第二千六百三話 星を落とすもの(五)
「なにが起こるのかがわかってりゃあ、対処しておくことそのものは難しくない」
セツナは、ナリアを見つめながら、一方で遙か上空の状況を把握しながら告げた。頭上、蒼穹を埋め尽くすほどの隕石群が降り注いできている。隕石群の第一陣が巨大化したシーラによって一掃されたことを受け、第二陣は、さらに数を増やし、広範囲に落下するようにしたようだった。第一陣の隕石群だけでも南大陸は壊滅的な被害を受けるはずだったが、それ以上となれば、当然、それ以上の被害が出るのは間違いない。もしかすると、南大陸のみならず、周辺の島々にも悪影響を及ぼす可能性もあっただろう。
だが、セツナは、ナリアの内包する宇宙に第二陣の隕石群を目にしたときには、対策を考慮し、そのために動いていた。第一陣は、白毛九尾の巨大化によって難なく撃滅できたが、第二陣は、そうはいかないだろう。なぜならば、シーラは、隕石群を破壊後、すぐに元の大きさに戻ってしまった。それが意味するところは、超巨大化がなにがしかの加護、支援を受けてのものか、シーラの最大限の力を発揮してのものだということだ。そしてそれは、そう簡単に連発できる類のものではないはずだ。消耗が激しく、負担が大きければ、そうなる。
ほかの仲間たちが全力を用いてどうにかできるか、といえば、できそうではあった。なにせ、海神マウアウがどういうわけか参戦し、協力してくれているというのだ。マウアウ神やマユリ神らが力を合わせ、そこにファリアたちの全力を併せれば、第二陣の隕石群を吹き飛ばすことも不可能ではあるまい。ただし、それができるかどうかはまた別の話だ。
ナリアが、第一陣と同じ過ちを冒すとは考えにくい。
つまり、ファリアたちが隕石群の迎撃に全力を注ぐことのできないよう、なんらかの手を打っていると考えるべきであり、そのため、ファリアたちが隕石群を対処できない可能性を考慮して、セツナは行動しなければならなかった。
そして、それはできた。
「魔王の杖の護持者ならば」
セツナは、ナリアが無表情のまま、嵐の杖を空中に放り捨て、水の槍を眼下に投げ捨てるのを見ていた。杖は空中で固定され、槍は水上に突き立つ。不要となって投げ捨てたのではなく、手に持っておく必要がないから戦場に配置したのだ。さらに光輪が輝き、光が女神の両手に集まり、巨大な弓を形成していく。全体的に透き通った弓は、大きく曲線を描いている。
セツナもただナリアの行動を見守っていたわけではない。ナリアがつぎの行動に移ったのは、セツナが隕石群の第二陣を瞬く間に破壊し尽くしたからこそだった。セツナがどうやって隕石群を破壊し尽くしたのかといえば、簡単な話だ。
完全武装状態のセツナには、カオスブリンガーとその眷属すべての力を引き出すことができる。マスクオブディスペアの能力によって数多の分身を作り出し、それらを上空に派遣、“破壊光線”の一斉射撃によってすべての隕石を破壊して見せたのだ。粉微塵になるまで“破壊光線”を乱射したこともあり、消耗は大きかったが、それによって第二陣の隕石群が地上に落下することもなければ、ファリアたち地上部隊が上空に気を取られず、戦闘に専念することができるのだから、なんの問題もない。
負担は、大きい。消耗も激しく、その反動をいま、受けている。
空中に配置された杖が唸り、大気を掻き混ぜれば、水上の槍が輝き、水浸しになった移動城塞に洪水を巻き起こす。風が乱れ、水も乱れる。その勢いは次第に増しており、やがてセツナは、巻き込まれないように踏ん張らなければならなくなった。ナリアが弓を掲げた。透き通った巨大な弓。矢もまた、透き通っている。狙いは、無論、セツナに定められていた。
