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第二千六百二話 星を落とすもの(四)

「さすがね、シーラ」

 ファリアは、天を衝くほどに巨大化し、瞬く間にすべての岩塊を破壊し尽くした白毛九尾の活躍ぶりに賞賛するほかなかった。白毛九尾は既に元の大きさに戻っている。それでも人間に比べれば遙かに大きく、神人も大型のものでなければ踏みつぶせてしまうほどなのだから、凄まじい。

「本当、シーラ様々、ハートオブビースト様々って感じね。いつもいつもさ」

「あら、嫉妬でございますか?」

「そんなわけないでしょ! あたしにはあたしの! 役割があるの!」

 ミリュウは憤慨すると、ラヴァーソウルを振り回して神人の群れを薙ぎ払いまくった。刃片を磁力で結ぶことで刀身を長大化し、鞭のようにしならせることで広範囲を攻撃するという、ラヴァーソウルにおいては単純な使い方だ。負担も少なく、消耗を抑えられるのだろう。ミリュウは、分霊との戦いで消耗しすぎており、戦いが消極的になっていた。

 一方、レムは、むしろ積極的に戦場を舞っている。五体の“死神”は、普段の武器ではなく、それぞれ異なる召喚武装を手にしていた。召喚武装を手にしたことで“死神”たちは、以前にも増して凶悪になっていた。

「その通りでございます、ミリュウ様。だれしも、自分の役割というものがございます。わたくしにはわたくしの、シーラ様にはシーラ様の、ミリュウ様にはミリュウ様の」

「うんうん。あたしにはセツナと結婚して、子だくさんの家庭を築くという重要な――」

 ミリュウがなにやら顔を赤らめて宣言するのを聞き流しながら、ファリアは白毛九尾を見上げた。純白の体毛に覆われた九尾の狐は、岩石群を破壊したことで大いに消耗しているように見える。

「シーラ、だいじょうぶ?」

「ああ?」

 九尾の狐が、その長く美しい九つの尾を振り回し、前方を攻撃する。いや、攻撃というよりは、蹂躙というほうが正しいだろう。様々な力を秘めた九つの尾は、軽く地上を撫でるようにするだけで、神人の群れを薙ぎ倒し、あるいは切り裂き、あるいは粉砕した。もちろん、それだけで神人が滅び去るわけではないが、露出した“核”には、統一帝国の将兵が殺到し、つぎつぎと撃破するものだから、シーラとしては止めを刺す必要がなかったのだ。

「……なんの問題もねえ。いまのは、俺とハートオブビーストだけの力じゃあねえからな」

「そうなんだ?」

「マユラ様のおかげなんだよ」

 ファリアは、シーラが上げた想わぬ名に驚いた。

「マユラ様がさ、大陸中に満ちた血を集めてくれたんだよ。血の力をな」

 ハートオブビーストは、血を触媒とし、能力を発動するというめずらしい召喚武装だ。召喚武装は、様々な能力を持ち、中にはハートオブビーストのように条件のあるものもないではないが、多くの場合、その能力発動の代償に求められるものは使用者の精神力であり、故に精神力の鍛錬もまた、武装召喚師には必須とされた。ハートオブビーストの能力発動に精神力が不要かといえば、そうではないだろうが、他者の血を利用するだけ負担は少ないのかもしれない。だからこそ、シーラはいまも白毛九尾を維持し、最大戦力としてこの戦場に君臨しているのだ。

「大陸中の絶望を集める、と、いってさ」

「大陸中の絶望……」

 反芻するようにつぶやきつつ、オーロラストームを構える。戦闘は継続中だ。ファリアも戦わなければならない。

 ちなみに、ファリアは、閃刀・昴、天流衣を送還していた。オーロラストームを含めた三種同時併用は、それだけでも負担が激しく、長時間の運用はファリアの精神力が持たない。オーロラストームひとつでさえ、完璧な状態とは言い切れなかった。それくらい、分霊との戦いは厳しかったということだ。無論、それはシーラとて同じだが、先述の通り、シーラの消耗はファリアよりも随分と抑えられているのだろう。

「そ。それが血だったってわけさ。この南ザイオン大陸に満ちた血が、ハートオブビーストの力を最大限に引き出したってこと」

「なるほどねえ」

 エスクは、神妙な顔でうなずきつつ、ソードケインを振り回していた。ホーリーシンボルの光輪を背負った彼は、“剣魔”というよりは天使といったほうが近いような気がしないでもない。光の輪は、悪魔的ではなかった。とはいえ、その剣技の冴えは素晴らしいものであり、多数の神人を一閃でもって切り伏せる様は圧巻というほかない。

「マユラ様は?」

「マユリ様の元に戻るっていってたな」

「なんでまた」

「そこまでは知らねえよ」

 シーラが投げやりに返すと、ミリュウが白毛九尾の後ろ足に飛びかからんばかりに食いついた。

「なんで知らないのよ!」

「なんで怒られなきゃなんねえんだよ!」

「マユラんだって貴重な戦力なんだから、戻られたら困るでしょ! 引き留めなさいよ!」

「だからなんで俺が怒られなきゃなんねえんだ!?」

 人間よりも何倍、何十倍も巨大な獣とミリュウの口喧嘩は殺伐とした戦場の空気にそぐわないものではあったし、どこか浮き世離れしているような雰囲気があった。その間、シーラもミリュウも戦いの手を止めているわけではない。九つの尾が縦横無尽に動けば、ラヴァーソウルの刃片が矢のように飛び、“核”を精確に貫いていく。

