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第二千六百六話 星を落とすもの(八)

 ニーウェハインは、左手首に装着した腕輪型通信器を起動した。前方の戦場では過酷な戦闘が続いており、ニーウェハイン率いる部隊からも多数の死傷者が出ていた。超大型神人の攻撃は、一撃一撃の威力が凄まじく、掠っただけでも軽傷では済まない。良くて重傷、悪ければ即死というものであり、召喚武装の使い手でもなければ、迂闊に近寄ることもできなかった。いや、武装召喚師ですら、超大型神人との戦闘は手間取らざるを得ず、マウアウ神ですら、超大型神人を圧倒できないようだった。

 マウアウ神は海神であり、その本領を発揮するには、戦場の立地が悪すぎるというのもあるのかもしれないが。

 いずれにせよ、自軍が劣勢のまま、戦況は悪化の一途を辿っている。

 しかも、空の彼方より超巨大岩塊が降ってきているのだ。迎撃しようにも遠すぎる上、射程距離に捉えてからでは遅すぎるきらいがある。そのときには、岩塊の破壊作業に入っても、もはや手遅れなのではないか。そう想わせるほどの質量。破壊するには、とてつもない力がいるのは間違いない。

 神の力でも足りないというわけではあるまいが、現状、マユリ神が岩塊の破壊に出向くことはできまい。そんなことをすれば、岩塊を破壊したはいいが、統一帝国軍が壊滅寸前にまで追いやられているかもしれない。

「聞こえますか、マユリ様」

『なにか問題でもあったか?』

「空から岩塊が降ってきているのは、理解していますね?」

『当然だ。が、第一波、第二波のようにはいくまい』

「ええ。シーラ殿にも、セツナにも、これ以上の負担はかけたくない」

『かといって、わたしとマユラは動けない。全将兵への加護を解くことにもなる上、戦神盤の認識範囲も狭くなる。マウアウも本領を発揮できず、水上を離れることもできない。全将兵を護るために尽力するとはいっているが……」

(やはりそうか)

 ニーウェハインは、マユリ神の返答が思い通りだったこともあり、静かに納得した。マユリ神、マユラ神が動けないのは想定通りだったし、マウアウ神が本領を発揮できていないというのも、想像通りだ。もし動けるのであれば、とっくに動き、岩塊を破壊し尽くしているはずだ。

『……通信をしてきたということは、なにか案でもあるのか?』

「妙案ですよ。わたしを岩塊付近まで転送してください」

『おまえを?』

「陛下、なにを――」

「わたしは、皇帝なのだよ、大総督」

 皇帝には皇帝の責務があり、使命がある。

 生き残ることが、皇帝に与えられた使命ではない。代わりとなる、後継者候補がいる限りは、だが、いる以上、その命は帝国臣民のために捧げるべきだ。

 なにより、ニーウェハインには、時間がない。残された時間は、もはやわずかばかりだということがはっきりとわかっている。

 手に取るように。

 異形症。あるいは白化症と呼ばれる症状の悪化は、マユリ神の加護のおかげで遅くはなっているものの、完全に止まったわけでもなければ、回復しているわけでもなかった。悪化し続けている。徐々に、しかし確実に進行しているのだ。まるで真綿で首を絞めるように。ゆっくりと、穏やかに。

 その症状の行き着く先は、いま目の前で激闘を繰り広げる神の怪物であり、神の意のままに動く人形だ。神人とも呼ばれるそのような怪物になるくらいならば、いっそのこと、ここで命を燃やし尽くすのもありなのではないか。ふと、思い立つと、彼は、いても立ってもいられなくなった。

 自分が自分でいなくなるのが怖かった。

 自分の中の怪物が自分の意思とは無関係にセツナを襲い、殺そうとしたとき、彼は死んだほうがましだと想った。もはやその肉体は自分のものではなく、自分の意思が介在することはない。自分はそこにいて、自我があるのに、見ていることしかできなかったのだ。それほど恐ろしいことはなかったし、気が狂いそうだったことを覚えている。

