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第二千六百四十三話 同一にして非なるもの(二)

「にしたって、世界を救ったってのは大袈裟だ」

 セツナが苦笑交じりに告げるも、ニーウェハインは笑いもしなかった。

「いや、事実だろう。ナリアは君を利用し、世界を滅ぼそうとした。その企みが潰えたのは、君のおかげなんだ」

「それも……皆がいてくれたからだよ。俺ひとりだったら、とてもじゃないが敵わなかった」

「もちろん、それもわかっている。そして、その中心にいたのは君だったってこともね」

「……そうかねえ」

 中心にいたのは、むしろ彼だったのではないか。だから彼は神になった。帝国の守護神ニヴェルカインが顕現し、ナリア打倒最後の一押しとなった。そして、セツナはニヴェルカインの加護を得、ナリアを追い詰めることに成功したのだ。

「そうさ。俺がいうんだ。間違いないよ」

 ニーウェハインが自信満々に断言してくるものだから、否定しようもないが。

「しかし、気になるのはナリアのことだ」

 ニーウェハインが話を転がす中、会場に目を向けた。その視線に従って天輪の間を見遣れば、ミリュウがエリナと手に手を取って踊り始めていた。宮廷楽団の奏でる音色は穏やかなものであり、踊るのに不慣れなエリナも、ミリュウの華麗なまでの導きに従うだけで、上手く踊っているように見える。

 そんなふたりに触発されたのか、エスクがネミアを誘い、舞踏会場へと向かう。そんな様子をセツナは穏やかな気持ちで見ていた。

「神は本来不滅の存在であり、神同士の闘争に決着がつくことはない。神は神を滅ぼせないし、神は滅びないのだから、決着なんてつきようがない。そうだろう?」

「本来ならな。だが、ナリアは弱り切っていた。俺とニヴェルカイン様が奴を追い詰め、弱らせたことが仇となった。奴は、どこかでそのときを窺っていたあの男に取り込まれ、その力の一部になった。なってしまった。信じがたい話だが、マユラ様いわく、あり得ない話じゃないそうだ」

「そうか……。じゃあ、その第三者の神がナリアの力を得、ナリア以上の力を持つ神になったということかな?」

「どうだろうな。先にもいったが、ナリアは弱っていた。俺たちに追い詰められ、限りなく弱っていたんだ。弱り切った神の力を取り込んだところで、どれだけの力が得られるものか。実際、あのとき、奴の力はナリア以上とは感じられなかったからな」

 あと一歩のところまで追い詰めたのだ。もはやナリアには絞りかす程度の力も残っていなかったのではないか。だとすれば、あの男神がナリアを取り込むことに意味があったのかどうかといえば、ないとは言い切れない。たとえナリアの力をすべて手に入れられなくとも、それがわずかばかりであったとしても、さらなる力を得られることに意味があったのだろう。だから、男神は現れ、ナリアを取り込んだ。

「だったら、心配はいらないか」

「ん?」

「ナリアを追い詰めた君の敵じゃあないだろう?」

「確信を持っては、いえないな」

「どうして?」

「あのとき俺がナリアを追い詰めることができたのは、マユリ様や皆の力、ニヴェルカイン様の助力があったからだ。俺と黒き矛だけじゃあ、ナリアと対等に戦うことすら覚束なかっただろうさ」

 それも、八極大光陣の力を得、最大最強の存在となったナリアではなく、八極大光陣を失い、さらに信仰の力を失って弱体化を始めていたというのにだ。ナリアは、大いなる神と呼ばれるだけのことはあったということだ。

「奴がナリアに匹敵せずともそれなりに近い力を持った神だとすれば、苦戦は避けられないだろう。まあ、もっとも、奴が敵かどうかはわからねえが」

 とはいいつつ、セツナは、内心ではあの男神のことを敵と見定めていた。セツナの父親そっくりの姿をしていたのは、おそらく、セツナを精神的に揺さぶるためであり、それ以外には考えようがなかった。それなのにセツナが反応しなかったことは、あの男神には予想外だったのだろうが、とはいえ、許せるようなことではなかったし、実の父親の姿でもって挑発してくるような神など、味方であろうはずがない。

 が、そこで感情的に決めつけてしまうのもよくないことだ。もしかしたら、自分の目的のためにセツナを利用しようとしているだけかもしれない。ナリアを取り込んだように、神々の力を取り込み、自分のものとするために暗躍し、その一環としてセツナを利用する。その方法として、セツナの父の姿を取っているのではないか。

「話を聞く限り、味方には思えないが」

「俺もそう想う」

「……でも、行くんだろう?」

「ああ。どう足掻いても、行かなきゃなんねえ」

 ミリュウとエリナの師弟愛に満ちた舞踏も、エスクとネミアのどこか初々しささえ感じられる舞踏も、どちらもセツナの心に涼風を吹かせるものであり、彼は自然と微笑んでいた。

