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第二千六百四十話 戦士の休息(三)

 皇帝主催の宴は、統一帝国の大勝利を祝賀し、また、統一帝国の安寧に満ちた将来を祈念するために催されるとのことだった。

 そのためにはまず、戦死者の霊を慰める必要があるとのことで、宴の前日、つまり昨日の午前中、帝都を上げて戦死者慰霊式典が執り行われている。統一ザイオン帝国と南ザイオン大帝国との大戦で失われた命は優に十万を越えており、式典中、哀しみに満ちた声が絶えず、ついには晴れ渡っていた空が鉛色の雲に覆われ、雨が降り始めた。

 帝国の天地もまた、泣いているのだ――だれもがそういい、そう信じた。帝国のため、この天地のために命を賭け、戦い、散っていったものたちのことを想えば、それくらい信じても構うまい。

 セツナたちも慰霊式典に参列し、戦死者たちに想いを馳せた。ほとんど関わりのなかったものばかりだが、それでも、なにも感じないわけもない。帝都を染め上げた雨に打たれながら、様々なことを話し合い、想った。

 ちなみに、統一帝国政府は、先の戦いを女神戦争と命名している。帝国同士の戦争とはいえ、実質的には、女神ナリアと統一帝国の戦争であり、帝国の名を穢したくないということからそのように命名されたようだ。ナリア率いる大帝国軍の戦力に帝国人がひとりとしていなかったという事実もある。神人化した帝国人はいたのだろうが。

 真実は、必ずしもひとびとを幸福にするわけではない。

 また、慰霊式典において、ニーウェハインは、失われた命を想うとともに、護られた命の大切さを説いた。戦死した軍人たちがまさに命を賭けて護った帝国臣民こそ、統一帝国の宝である、と。そして、その宝を護り、安んじることこそ皇帝としての使命であり、その使命を全うすることを約束し、帝都中のひとびとから喝采を浴びた。

 慰霊式典の模様は、マユラ神が通信器を用いることで帝都中に配信されたのだ。マユラ神は乗り気ではなかったものの、セツナたちの願いを拒むことはできなかったらしい。

 なんにせよ、慰霊式典は無事に終わり、今日の日を迎えたということだ。

 そしてセツナは、ファリア、ミリュウ、シーラ、エリナ、ミレーヌと、そこに加わってきたレム、ウルクたちによって、様々な衣装を着せられては、似合うだの似合わないだの、かっこいいだのかっこいいだのかっこいいだのと、着せ替え人形の如く扱われ、数時間後にはへとへとになっていた。

「もう……いいだろ……」

「うんうん、いいよいい、いい!」

「中々の傑作が完成したわね」

「ああ!」

「お兄ちゃん、かっこいいよ!」

「ええ、本当に」

「はい、素敵です、セツナ」

 女性陣は満足げで感無量といった様子だったが、姿見に映る自分の姿を見たセツナは、彼女たちの評価を真に受けようとは想わなかった。ミリュウ、ファリア、シーラ、エリナ、レム、ウルク、ミレーヌ――セツナの着せ替えに没頭した各人の趣味趣向がぶつかり合って、激しく主張し合っているのだ。いわば色の喧嘩だ。青、赤、白、黒、茶、灰、まさに色とりどりといった有り様で、基調となっているはずの黒が死んでいた。調和が取れていないのだ。しかしながら、それでもなんとか見れるものになっているのは、さすがは高級品というべきなのかもしれない。

 女性陣に美的感覚がない、というわけではない。むしろ、ミリュウの美感は優れていたし、彼女は他人の美しさを際立たせる術を心得ており、女性陣の衣装は全部ミリュウの見立てだった。だのに、セツナの場合は、彼女の才智は発揮されていない。まるで、セツナに関してだけはミリュウの目が曇るかのようだ。

 なにを着ても、なにを身につけても、似合っている、かっこいい、などと宣う筆頭がミリュウだ。彼女のセツナを見る目が曇っているのは、まず、間違いない。しかし、それは彼女だけの問題ではないのだ。ファリアもシーラもレムも、だれもかれもがそうだった。

「御主人様は幸せものでございますね」

「なにがだよ」

「こんなに愛されて」

「そうだな……」

 鏡に映る自分の道化染みた姿を見ながらも、そんな自分の周りではしゃいでいる女性陣の様子には幸福感を覚えずにはいられないのも事実だ。

「本当……幸せものだよ」

 噛みしめるようにつぶやくと、彼はその場に仰向けになった。

 着せ替え人形の如く弄ばれた疲れがどっと出たのだ。

 