 いまは抑えられていても、いずれ、そうなる。

 解決策がない以上、治療法がない以上は、そうならざるを得ない。

(だったら)

 と、彼は想う。

 お膳立てはした。

 後のことは、もうだいじょうぶだろう。

 たとえニーウェハイン以外のだれかが皇帝になったとしても、統一帝国はきっと上手く行くはずだ。ミズガリスが統一帝国の皇帝に選出されることはないだろうし、仮に彼が皇帝になったとしても、その途端ニーナを攻撃するようなことはあるまい。彼もまた、私利私欲で動くような人間ではなかった。皇帝になりたがったのも、皇帝としての責務と使命を果たすことに魅入られていただけに過ぎない。

 そういう意味では、ザイオン皇家の人間というのは、だれしも呪われているのかもしれない。

 皇帝の、帝国の神の血縁という宿命に。

 そして、そんな呪いを受けたものたちならば、だれが皇帝になったとしても上手くやってくれるだろう。なにもセツナに自分の役割を押しつける必要はない。自分の代わりを務めてもらう必要はない。それこそ、彼に恩を仇で返すことになるだろう。これほどまでの大恩を受けているというのにだ。そしてむしろ、皇家の人間ではないセツナには、皇帝の役割を果たせというのは、どだい無理な話だったのではないか。と、いまさらのように想い、彼は苦笑した。

「陛下?」

 ニーナが尋ねてきたのは、ニーウェハインの苦笑いが唐突だったからだ。

「いや、なんでもない。こちらのことだ」

『転送ならばいつでもできる。だが、おまえにできるのか? あれは……とてつもなく巨大だぞ』

「わたしがやらなければならないのです。わたしに任せてください、マユリ様」

『……よかろう。おまえにすべてを託す。おまえをできる限り支援しよう』

「ありがとうございます、マユリ様」

 ニーウェハインは、マユリ神が納得した上で最大限の助力をしてくれることに心から感謝した。これはいわば賭けだ。しかも、ニーウェハインの個人的な感情からくる賭けであり、必ずしも勝算のあるものではない。が、可能性がないわけではなかったし、彼は、失敗することは考えてはいなかった。むしろ、成功しか考えてはいない。ただ、その場合でも生き残れるとは想ってもいないのだ。

「……陛下、本気なのですね」

「ああ。本気だ。わたしがあれを破壊する。そして、帝国臣民にセツナの仲間も、全員、わたしが護ってみせる」

 それが皇帝たるものの務めである、と、彼は暗にいい、周囲の視線に応えた。彼を見守るのは、ニーナだけではない。ここまで彼に付き従い、戦場各地を転戦してきた親衛隊や近衛騎士団の精鋭たちのうち、生き残ったわずかばかり。それに周囲の統一帝国軍将兵たち。だれもが皇帝を神の如く崇め、敬い、讃えることを忘れない、そんな表情をしている。

 以前にも増して、だ。

 それがどういうことなのか、彼は知っている。

 ニーウェハインがその醜悪かつ忌まわしい異形の右半身を曝しながらも、この地獄のような戦場の各地を転戦し、窮地に陥った部隊を救援して回ったことが大きく影響しているのだ。これまで、ニーウェハインに対して皇帝だからという理由だけで従っていたものたちも、彼が率先して激戦地を飛び回ることを知り、考え方を変えてくれたのだろう。それもこれも、ニーウェハインが先帝シウェルハインの教えに従ったからにほかならない。

 皇帝たるもの、帝国臣民のために生き、帝国臣民のために死ね。

 それが、いま、彼を突き動かすすべてであり、それ以上でもそれ以下でもなかった。

「わたしは統一ザイオン帝国皇帝ニーウェハイン・レイグナス=ザイオンなのだからな」

 ニーウェハインは、ニーナの目を見つめると、力強く告げた。


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