「奴は俺にすぐにでもザルワーンに行くよう、いった。奴の目的はわからないし、ザルワーンになにが起こっているのかもわからない。でも、行かなきゃならねえ。行って、殿下や皆の無事を確かめないと」

「すぐにでも出発するのか?」

「ああ。できれば、明日にでも」

 ウルクナクト号への物資の搬入は完了していて、いつでも出発できる状態だった。食料、衣類、薬品に加え、皇帝直々に賜った召喚武装の数々。それら召喚武装は、かねてより帝国の保管庫に積み上げられていた主なき召喚武装であり、帝国における武装召喚術の歴史の一部といっていいものだ。もはや主もおらず、使い手もそういないことから、ニーウェハイン直々にいくつかを見繕い、セツナたちの旅に役立てるよう、提供してくれたのだ。武器もあれば防具もあり、戦力の大幅な増強になるのは間違いない。

「そうか。俺としては、君たちにはもうしばらくここにいてもらいたいのだが」

 見れば、ニーウェハインは、どこか照れくさそうな顔をしていた。

「まだ、感謝がし足りないんでね」

「気持ちは嬉しいけどさ」

「ああ、わかっている。もし、そちらの問題が片付き、なにもかも決着がついたなら、いつでも来てくれ。君たちなら国を挙げて歓迎する」

「……ありがとう」

「感謝するのは、こちらのほうだよ、セツナ。感謝の印になにか送りたいものだが……」

「既にもらっているだろ。まだなにかくれるってんなら……そうだな、ラミューリンさん」

 ふと思いついた言葉をそのまま口にしただけではあるが、それはセツナ一行の戦力をさらに引き上げる可能性でもあった。ラミューリン=ヴィノセアは、当然、この祝宴に参加している。彼女は、女神戦争における統一帝国軍の中心にして、勝利の立役者のひとりということもあり、戦後、絶大な評価を得た。皇帝は直々に彼女を表彰し、戦理君の名を授けている。その彼女だが、この度の祝宴には、普段の肌が透けて見えるような格好ではなく、重厚な装束を身につけ、ミズガリスとともにいた。

 ラミューリンと愛用の召喚武装・戦神盤の能力は、極めて有用だ。もし、彼女が船の一員になってくれるのであれば、セツナたちの戦術の幅が大きく広がるだろう。勝利のためだけではなく、戦場を離脱する、あるいは窮地を打開する上でも、使い勝手が良い。

 すると、ニーウェハインが苦笑した。

「そんなことをいっていいのかい?」

「は? 俺はだな――」

 セツナは、ニーウェハインがなにかを誤解している気がして、弁解しようとした。が、その瞬間、背後から羽交い締めされ、絶句する。

「せーつーなー」

「うお!?」

 セツナを羽交い締めにしたのはミリュウであり、そのドスの利いた声には、肝が冷えた。

「いま、ラミューリンの体が欲しいっていったわよね?」

「お兄ちゃん、そんなこといったの!?」

「いってねえ! 俺はんなこといってねえ、そうだろ、陛下!」

「どう……だったかな」

「なんでここでとぼける!?」

「済まない、咄嗟のことで思い出せない」

 ニーウェハインは頭を抑え、わざとらしく頭を振る。なにが楽しくてそんなことをするのか、セツナにはまったく理解できず、叫んだ。

「なにがだよ!」

「せーつーなー!」

「お兄ちゃん……」

「なになに、いったいどうしたのよ?」

「そうだぜ、注目の的だぞ」

「ミリュウ様、どうか落ち着いてくださいまし」

「セツナの首を絞めないでください」

「なんだこりゃ」

「さあ?」

 セツナの周囲に彼の仲間たちが集合するのは時間の問題であり、その騒ぎがさらなる騒ぎを引き起こすのも想定の範囲内ではあった。ミリュウがラミューリンのことに言及すれば、それまでミリュウを引き離そうとしていたファリアたちにも飛び火し、エスクとネミアを除く全員がセツナに詰め寄り、セツナは頭を抱えたくとも抱えられず、途方に暮れた。

 ラミューリンは、自分の知らぬところで話題に上がり、さぞ困惑したことだろうが、結局、彼女が船に乗ることはなかった。

 ラミューリンは帝国にとって必要不可欠な人材なのだから、当然といえば当然だ。

 セツナも、冗談半分でいったに過ぎない。

 その結果、ミリュウたちの勘違いからくる嫉妬の嵐によって酷い目に遭ったのだから、笑い話にもならないが。

 とにもかくにも、そんな風にして戦勝祝賀の宴は幕を閉じた。

 それにより、女神戦争は、完全に終結したといっていいだろう。

 セツナたちは、新たなる戦いの地へ赴くことになる。



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