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第二千六百十一話 白と黒(三)

「隕石は潰えた。三度もな」

 セツナは、黒き矛の切っ先で頭上を指し示した。上空には、限りない青空が広がっている。つい先程までナリアが召喚した超特大の隕石によって覆われていたはずの空が、だ。ナリアが眉根を寄せた。予期せぬ事態ではあるのだろうし、なにもかも上手く行っていないことに苛立ちや焦りを覚えていたとしても不思議ではない。事実、ナリアの様子には変化が生じている。

「つまりだ。何度やったって結果は同じってことだ。もう、諦めろ」

「諦めて……欲しいのでしょう?」

 ナリアが笑う様をセツナはただ見つめた。否定も肯定もしない。実際には、女神のいうとおりだ。もう二度と隕石落としなどされたくはなかった。つぎは、防ぐ手立てがないかもしれない。ニーウェハインは、いまので消耗し尽くしただろうし、別の戦力をあてがうほどの余裕がなさそうなのは、皇帝みずから飛び出したという事実からも明らかだ。

 外の戦況は、決して芳しくはないということだ。

 だからこそ、セツナがなんとしてでもナリアを撃滅し、戦いそのものを終わらせなければならない。敵戦力のほとんどすべては、ナリアを力の源とする神人たちであり、ナリアさえ滅ぼすことができれば、力の源を失い、ともに滅び去るのだ。つまり、ナリアを討ち滅ぼすことができれば、外の戦況がどれほど敵に傾いていたとしても、逆転勝利することが可能ということだ。

(それが困難なんだがな)

 胸中で、認める。

 ナリアは、強い。

 これまで戦ったどんな敵よりもだ。さすがは皇神の中でも特に力を持つ大いなる神と呼ばれるだけのことはあったし、数多の神々が対抗策として力を合わせるだけのことはある、というべきだろうが、感心している場合ではないだろう。斃さなければならないのだ。ナリアがどれほど強く、絶大な力を持っていようと、セツナが討ち滅ぼさなければならない。

 神を滅ぼすには、現状、魔王の杖こと黒き矛カオスブリンガーの力を叩きつけるしかないのだから。

 攻撃は、届く。

 通用する。

 痛撃となり得る。

 それは、わかった。

 ナリアは、両腕を粒子状に分解すると、速やかに再構築した。ランスオブデザイアの攻撃も、アックスオブアンビションの攻撃も、通るということだ。そして、黒き矛同様、神の力による再生を阻害する力があることもわかった。つまり、黒き矛の眷属ならば、神に致命的な一撃を与えることができるということだ。ただし、ナリアのように、切り口から再生するのではなく、部位そのものを分解して新たに構築し直せば、再生阻害能力を無力化することも可能なようだ。

 もっとも、それによってセツナの攻撃が無意味になったとは、思えない。

 なぜならば、ナリアは、明らかにそのまなざしに怒気を込めていたからだ。余裕と優雅さに満ちた態度は、消えて失せ、自分が負けるかもしれないという可能性を感じているのではないか。故に怒りがその表情の奥底に揺れているのではないだろうか。

「ふふ……残念ですが、有用とわかれば、止める必要はありません」

 ナリアは、しかし、その怒りや様々な感情を悠然とした表情の中に隠すと、両手で衣に触れた。衣の内側に広がる宇宙には数多の星が煌めいている。セツナは、翅で大気を叩いた。一瞬にして間合いを詰め、ナリアに斬りかかる。ナリアの姿が消える。全周囲からの殺気。無数の光弾が殺到してきている。翅で全身を包み込み、視線を巡らせる。光弾が炸裂する中、ナリアがこちらを見下ろしていた。

「が、あなたが降参するというのなら話は別ですよ、セツナ」

「俺が降参?」

「ええ。わたしのために世界を滅ぼすと約束なさい。そうすれば、星を落とすのを止めましょう」

「はっ」

 吐き捨て、翅を広げる。光弾による爆発が収まり、爆煙が視界を覆っていた。翅の障壁で守り抜くことができたのは、光弾の威力が弱かったからにほかならない。光弾の発生源というべき球が光輪から外れ、ナリアから離れたことで威力が落ちているのかもしれない。それはいいのだが、光弾が全周囲、あらゆる方向から飛んでくるのは頂けない。これでは、防戦一方になる。

