ船を出して! 追いかけてよ!」

「そうだ、いますぐ!」

 ミリュウとシーラが詰め寄っても、マユラ神の表情に変化はない。それどころか、肩を竦めて見せるほどだ。

「……セツナは既に敵船団と交戦状態に入った」

「え……?」

「嘘だろ……」

「見ればわかるだろうことを偽る必要性は感じないな」

 そういってマユラ神が指し示したのは、映写光幕だ。セツナが転移する前後から完全に意識の外に追いやっていたそれには、ザルワーン上空の様子が映し出されている。見れば、無数の飛翔船が臨戦態勢に入っているどころか、戦闘真っ只中であることがはっきりとわかった。飛翔船の船首から放たれる光の奔流は、こちらが神威砲と呼称している艦載兵装であり、複数の飛翔船から放たれた神威砲が空中に交錯する様は圧巻というほかなかった。その中を飛び回っている黒い物体が見える。それがセツナだということはいわれるまでもなくわかった。ほかに考えられない。

 つまりセツナは、驚くべき速度でザルワーン島上空に到達したということだ。信じられないことだが、彼が完全武装状態ならば、それくらい可能なのかもしれない、とも思える。なにせ、完全武装状態は、神とも渡り合える状態なのだ。その最高速度が想像を絶するものでも、なんらおかしくはない。

「見ての通り、セツナは敵船団と交戦中だ。そんな中にウルクナクト号を突っ込ませるのは、自殺行為だ。それこそ、おまえたちを窮地に追いやることになる。それだけはなんとしても避けなければならぬ。あのときの二の舞だけはな」

「二の舞……?」

「おまえたちを失えば、取り返しのつかないことになる」

「それって――」

「ただでさえ怒り狂っているセツナをこれ以上追い詰めればどうなるか、さすがのおまえたちにも想像はつくだろう。いや……セツナの精神状態は関係がないか」

 マユラ神は、ファリアたちの反応などお構いなしに続けてくる。あのときの二の舞。それがなにを意味するのかは、すぐに理解できた。ナリアとの一度目の接触のことだろう。為す術もなく全滅した結果、セツナは暴走し、世界を滅ぼしかけた、という。

 世界を滅ぼすほどの力を秘めているのが黒き矛の魔王の杖たる所以なのだが、それだけの力を引き出すのは、現状のセツナでは不可能だともいう。では、なぜ、あのとき、セツナは世界を滅ぼすほどの力を引き出せかけたのか。

『理由は簡単だ。おまえたちを失ったからだよ』

 マユリ神が告げてきた言葉が脳裏に蘇る。

 それはつまるところ、セツナがファリアたちを必要不可欠な存在と認識し、心の底から大切に想ってくれているということであり、それを聞いたとき、ファリアたちは、なんともいえない照れくささを感じたものだが、いまにして想えば、危うさを感じるべきだったのかもしれない。

 セツナは、異世界の人間だ。寄る辺なき、異世界からの来訪者。拠り所を求め、居場所を欲し続けていた。そうして見つけたのがガンディアであり、《獅子の尾》であり、ファリアたちだったのだ。そのうち、ガンディアと《獅子の尾》は失ったも同然だった。仮政府は存在するが、ガンディアを一度失った事実に変わりはない。その上でファリアたちを失えば、彼が絶望するのも無理からぬことだったのではないか。

 そして、だからこそ、彼はいま、怒り狂っているのではないか。

「彼は、おまえたちを心の拠り所としている。だからひとりでいった。おまえたちを失わないために。おまえたちを巻き込まないために。ここで彼を追えば、その想いを無駄にし、踏みにじることになる」

