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第二千六百九話 白と黒(一)

「ようやく……」

 セツナは、中空を舞うナリアの右腕を視界の端に捉えていた。人間の肉体を依り代としているにも関わらず、前腕の切断面から溢れるのは血液でも体液でもない。まばゆい光そのものの如き神威であり、その神威の輝かしさは、まるで女神ナリアこそが神聖にして絶対的な善なる存在であるとでもいっているかのようだった。無論、そんなことがあろうはずもない。彼は、黒き矛の切っ先から伝わってきた手応えを噛みしめるように告げる。

「ようやく、捉えたぜ」

 視界の中心、女神ナリアが表情を歪めるのを認める。ようやく、余裕に満ちた表情に変化が生じたということは、セツナがナリアを同じ次元に引きずり下ろすことができたということにほかならない。黒き矛による斬撃がナリアを捉え、その右腕を切り飛ばすことに成功したのだ。そしてそれがこれまで負傷しなかったナリアを驚かせるに至ったのだ。さらに苦痛に歪む表情は、黒き矛による攻撃がナリアに通用することを示している。いまのいままで、ナリアにあざやかにかわされ、あるいは受け流されていたのに、だ。

 ナリアが表情を消し、左手を翳してきた。手のひらが輝き、光輪が発光する。手のひらからは一条の破壊的な光芒が放出され、光輪からは無数の光弾が発散された。セツナは速やかに飛び退き、距離を取った。ナリアが苦笑する。

「捉えた? つまらない冗談をいうものですね。状況はなにも変わっていませんよ」

「通用するとわかったんだ。状況は変わったんだよ!」

「この程度で通用したなどと想わないことです」

 ナリアが切り裂かれた右腕を軽く掲げて見せた。復元しようというのだろう。

 確かに、状況は変わっていない。ナリアのいうとおりだ。頭上には相変わらず超特大の隕石があり、加速度的に地上に迫っている。すぐにでもなんとかしなければ地上に激突し、大陸は致命的な損害を被ることだろう。だが、セツナには現状、どうすることもできなかった。ナリアから意識を逸らすことはできず、先程と同じ手を使うこともできないのだ。

 もちろん、セツナは、ナリアが超特大の隕石を呼び寄せた直後、マスクオブディスペアの能力を使っている。新たに多数の闇人形たちを作りだし、隕石の元に派遣しようとしたのだ。先程と同じように、黒き矛ごと再現した闇人形たちの一斉攻撃によって、超特大隕石を粉々に破壊しようと試みている。だが、その試みは失敗に終わった。ナリアが強力な結界を構築していたからだ。

 ナリアは、先程の隕石落としの失敗を省みたのだろう。これまでにナリアが光輪から生み出し、手放した数々の武器を支点とする巨大かつ強力な結界は、闇人形たちの隕石への到達を阻み、闇人形による攻撃さえも通さなかった。破壊できなかったのだ。そのことがわかると、セツナはすぐさま思考を切り替えた。

 ナリアが隕石落としに注力するというのであれば、セツナとの戦いが多少なりとも疎かになると見たのだ。故にセツナはナリアとの戦闘にこそ注力するべきだと判断した。超特大の隕石は、マユリ神たちがなんとかしてくれるものと信じた。

 そうして、セツナは、複数の闇人形をナリアとの戦いに集中させた。セツナの意識とは無関係かつ自動的に戦闘行動を取る闇人形たちとの連携は、超特大隕石を落とすことに専心しているナリアの隙を突くことに成功し、右腕の切断へと至っている。闇人形たちは乱射された光弾に撃ち抜かれて消滅したが、それによってセツナが痛手を負うことはない。そもそも闇人形の耐久性は低い。

(あまり多用はできないが)

 消耗を考えれば、闇人形を主軸とした戦術を立てることはできない。隕石群の破壊や、超特大隕石の破壊のため、何百もの闇人形を作り出している。無駄な消耗とは想わないし、無意味ではなかったが、とはいえ、これから先の戦いでは使用を控えるべきだろう。

「……なるほど、これが魔王の杖の力……ですか」

 不意にナリアが姿を消した。右腕を復元させようとしていたはずだったのだが、それすらもせず、頭上に現れる。振り仰げば、超特大隕石を遙か後方に、女神ナリアの姿があった。神々しいと想ってしまうのは、やはり、相手が神だからなのだろう。

 神属とはよくいったものだ。

 神の属性。

 神聖にして大いなるもの。

 その姿を目の当たりにすれば、心を揺さぶられても仕方がない。

「どうした? 右腕、復元しないのか?」

「……幼稚な挑発など、わたしには効きませんよ」

「その割りには、怒ってるじゃねえか」

 セツナは、ナリアが涼しい顔をしながらもそのまなざしに怒気を含んでいることを示して、告げた。ナリアの光輪、そこに付属した無数の球の輝きが増す。球より放たれた光線が後光となってナリアを飾り、ナリアの肉体を包み込む衣に変化が起きる。さらに豪華に、さらに絢爛に、美々しく、華やかなものへと変化していく。だが、右腕は切断されたままだ。切断面からは神威の光が漏れ続けている。

(再生できないのか……?)

 疑問の残るところだが、見たところ、そうとしか考えられない。ナリアは、人間の体を依り代としているとはいえ、その肉体が負った傷を癒やしたり、再生したり、復元することくらい容易いはずだ。神なのだ。神人や神獣、使徒ですらできるようなことができないはずもない。そして、それならばわざわざ再生せず、放置しておく理由もない。つまり、再生しないのではなく、できない、と考えるべきなのだろう。だが、なぜ、再生できないのかはわからない。

(これが魔王の杖の力……か?)

 魔王の杖とは黒き矛カオスブリンガーの異称だが、その由来は、百万世界の魔王、その力の顕現だからだという。魔王は神に徒なすものであり、その力は、神属とは正しく対極をなすものなのだ。神を滅ぼすことのできる数少ない力であるともいう。

 つまり、魔王の杖こと黒き矛は、神属に対してなんらかの特別な力があるということではないか。

 それは、神の再生能力なり復元能力なりを封じるか、あるいは機能させなくなるものなのかもしれない。

(なるほど)

 セツナは、ナリアがさらに神々しく変わっていく様を見遣りながら、黒き矛を握り締めた。神が無限に近い力を持ち、無制限に再生と復元を繰り返す存在だったとしても、その再生・復元能力が機能不全に陥り、回復できなくなるというのなら、勝算は生まれる。

「怒っている? だれが、怒っているというのです?」

「おまえが、だよ。ナリア」

 セツナは、ナリアの声音に含まれた怒気に目を細めた。女神は、自分の感情を自覚していないらしい。未だ、余裕を持って振る舞っているとでも想っているのかもしれない。

「大いなる女神ナリア。おまえは、俺に敗れるのさ」

「この状況で、まだあなたは……」

「この状況?」

 セツナは苦笑せざるを得なかった。ナリアは、超特大隕石の落下が状況を好転させるものと想っているに違いない。実際問題、超特大隕石が地上に直撃し、その被害が大陸全土に及ぶようなことがあれば、セツナも冷静ではいられなくなるだろう。だからこそ、なんとしてでも隕石の落下を阻止しなければならず、そのためにも力を割いたのだ。が、いまやそんな心配も必要なかった。

「おまえこそ、なにも理解していないな」

「なにを……?」

 闇が溢れていた。

 光り輝く女神の遙か後方、地上に迫ろうという超特大隕石を黒い奔流が包み込んでいたのだ。それはさながら黒の洪水のようだった。闇の氾濫。

 その中心には、ニーウェハインの姿があった。

 


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