「結局、だれも助からねえじゃねえか」

「あなたにとって必要不可欠なひとたちは、助けましょう」

 ナリアの微笑は、女神のそれだ。まるで窮地にいる者に救いの手を差し伸べるかのような、慈愛に満ちた表情。それがセツナの癪に障る。いっていることは、慈しみも愛もない。ただの自分勝手な暴言に過ぎない。だからセツナは、怒りを込めて矛を旋回させ、斧と槍、杖も振り回した。手当たり次第、球を破壊し、光弾の発生源を潰しながら、ナリアに迫る。

 ナリアはといえば、セツナとの間に幾重にも光の壁を形成しながら距離を取っていく。セツナは、ナリアに接近するため、それら光の壁を破壊しながら進まなければならなかった。光の壁は大きく、最短距離で接近するには、破壊するのが一番だったからだ。

「ファリア=アスラリア、ミリュウ=リヴァイア、レム、シーラ、ウルク、エスク=ソーマ、エリナ=カローヌ……ほかにも、いま、あなたが必要としているひとたちは、わたしが護ってあげますよ。そして、あなたがこの世界を滅ぼしたあと、わたしの在るべき世界へ招待すると致しましょう。そこで永遠に幸福な日々を送ればよいではありませんか」

 ナリアの声音は、甘く美しい。ともすれば聞き入り、受け入れてしまうのではないかという響きがあり、それが神の力であり、魔力なのだと彼は理解し、認識する。神威。神の威力。大いなる神の力が、ナリアの声に説得力を持たせ、セツナを誘惑するのだ。セツナの心を揺らし、震わせる。その震えが怒りとなってセツナを奮い立たせるのだが、それさえも、ナリアの思惑通りなのではないか。

 怒りが力を限りなく発揮させ、セツナの行動を加速させるのならば、消耗もまた、加速する。力尽きるのも、早くなる。それがナリアの狙いなのではないか。だが、そんな冷静な考えも、怒りの前に消し飛んでいく。

「あなたにとっての絶望は、愛するひとたちを失うこと。ならば、愛しいひとたちと無限に長く生き続けましょう。わたしとともに。わたしの世界で」

「……くだらない冗談をいうもんだ」

「冗談などではありませんよ。わたしは、本気です」

 数多の光の壁の向こう、ナリアが微笑んでいた。慈母のように。慈悲深い女神のように。それがセツナには虚像としか映らなかったのは、結局のところ、怒りに振り切れているからだろう。ナリアの自分本位かつ身勝手な言い分は、セツナの感情を逆撫でにするだけだ。

「だとしたら、笑えねえよ。笑えねえ!」

 ランスオブデザイアを前面に突き出し、そのまま突き進む。超高速で回転する穂先が、光の壁を容易く貫き、進路を切り開いていく。こと貫通力においてはランスオブデザイアの右に出るものはないのだ。そして、ランスオブデザイアの貫通力は、限りなく回転速度を上げていく螺旋状の穂先により、上がり続けていく。

「なにを怒っているのです」

 ナリアが困ったようにいってくる。

「だれであれ、自分とは無縁のものがどうなろうと知ったことではないでしょう?」

「ああ、そうだな。その通りだよ。だがな、だからといって、自分の手で世界を滅ぼそうなどとは想わねえよ!」

「また、あなたはそうやって自分のしでかしたことを忘れる」

「忘れちゃいねえっての!」

 最後の光の壁を貫いた瞬間、セツナは、空中で静止していたナリアに向かって黒き矛を叩きつけようとして、止めた。無意識の警告があったのだ。そして、瞬時に後ろに飛び退き、純白の触手が視界を両断する様を目の当たりにする。頭上からだ。

 触手を辿り、仰げば、それはいた。

 白と黒。

 セツナが最初に認識したのは、それだった。

 



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