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第二千六百十話 白と黒(二)

 ニーウェハインが異界化した右半身の力を解き放ったのだろうということは、遠目からでも想像がつく。というより、それ以外考えられなかった。超特大隕石を覆い隠すほどの黒き奔流。それを辿れば、彼の黒き異形の右半身へと至るのだ。異形化、いや、異界化した右半身にそれほどまでの力があるとは想像もしていなかったし、まさか、ニーウェハインがただのひとりで超特大隕石を抑えられるとは想ってもいなかったが、しかし、抑えられたのであれば、それでいい。だれであれ、どのような方法であれ、だ。

 超特大隕石が打ち砕かれ、統一帝国軍の将兵や大陸のひとびとの命が守られたのであれば、文句もない。

「あれは……」

「あれこそ、帝国の神様の在るべき姿だ」

 セツナは、ニーウェハインの痛ましい姿を見遣りながら、いった。超特大隕石に取り付いているのは、ニーウェハインただひとりだ。ファリアやミリュウが隕石破壊に参加していないのは、やむにやまれぬ事情があってのことに違いない。だからこそ、ニーウェハインが動いたというべきか。もし、ファリアたちが動ける状況ならば、ニーウェハインが率先して隕石に取り付く理由はない。彼は皇帝であり、統一帝国軍の総大将なのだ。帝国の神なのだ。

 命を賭けて戦うのは、将兵の役割であり、彼の役割ではない。

 だがそれでも、そうしなければならない状況に追い込まれれば、致し方がないこともある。それがいまだ。ほかに動けるものがおらず、いたとしても、隕石を破壊できるほどの力がないとなれば、その力を持ったものが動くのは必然。ニーウェハインにそれほどの力があるとは、想いも寄らないことではあったが。

「帝国の神……ですか」

「そうだろ。おまえがそうしたんだろう。そう、仕向けたんだろう?」

 ニーウェハインによる隕石の破壊が速やかに進む中、セツナは、ナリアを睨んだ。超特大隕石は、黒い洪水の如き奔流に包まれ、空を覆い隠している。蒼穹は見えず、闇がのさばっていた。だが、その闇こそ、この絶望的な状況を覆す力だということは、だれもが理解しているだろう。

 声が、聞こえる。

 皇帝ニーウェハインを讃える数多の声が、セツナの耳朶にも響くようだった。それが妙に嬉しい。彼が、この世界における自分だったからなのか。それとも、もっと別の理由からなのか。

「帝国臣民たるもの、皇帝を神として崇め奉るよう、信仰するように仕組んだんだろう。そして、その信仰の力を自分のものとした。それがおまえだ。違うか」

「違いませんよ。確かにその通りです。始皇帝ハインを神とし、以来歴代皇帝も神に列したのは、その信仰心を我が物とするため。それもこれも、いずれ来たる“約束の日”のため……でしたが」

「残念だったな。“約束の日”なんて来なかった」

「まったくです。まったく、残念です」

 ナリアは、己の右肩に触れると、肩から先を粒子状に分解した。そして、すぐさま新たな右肩、右腕を復元すると、手の先まで作り直して見せた。切断面から復元することは不可能でも、さらにその先ともいうべき部分からならば元通りに再生できるというのは、盲点だった。つまり、再生や復元を阻害するのは、黒き矛で斬りつけた部分だけであり、そこを取り除くことができれば、再生も復元も思い通りということだ。なんだか振り出しに戻ったような気がして、彼は苦い顔をした。

「ようやく、在るべき世界に還ることができると想っていたというのに。ようやく、聖皇との、あの娘との契約を終えることができると想っていたというのに……」

「同情はしねえよ」

「できるわけもないでしょう」

 ナリアが微笑を浮かべた。冷ややかな微笑み。明確な拒絶の意図。

「あなたがたは、刹那のときを生きる人間。悠久無限のときを流れ、ひとびとの営みを見守り続けるわたしたちの苦悩など、わかろうはずもない」

「わかりたくもないさ」

 告げ、黒き矛の切っ先を掲げると同時に牽制の“破壊光線”を放つ。ナリアが右に流れながら光輪を回した。光弾が嵐の如く殺到してくるのを闇の翅で受け止め、翅が破壊されていくのを認める。頭上では、超特大隕石の破壊作業が進行中だ。空を覆う闇が次第に小さくなっている。隕石が破壊され尽くすまで時間の問題だった。が、安心はできない。ナリアの宇宙を封じることができない限り、何度でも隕石を落としてくるかもしれない。そして、それが続けば、さすがにこちらが息切れするのは目に見えている。

