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第二千六百三十話 待ち受けるもの(二)

 セツナは、極めて質素な格好だった。

 病み上がりということもあるのか、それとも、それが彼の普段着なのか。いずれにせよ、至天殿で生活しているものがするような格好ではないことは確かだった。もちろん、だからといってそんなことで目くじらを立てるものもいないし、しっかりと衣服を着込んでいればなんの問題もない。彼は常識人だ。いくら疲れ果てているからといって、至天殿内部を裸でうろつき回るような人間ではない。その点では、なんの心配もいらない。

 見たところ、多少、痩せている。筋肉量の変化はわからないが、頬が痩けているのだ。目がわずかに落ちくぼんで見える。先の戦いにおける消耗と、戦後、食事をすることもできないまま、気を失い十日以上に渡る昏睡状態が彼をそのようにしたのだろうが、足取りは軽く、ふらついてもいない。しっかりとしていて、その点はなんの心配もいらないようだった。少し、安心する。

 彼は、机の手前に辿り着くと、ニーウェハインの顔を見て、少し驚いたようだった。予期せぬ場所で鏡でも見たような、そんな反応。ニーウェハイン自身、間近で見たセツナの顔には、驚きを禁じ得ない。やはり、そっくりだ。面白いほどに似ている。

「御機嫌麗しゅうございます、皇帝陛下、大総督閣下」

 などと、大袈裟にお辞儀をしてきたセツナに対し、彼は鷹揚にうなずいた。セツナがそのような態度で臨んでくる以上、こちらは皇帝らしく振る舞うべきだろう。

「セツナ殿こそ、無事でなによりだが……起きたばかりで歩き回ってだいじょうぶなのか?」

「ええ……まあ。多少、上半身が軋むように痛みますが、まあ、これはこれで」

「本当にだいじょうぶなのか?」

 ニーナが心配すると、彼は慌てたようだった。

「あ、いまのはただの冗談ですんで、気にしないで欲しい……かな」

「冗談?」

「いやあ、長いこと眠ってたでしょ。それで……」

 と、彼は苦笑するようにいってきた。確かに十日以上も眠り続けていれば、体のどこかに不調が出ても不思議ではない。

「そういうことなら、召喚武装で治療を受ければいいのではないか?」

「まあ、そういうのは後回しにしたほうがいいと想いましてね」

「ん?」

「報告、ちゃんとしていなかったでしょう」

「ふむ……」

 ニーウェハインは、セツナのなんともいえない口ぶりに怪訝な顔をした。見れば、ニーナも同じような表情で彼の話を聞いている。戦闘結果に関する報告ならば、彼から聞くまでもない。戦果は、マユリ神とラミューリン=ヴィノセアによって精確無比に確認されている。ナリアの討滅に関しても、彼の口から直接聞くまでもない。しかし、どうやら彼にはニーウェハインに直接報告しなければならないことがあるようだった。

「なにか、報告しなければならないことがある、ということか」

「そういうことです」

「ナリアを討ち、大帝国軍は消滅した。統一帝国の大勝利で万々歳……というわけにはいかないのか?」

「まあ、それはそれでいいんですが」

「……どういうことだ?」

 ニーウェハインとニーナは、またしても訝しげな顔をした。


「ナリアが、完全に滅びたわけではない、だと?」

 思わず大声になりそうになるのを必死に抑えなければならなかったのは、当然だった。

 ニーウェハインをはじめ、あの戦いに参加しただれもが信じていたことが当事者の一言によって覆されたのだ。声を張り上げずに済んだのは、幸運というほかない。もしいまの言葉が外に漏れていたら、大騒ぎだ。そして、そのときになって、ようやく気づく。

 セツナは、たったひとりで彼の執務室を訪れていた。普段ならば従僕たるレムかウルク辺りを同行させているだろうし、病み上がりの彼ならば、ミリュウやシーラなどが心配の余り付き添っていても不思議ではない。なのにいまの彼はひとりだった。それはつまり、彼がその報告をニーウェハインたちだけに伝えたかったからではないか。