「でも……それでも、セツナはどうなるのよ!?」

「そうです、セツナが無事なら、わたしたちは……!」

 どうなってもいい、と、ファリアは叫びたかった。自分たちがどうなろうと、セツナが無事ならば、それで。

「互いに想い合う、実に美しい関係だが……彼のことならば心配はいらぬ。だれも彼を殺せない」

 マユラ神の確信に満ちた言葉がファリアの心を落ち着かせることはなかったし、焦燥感は、増大し続けた。映写光幕に映し出された戦場の光景は、激しく、苛烈に変転し続けている。いくつかの船が落ち、神威砲が空中を交錯する。その狭間を飛ぶ黒く禍々しい存在、それがセツナだ。                   黒い力を纏い、闇の翼を広げ、光り輝く船と船の間を飛び回るその姿は、さながら悪魔のようであり、あるいは黒い飛竜の如くだ。神威砲がセツナを飲み込み、その莫大な輝きを切り裂いて無事な姿を見せれば、巨大な闇の鉤爪が飛翔船の翼を引き裂き、“破壊光線”が船体に風穴を開ける。飛翔船は防御障壁に護られているはずだが、いまのセツナの前ではまるで意味を為していないようだった。

「そんなの、信じられないわ!」

 ミリュウが悲痛な叫びを上げようとも、マユラ神の表情は変わらない。

 冷酷かつ冷徹にこちらを見ていた。

 

 怒りが、力を引き出してくれる。

 怒りが、限りない力を与えてくれる。

 怒りが、飽くなき戦いへ駆り立ててくれる。

 怒り。

 怒りしか、ない。

 怒りだけが心を昂ぶらせ、魂を燃え上がらせる。

 それはセツナ自身の怒りであり、黒き矛の怒りであり、眷属たちの怒りでもあった。三百隻の飛翔船、二百以上の神、数多の神人、使徒といった敵戦力の真っ只中へ向かうことが彼らの感情を昂ぶらせ、怒りを解放させていた。感情の同調。激情の同期。意思が重なり、魂が結ばれる。

 これほどまでに想いが一致したことは、一度しかなかった。

 ナリアに敗れ、すべてを失ったあのとき。

 絶望が意識を塗り潰し、闇に飲まれ、堕ちたあの瞬間。

 ただ、あのときとは明らかな違いがある。

 あのときは、どうなってもいいと想った。護るべきすべてを失い、大切なひとたちを奪われ尽くしたのだ。この世に未練がなかった。世界がどうなろうと関係がなくなっていた。だから、力の赴くまま、黒き矛の感情の向かうまま、力を解き放った。それが世界を滅ぼすほど力だったというが、そんなことは知った話ではなかった。

 絶望とは、そういうものだ。

 では、怒りは。

 怒りは、どうか。

 絶望と怒りは、まったく異なる感情だ。

 絶望がなにもない無明の暗黒ならば、怒りは燃え盛る烈火の真紅だ。

 世界を滅ぼすほどの力には、遠く及ばない。

 それでもいままで以上の力がセツナを昂ぶらせ、突き動かしていた。翅の障壁で身を守りつつ神威砲の光の中を突っ切って、敵飛翔船の船首から突っ込み、砲塔にランスオブデザイアを叩きつける。超高速の螺旋回転は凄まじい力の渦を生み出し、飛翔船を容易く貫いて見せる。すぐさま飛び離れ、つぎの飛翔船に取り付けば、アックスオブアンビションを全力で叩きつけ、破壊の力を船体全体に行き渡らせ、爆砕する。そして続けざまにロッドオブエンヴィーを振り翳し、巨大な闇の腕を作り出して神威砲を弾き返す。神威砲は別の飛翔船の横っ腹に風穴を開けた。

 これだけで三隻の小型飛翔船が沈んだのだが、沈む船からはつぎつぎと敵戦力が飛び出してきた。一隻につき千体を優に越える数の神人が。神獣、神鳥の類もいる。だが、たかだか数千体では、いまのセツナを止めることなどできるわけもない。

 彼は、黒き矛の切っ先を神人の群れに向け、“破壊光線”をぶっ放し、薙ぎ払った。

 どれだけの数の神人を討ち滅ぼそうとも、セツナの怒りは収まらない。


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