 天輪の間は、至天殿最大規模の広間だ。

 ここでは様々な行事や催し物が執り行われており、ニーウェハインがかつて闘爵に任じられたときも、ニーナが騎爵に任じられたときも、ここで盛大な式典が行われている。

 もっとも、ニーナとニーウェハインが主役の式典の盛り上がりというのは極めて表面的なものであり、本質的には歓迎されていなかった。ニーナもニーウェハインも、親兄弟から見放されていたからだ。父親たる皇帝が強力無比な後ろ盾だからこそ、ミズガリスやミルズらは権勢を得、権力を顕示することができたのであり、それを公に失ったも同然だったふたりには味方がいないのは当然といえば当然だった。そんなふたりの式典が表面だけでも盛り上がったのは、結局は、式典を開催した皇帝の意向には逆らえないからだが、当時の皇帝がなにを考え、ニーナやニーウェに爵位を与えたのかは、いまだにわからない。

 先帝シウェルハインは、最期、その力を振り絞り、ナリアの意向を無視した行動を取り、最終戦争に駆り出された帝国軍人たちのほとんど全員を帝国領土に帰還させている。その際、ニーナもニーウェハインも彼の愛情に触れたということから、シウェルハインが本心では子供たちを愛していたのは間違いないのだろう。しかし、神の操り人形だった彼には、その愛情を表現する機会が失われていたのかもしれない。

 ふと、そんなことを考えたのは、天輪の間の由来について考えていたからだ。

 その名に謳う天輪とは、広間の天井に掲げられた巨大な魔晶灯の輪のことを示している。青白く輝く円環型の魔晶灯は、一見巨大なひとつの魔晶灯に見えるが、実際は無数の魔晶灯によって構成されている。円環状に見えるよう、華麗な装飾と配置によって誤魔化されているのだ。が、天輪の由来は、元々、この広間の天井に掲げられていた円環状の飾りであり、その飾りの代わりとして魔晶灯が掲げられるようになったのは、先帝シウェルハインの命による。

 シウェルハインは、天輪の間の光源として天井から吊していた魔晶灯が室内の景観を損なう考え、円環そのものを魔晶灯とするよう命じたのだ。至天殿のひとびとは大いに頭を悩ませたようだが、苦慮の末、現在の形に落ち着いたらしい。

 頭上から降り注ぐ魔晶灯の青白い光と、その光の輪の中心たる天井に描かれた帝国全土の光景を眺め、想う。最後の最期、シウェルハインは、想うままに死ねたのだろう。おそらくは、だが、満ち足りた死だったに違いない。いや、それも結局はなにも知らぬ赤の他人の想像に過ぎないが、しかし、ニーウェハインやニーナらの発言からは、そう想いたくもなる。

 シウェルハインを始め、帝国の歴代皇帝は、大いなる女神ナリアに支配された人生を歩んできたのだ。

 ナリアは、帝国を影から支配することに注力していた。ヴァシュタラのようにみずから表舞台に立つのではなく、皇帝を人形の如く操り、あるいは依り代とし、帝国臣民の信仰を煽り、その祈りを力としていた。そうして、来たるべき決戦のときに備えていたのだ。

“約束の地”を巡る最終戦争がそれだ。

 ナリアは、皇帝シウェルハインを操り、ザイオン帝国を操り、決戦の地に赴いた。

 そして、膨大な血が流れ、死が世界を満たした。数え切れないほどの帝国軍人が命を落とした。セツナが殺したものも、数知れない。

 それが皇帝シウェルハインの志によって起こされたものならば、帝国のため、帝国臣民の将来のために必要な戦いだったならば、帝国軍人も納得しよう。帝国臣民も、哀しみながらも受け入れよう。だが、実際はそうではなかった。

 真実は、女神ナリアが在るべき世界に還るためだけに引き起こされた戦いであり、そのためならば、ナリアはどれほどの犠牲を払おうとも構わないという考えの持ち主だったのだから、憤懣やるかたない。

 シウェルハインが最終的にナリアを裏切り、その力を利用し、帝国のひとびとを在るべき場所に転送したのも、必然だったのかもしれない。

 天輪。

 女神ナリアの光輪が想起されるのは、決して想像力のせいではあるまい。

 ここはかつて、女神ナリアがその住居としていた場所なのだ。

 帝都ザイアスの形さえ、女神の意図が込められているに違いなく、そのことが妙な居心地の悪さに繋がっているのは間違いなかった。


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