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第二千六百二十七話 神の眠り

「先もいったように、だ」

 マユリ神がどこか瞼も重たそうにしながら口を開く。

 場所は、帝都ザイアス至天殿の一角だ。

 帝国同士の大戦争が終わり、既に十日が経過していた。

 ディヴノアを本陣として各地に展開していた統一帝国軍は、事後処理に奔走したのち、それぞれ本来の持ち場に戻る手筈となっているのだが、皇帝ニーウェハイン・レイグナス=ザイオンとその側近たちは、一足先に先に帝都に帰還した。セツナ一行も、その帰還に同行している。というより、皇帝一行の帰還にウルクナクト号を利用したといったほうが正しいのかもしれない。

 凱旋といっていい。

 統一ザイオン帝国存亡の危機を回避し、大帝国軍を殲滅したのだ。帝都は皇帝一行の帰還に際し、天地を揺らすほどの大騒ぎとなったが、素顔を曝し、無事な姿を見せるニーウェハインの様子に大歓声が上がった。だれもが歓喜の涙を流し、尊敬と賞賛の声を上げる光景を目の当たりにすると、やはり皇帝は帝国における神なのだと想わざるを得なかった。

 神の帰還。

 その無事を喜ばない信徒はいまい。

 帝都では後日、戦勝祝賀の宴を行うこととなっており、そのためにセツナ一行は帝都に逗留することとなっていた。帰還当日に行わないのは様々な準備が必要だからであり、戦後処理も終わっていないからだ。統一帝国の全戦力を投入した大戦争。戦死者は膨大な数になる。その確認作業や弔い、遺族への手当などを考えれば、莫大な費用を投じることになるだろう。統一帝国は、しばらく出費に悩まされることになるかもしれない。

 とはいえ、南ザイオン大陸は、統一帝国政府によって統治運営され、敵対勢力もなく、敵性存在といえば、大陸に潜む皇魔や神化したものたちだけであり、今後、余計な戦費を捻出する必要に迫られることはないだろうし、安心して戦後処理に費用を投じることができるはずだ。

 宴に関しては、大帝国およびナリア討滅の立役者たるセツナ一行を主賓に呼ばずしてなにが戦勝祝賀か、と、ニーナが息巻いていた。

 ニーナは、ニーウェハインが元に戻ったことが嬉しくて仕方がないようであり、そんな彼女の様子には、三武卿や帝国将兵たちも頬を緩めるほかなかったようだ。無論、だれもがニーウェハインが生き残った事実をこそ喜び、涙をこぼしてさえいたが。

 セツナは、といえば、ナリアとの戦いで消耗しすぎたのか、あれ以来眠り続けている。戦いのあと、ニヴェルカインがニーウェハインに転じ、その無事を確認したことで緊張が解けたのだろう。召喚武装をすべて送還した彼は、眠るように意識を失ってしまった。そのことで多少大騒ぎになったものの、マユリ神が無事を確認してくれたこともあり、ミリュウは安堵したものだった。

「ニーウェハインが神に転じることができたのは、条件が整っていたからにほかならない。だれもが神になれるわけではなく、故にあの方法で白化症や神人化からひとを救うことはできない」

「なーんだ。残念」

 ミリュウは、少なからず期待を裏切られた気がして、憮然とした。だれもが神になるのはやりすぎにしても、ニヴェルカインがニーウェハインを完全に元に戻したような方法で、皆を救うことは出来ないものか、と想わずにはいられなかったのだ。それがもし可能であれば、白化症に冒されたひとびとのみならず、神人と化したひとたちまで、ひとり残らず救うことができるだろう。が、どうやら、世の中、そう甘くはないらしい。

「人間ひとりが神になれるほどの信仰を集めるのは、不可能に近い。ニーウェハインが神に転じるほどの信仰を集めることができたのは、ナリアが帝国を支配し、運営するために構築した信仰集積機構および歴史の積み重ねによるところが大きい。もしナリアが表だって神として君臨し、ヴァシュタラのように信仰を集めていたのであれば、ああはならなかっただろうな。すべてはナリアの性格、性質が裏目に出た結果、といえよう」

「いい気味よね」

「だが、少々気になることがあるのは確かだ」

「ん? なにか問題でもあるの?」

「おまえも覚えているはずだ。神人たちの最後をな」

「ええ、覚えているわ」

 ミリュウは、椅子の背もたれを抱くようにして座りながら、マユリ神に相槌を打った。

 広い部屋であり、帝国の中枢にして、帝都の中心たる至天殿の一角だけあって、豪華な調度品の数々やあざやかな装飾は目を見張るものがある。それは、セツナ一向にあてがわれた一室であり、マユリ神が方舟のほうではなくこの部屋にいるのは、ミリュウたちが船を降りてしまったからだ。話し合うだけならば通信器使えばいいのだが、マユリ神は直接のやり取りこそ重要なものとした。要するに、寂しがり屋なのだろう、とミリュウは納得していた。

 ミリュウとマユリ神以外にはだれもいない。ほかの皆もそうだが、セツナ同様、戦後、意識を失うようにして眠った。長い眠りではあったものの、セツナほどの長期間、眠り続けているものはいない。ひとり、またひとりを目を覚まし、最終的にセツナひとり眠り続けていた。ファリアたちは、そんなセツナのことが心配で溜まらないのだ。