(確かに……あまり良い状況とはいえないな)

 光弾の嵐によって破壊されていく闇の翅を認めながら、セツナは、後ろに飛んだ。ナリアの光弾は、その場に留まった翅の残滓ともいうべき鱗粉が生み出す黒き霧の壁に直撃し、セツナには届かない。自由落下中、すぐさま闇の翅を作りだし、障壁上に展開する。眼下から無数の水の槍が飛来し、周囲からは風の刃が迫ってきていた。ナリアが放置した武器の数々が自動的に攻撃してくるのだ。幸い、威力の上がった光弾よりも弱く、翅の盾で受けきれる程度のものではあるのだが、これでは、攻撃に回る暇がない。

 一方、ナリアは、こちらに向かって両腕を差し出すように掲げていた。背に負った光輪と光の帯が輝きを増し、その光が両腕の先に収斂していく。神々しくも目映い光が視界を白く塗り潰す。当然、セツナはその射線上から逃れるべく全力で上方へ飛んだ。だが、純白の光線は、ただセツナに向かって放たれただけではなかった。ナリアの前方広範囲に拡散照射された光線は、セツナの移動先をも射程に収めており、激痛がセツナを襲った。女神がその大いなる力をもって撃ち出した光線は、翅の防壁を容易く貫き、セツナの右肩、左脇腹、右足首を貫き、灼いたのだ。

「ぐあっ」

 セツナは苦悶の声を発し、ナリアが口の端を歪めるのを見届け、矛を旋回させた。つぎの瞬間、セツナの眼前にはナリアの背があり、瞬時に斬りつけている。光輪ごと、その華奢な背を割いたのだ。ナリアがこちらを振り向いたときには、もう遅い。女神はなにが起こったのかわからないような表情をしていた。そして、右腕を斬られたとき以上の苦痛を表情に刻み、セツナに向かって両腕を伸ばしてくる。もちろん、セツナは、そんなナリアの動きは見切っており、ランスオブデザイアで右手を貫き、アックスオブアンビションで左腕を切り飛ばして見せると、ロッドオブエンヴィーの“闇撫”でもってナリアの衣を強引に閉じ、さらに黒き矛で追撃を加えようとしたところで、彼は、後ろに飛んだ。

 光弾と光線が雨のように降り注ぎ、セツナのいなくなった空間を貫いていく。

 見れば、セツナが切り裂いたおかげで光輪から解き放たれたらしい球体が、無数に虚空を漂っていた。それらが半ば自動的にセツナを攻撃したのだろう。杖や槍といい、ナリアには、自動的に敵を攻撃する武器が多すぎるのではないか。だからこそ大いなる神なのかもしれないが、セツナには鬱陶しくてたまったものではない。

 とはいえ、ナリアに大打撃を負わせることには成功していたし、頭上は、いまや晴れ渡っていた。ニーウェハインによる超特大隕石の破壊が成功したのだ。どうやら跡形もなく破壊し尽くせたらしく、破片ひとつ降っていなかった。

 ニーウェハインの命がけの行いが、統一帝国軍将兵のみならず、南ザイオン大陸を滅亡から救ったといっていいだろう。

 あとは、セツナがナリアを斃すだけだ。

 ナリアは、背を切られ、左腕を失い、右手に傷を負っている。“闇撫”による宇宙の封印は失敗に終わったが、こちらの攻撃が通用することに確信を持った。黒き矛だけではない。槍でも斧でも、攻撃が届いた。黒き矛の眷属だからだろうが。

 こちらの負傷は、既に回復しつつある。致命傷ではなかったことがまさに幸運だった。なぜならば、そのとき流れた血が黒き矛による空間転移の触媒となったからだ。おかげでナリアの隙を衝くことができた。だが、この手はもう二度と通用しないだろう。

 つぎからは、ナリアはもっと慎重になるはずだ。こちらが同じ方法で空間転移したとして、対応してくるだろう。

 セツナを傷つけることなく拘束する術でも考えているのではないか

 沈黙し、こちらを見ているナリアからは、どのような策を練っているのか想像はできない。




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