「マユラ様にはマユラ様の考えがあるんでしょう。マユリ様の元に戻るほうがなにかしら良いことがあるとか」

「良いことってなによ!」

「知らないわよ」

「憶測だけで物言うのは止めなさいよ!」

「あなたにだけはいわれたくないわよ」

「どういうこと!? ねえそれってどういうことよ!?」

 ついには攻撃の手を止め、ファリアに突っかかってきたミリュウだったが、実際にはラヴァーソウルの刃片によって擬似魔法の術式を構築している途中らしく、よくもまあそんな器用な真似ができるものだと、ファリアはひたすらに感心する想いだった。ミリュウの武装召喚師としての実力は頭抜けている。

「ミリュウ様、本当に疲れ切っておられるのでしょうか?」

「不明です」

「さてねえ」

 レムが疑問を口にすると、ウルクが小首を傾げ、エスクが苦笑を浮かべた。と、思いきや、そのエスクが驚きのあまり、声を裏返らせた。

「っておい、あれ!?」

 エスクが指し示したのは、空の彼方だ。どこまでも広がる蒼穹の遙か向こう側より、無数の火球がこちらに向かってくるのが見えていた。さっきと同じだ。赤々と燃え上がる岩塊群。実際には火球ではないことが地上に近づくことでわかるのだが、どういう原理かは不明だ。そしてそれがなんなのかも。なにものかによる攻撃だろうが、その攻撃の主はいまのところ不明だ。おそらくはナリアなのだろうが。

「嘘……」

「またかよ!」

「シーラ、行けそう?」

「やれるだけのことはやるけどよお……!」

 シーラが悲痛な声を上げながら、白毛九尾が空を睨むように上体を起こす。

「さっきより数が多いぞ!」

 シーラのいうとおりだ。赤熱した岩塊は、さっきよりも数倍以上の数であり、シーラが先程と同じ状態だったとしても苦戦を強いられるのではないかと思えるほどだ。

「一度全部壊されたものね、数を増やしたんでしょう」

「なんでそんなに冷静なのよ! 窮地よ!?」

「窮地だからって焦ったってどうしようもないでしょ。落下速度もさっきより段違いね。こちらが対策を取る前に落とすつもりなんでしょう」

「ついでにいうと、こちらが全力を空に向けている余裕はなさそうだぜ」

「どういうこと?」

「奴ら、俺たちを地上に釘付けにするつもりだ」

 エスクに促され、前方に視線を戻せば、地上の様相が一変していた。地に満ちていた神人や神獣の数がごっそりと減っていたのだ。もちろん、こちらが殲滅したわけではないし、消滅したわけでもない。ただでさえ巨大な神人がさらに巨大化し、白毛九尾にも負けず劣らずの巨躯を誇る化け物へと変貌していた。それも一体や二体ではない。何十、何百という超巨大神人が戦場の各地に出現しており、その圧倒的な力は、それまで優勢を誇ろうとしていた統一帝国軍を一蹴するほどのようだった。

「なにあれ……」

「融合したようでございますが」

「融合……」

「はっ、冗談じゃねえ……!」

 シーラが叫び、地を蹴った。白毛九尾の巨体が全力で跳躍したのだ。大地が揺れ、粉塵が舞った。太陽に向かっての跳躍。しかし、その巨躯に超大型神人の腕が巻き付き、白毛九尾を大地に叩きつける。白毛九尾の尾が超大型神人の胴に風穴を開けるが、周囲には数え切れないほどの超大型神人が殺到しており、それらがシーラの動きを封じようとしていた。ミリュウの擬似魔法が発動し、超大型神人を吹き飛ばすも、それだけではなにも変わらない。

 だれもがシーラの救援や岩石群への対応に追われる中、ファリアは、思案していた。

(状況は絶望的……どうすれば……)

 オーロラストームの全力をもってしても、空から降り注ぐ岩塊群を吹き飛ばせるのか、どうか。先程は、白毛九尾化したシーラがマユラ神の加護を得たことで容易く粉砕できたのだ。ファリアとオーロラストームの力だけでは、岩塊群が地上に直撃するより早く打ち落とせるとは考えにくい。とはいえ、考えている時間的猶予はもはや残されておらず、ファリアは、クリスタルビットを背後に展開し、オーロラストームを頭上に掲げた。

 遙か蒼穹の彼方、岩塊群が空を埋め尽くす。

 そして、黒い翅が舞った。

「あれは……!」

 ファリアは思わず叫んだ。

 空を覆う漆黒の翅を生やした悪魔のようなものたち。

 それらは、黒き矛を掲げ、岩塊群に向けて光の奔流を撃ち放った。

 空が白く塗り潰される中、セツナの分身たちだけがそこにあった。



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