 それはミリュウとて同じ気持ちだし、いてもたってもいられないのだが、とはいっても、マユリ神が無事だというのであれば信じて待つほかあるまい。セツナは、ナリアを斃すという役割を果たしたのだ。そのためにどれほどの力を使い、消耗し尽くしたのか、想像を絶するものがあるに違いなかった。

 消耗し尽くしたといえば、ミリュウたちも同様ではある。

 超大型神人との戦いは、死闘というほかなかった。ミリュウだけではない。ファリアもシーラもレムもウルクもダルクスもエスクも、だれもかれもが命を賭した激戦の中にあった。凄まじいとしかいいようのない戦いの中で、ただただ精神力や体力をすり減らしていくだけの戦いだった。敵は一向に減らない。いや、減ってはいるのだが、全体から見れば、微々たるものでしかないというのが現実であり、その現実を知れば、閉口せざるを得ない。そんな戦い。

 心が折れなかったのは、ウォーメイカーとやらのおかげなのだろう。

 そんな中だった。

 突如として、神人たちの姿が消えた。忽然と、消えて失せた。それは青天の霹靂の如き驚きとともに勝利を確信させるものだった。

「戦いの最中だったけど……ちょうどよかったわ。もう、ぎりぎりだったもの」

「神人たちは、消滅したのではなく、消え去ったのだ」

「……ちょっと待って」

 ミリュウは思わず椅子から転げ落ちそうになったのは、マユリ神に近寄ろうとしたからだ。

「それって、どういうこと? 神人も使徒も、力の源の神が滅びたら同様に滅びるんじゃなかったの?」

「その通りだ。神が消えれば、その神威も消える。神威の影響も消える。神という奇跡、そのすべてが消えてなくなる。だが、神人は消滅せず、消え去った。転送された」

「つまり、ナリアが生きてるってこと?」

「……それがよくわからないのだ」

 マユリ神は頭を振った。長い髪が揺れ、魔晶灯の光を反射してきらきらと輝いた。

「ナリアが追い詰められたのは確かだ。戦神盤を見ている限り、ナリアを示す光点は、戦いの終わる間際、セツナに比べ、微々たるものになっていた。セツナならば確実に滅ぼせるくらいにな」

「でも、滅ぼせた保証はない?」

「いや……ナリアの光点が消えたのは間違いない。ただし、新たな気配、強大な光点が出現し、それがナリアの光点とともに消え去ったのだ」

「……まさか、その新たな気配ってやつがナリアを連れ去っていったっていうんじゃないでしょうね?」

「わからん。こればかりは、セツナに聞くしかあるまい」

「そっか。セツナなら、その目で見てるはずよね」

 そして、すぐさま考え直す。セツナは、ナリアが連れて行かれたとはいっていなかった。つまり、ナリアは生き残っているわけではないのではないか、ということだ。神人たちが生き残った理由はわからないが、ともかく、いまはそのことで考え込むのはよそうと彼女は想った。

「ああ……しかし」

「しかし……なによ」

「わたしも随分と消耗した」

「うん……まあ、そうよね」

 ミリュウは、戦いが終わってからというもの、マユリ神を心の底から労い続けていた。ナリアとの戦いに勝利することができたのは、とにもかくにもマユリ神がいてくれたからだ。マユリ神が戦神盤の能力を拡張し、全戦闘員を強化したからこそ戦い抜くことができたのであり、もしマユリ神がいなければ、ナリアとの戦いは一方的な敗北に終わっていたのは疑いようもない。

「しばらく、眠らなければならぬようだ」

「ええー!?」

「しばしの間、マユラがわたしの代わりを務めてくれるだろう」

「そ、そんなこと……」

「マユラがおまえたちに害を為さないことは、先の戦いで身を以て証明したはずだ」

「それは……わかってるけど」

 マユリ神の背後を覗けば、マユラ神が眠っている様子が見えるだろうが、ミリュウは覗き込まなかった。むしろ、積極的にマユリ神だけを見つめる。マユリ神の献身的なまでの協力には、感謝の言葉しかなかったし、故に性質からなにから正反対のマユラ神と上手くやっていけるのか、不安があった。

「……しばらくの間だ。扱き使ってやってくれればいい」

「マユリん……」

「では、な……」

 マユリ神は慈しみに満ちた微笑みを浮かべて、目を閉じた。すると、上半身が光に包まれ、前後で入れ替わり、マユラ神が顔を上げた。美貌の少年神は、ミリュウの表情を見て、苦笑した。

「というわけだが、なにか不満がありそうな面構えよな?」

「まあ、いいわよ。しばらくはなにもないでしょうし」

「……ふむ。まあ、どうだろうな」

「なによ、マユラん」

 ミリュウは、マユラ神の思わせぶりな反応に口先を尖らせた。やはり、マユラ神とは馬が合わない気がしてくる。

「なんだ、その呼び名は」

「マユリんだから、マユラんでしょ」

「そうなのか……?」

「そうよ、そう決まっているの。これは決定事項よ」

「……強引な」

「ふふん」

「褒めてはいないが」

「ふっふーん」

「なんなのだ……この女」

 なにやらひとり困惑しているらしいマユラ神を黙殺して、ミリュウは、セツナに想いを馳せた。

 彼はいま、夢の中にいる。



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