 いまの発言だけを聞けば、無用な混乱を招きかねない。あれほどの惨事を引き起こした神がまだ生きているかもしれない、とも受け取れるのだ。もし、そんな情報や噂が流布されれば、どうなるものか。想像するだけでぞっとする。

「いったい、どういうことだ? 戦場にいた神人どもも消えた。マユリ様も、ナリアの消滅を確認している。セツナの記憶違いじゃないのか?」

「記憶違いなら、それで構わないんですがね」

「違うのか」

「はい」

 セツナは、うなずくと、真剣なまなざしになった。

「俺は……ニヴェルカイン様の協力もあり、ナリアを後一歩のところまで追い詰めることには成功したんです。後一歩。本当に、後少しだった。けれど、外部からの介入者によって止めは刺せず、ナリアは、その介入者に取り込まれたんです」

「取り込まれた?」

「それはいったい……」

「介入者もまた神様だったってことです。どうやら、その介入者たる神は、ナリアと俺の戦いを監視し、ナリアが弱り切る瞬間を待っていたのでしょう。そして、奴の思惑通り、俺はナリアを止めを刺す寸前まで追い詰めた」

「そこを横取りされた……というわけか。しかし、それが事実だとして、特に問題はないということじゃないのか? 結局、ナリアは滅びたのと同じなのだろう?」

 ニーウェハインは、セツナの真っ直ぐなまなざしを受け止めながら、疑問を口にした。ナリアを取り込んだということはつまり、そういうことではないのか。取り込み、力にする。となれば、ナリアが復活するようなことはないのではないか。

「ええ、まあ。あの介入者は、ナリアの力を取り込んだといっていましたし、ナリアが返り咲いたり、復活することはないはずです。それに、奴がナリアに代わって大帝国を支配し、南大陸に侵攻してくる心配もないでしょう。その気があれば、あの後、俺が力尽きた直後に攻撃してきたでしょうし」

「ふむ……」

「ただ、ひとつ気になるのは、奴がザルワーン島で俺を待っている、というようなことをいっていたことです」

「ザルワーン島だと?」

 ニーナが驚きの声を上げる。ザルワーン島といえば、セツナたちが南ザイオン大陸への道中に立ち寄り、いくつかの問題を解決してきた島だ。かつての大陸小国家群における大国であり、ガンディアの領土となったザルワーンおよびクルセルクがひとつになったような島だという。

「ザルワーン島には、ガンディア仮政府があります。奴がなにを企んでいるのか、もしくは既になにかしでかしている可能性があります」

「放ってはおけない、いますぐ向かいたい、というのだろう?」

「はい」

「戦勝祝賀の宴も準備段階な上、論功行賞も終わっていない。それに君の状態を鑑みれば、賛同はできないな」

 ニーウェハインの見るところ、セツナはまだまだ本調子とはいえない状態だった。それはそうだろう。彼はおそらく目を覚ましたばかりだ。なぜならば、今朝の会議にも、セツナの覚醒に関する報告はなかったのだ。会議からこの時間に至る間のどこかで目覚めのだろう。食事くらいはしたかもしれないが、それでどうにかなるような問題でもない。

「が……引き留めることもできまい。君は、皇帝の家臣ではない。君は、帝国の協力者であり、契約は既に終え、この度の戦いは、君たちからの申し出によるものだ。戦いが終わった以上、どのような理由をつけても、君とこの場に押し止めることは出来ぬ」

「陛下……」

「しかし、だ。君は自分や周囲のひとたちのことをもう少し考え、しばらくは静養に務めるべきだ。少なくとも数日は体を労り、力を蓄えるのはどうか?」

「……そう、ですね。陛下の仰るとおりです」

 彼は考え込んだのち、思い返したようにうなずき、微笑んだ。屈託のない笑顔は、セツナらしくないといえばらしくないかもしれないが、悪くはないものだった。

 ニーウェハインがニーナと顔を見合わせたのも、その笑顔が良く思えたからだ。

 それからしばらく、セツナと談笑し、その中でニーウェハインは何度となく彼に感謝の言葉を述べ、照れ臭がられたが、ニーウェハインは気にしなかった。

 セツナに対しては、いくら感謝してもしたりないのだ。


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