矢は、弓より放たれた瞬間、風景に同化した。元々透き通っていたのだから、想定外でもない。それに矢は基本的には直線を描いて飛翔するものだ。放たれた瞬間には高速移動しているセツナには当たらない。当たらないが、ナリアは、そんなことお構いなしとでもいわんばかりに、続けざまに矢を放つ。あらぬ方向に向かって放たれる多数の矢には、さすがのセツナも疑問を浮かべた。ナリアの思惑はわからない。矢でセツナを射貫くことが目的ではないのは間違いない。
「なんのつもりだ? 隕石落としを防がれて、自棄になったか?」
「安い挑発ですね」
「おまえにいわれたくねえよ」
「ふふふ……なにも焦ることはありません」
ナリアは、余裕を取り戻したように微笑むと、さらに矢を放った。矢は、セツナのいる方向に向かって放たれているものの、セツナが容易くかわすものだから、なんの意味もなさそうに思える。矢を放つことそのものが目的かのようだった。いや、実際、その通りなのかもしれない。ふと、セツナは、嫌な予感に周囲を見回した。
「時間はたっぷりあるのですから」
「……そういうことかよ」
周囲を見回せば、ナリアに放たれた透明な矢が空中に留まっており、その矢から別の矢に向かってなにがしかの力が発振されていることがわかる。矢と矢が結ぶ線と線は、セツナの全周囲を覆うように張り巡らされている。やがて線と線の間に障壁が構築され、セツナを取り囲む結界が完成した。セツナを結界に閉じ込め、戦いから隔絶することが目的だったのであれば、先程の無意味に思えた射撃にも意味があったということだ。ナリアがほくそ笑んでいるのもそのためだろう。
だが、当然のことながら、セツナも黙って閉じ込められているつもりもない。矛を闇の手に渡し、ランスオブデザイアに持ち替える。因縁深い漆黒の槍、その螺旋を描く巨大な穂先が、さながら掘削機のように回転を始めた。
虚空を蹴るようにして、前方へ飛ぶ。透明な結界の障壁に向かって、超高速で回転する槍を叩きつければ、凄まじい反動と金切音が響いた。なにもないように見えなくもない虚空に火花が散る。
ナリアは、弓を捨て、内包する宇宙から三度隕石を呼び寄せようとしていた。今度は、ひとつの巨大な隕石のようだった。これまでのどの隕石よりも巨大なそれは、セツナがランスオブデザイアが誇る貫通力によって結界を突破した瞬間、ナリアの宇宙より召喚され、大気圏を赤く染めていた。
「何度も同じ手を!」
「そしてあなたは絶望する。それでいいではありませんか」
「よくねえ!」
セツナは叫び、ナリアに躍りかかった。
ナリアは、笑っている。
巨大隕石が直撃し、多大な被害が出れば、それだけでセツナを追い詰めることができると知っているからだ。とことん追い詰め、心を折り、絶望させる。それがナリアの目的であり、そのためならばどのような犠牲を払おうと、どのような被害が出ようと構わない。なぜならば、ナリアにとってこの世界など、自分とは無縁の異世界にほかならないからだ。
自分とは無縁の存在がどうなろうと知ったことではないのだ。
それは人間にもままあることだし、否定するようなことでもないのだが。
ナリアのやり方は、否定しなければならない。
声が、聞こえる。
「陛下、お逃げください!」
だれかが、叫んでいる。
「陛下、危険です!」
いつも、だれかに呼ばれている。
「陛下だけでも落ち延びられれば、帝国の再興は不可能ではないのだ!」
「皆、陛下を! 陛下をお守りせよ!」
「陛下!」
彼は、はっと顔を上げた。前方、敵戦力が迫りつつある。超巨大化した神人の群れだ。ただでさえ人間とは比べものにならないくらい巨大だったものが、何体も融合し、さらに巨大化したものだから、その迫力や威圧感は凄まじいものであり、また、戦闘力もそれまでとは比較にならなくなっていた。
戦場が蹂躙されている。
瓦解が始まろうとしている。