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第二千六百話 星を落とすもの(二)

 ひとにはひとの役割があり、役目がある。

 なにもかもひとりでできるものではないし、背負い込むべきではない。ひとはひとりでは生きてはいけない。周囲の助けがあって初めて、人間らしく生きていけるのであり、他人との関わりの中にこそ、自分は存在する。そんな当たり前のことを考えるのは、これまでなにもかもすべてを自分ひとりで背負い込もうとしていた哀れで愚かな己への反省であり、そんな自分を支えてくれた仲間たちへの謝罪と感謝からだ。

「俺はひとりじゃないからな」

 矛を握り、意識を集中する。

 ナリアが面白くもなさそうに二叉の槍を構えた。穂先に収束した電光が弾丸となって撃ち出され、つぎの瞬間にはセツナに肉薄している。セツナは、それを黒き矛の一閃で切り裂くと、爆風を背に受けるようにして、飛んだ。ナリアに殺到し、続けざまの光弾を断ち切り、その爆風をも利用する。ナリアが槍を振り上げた。セツナの矛による攻撃に対応するためだ。つまり、光弾は撃てなくなった。その上黒き矛の斬撃は、二叉槍をあっさり切り裂き、ナリアを驚かせるに至る。が、女神は笑う。真っ二つに裂かれた槍が光を帯びた。セツナは咄嗟の判断で左後方に飛び退くと、前面に翅を展開した。槍が爆発し、衝撃波がセツナを襲う。幸い、防御は間に合っている。

 爆風が消え去れば、ナリアは上空に在った。隕石群を後方にこちらを見下ろし、悠然と告げてくる。

「わたしに構っていても、よろしいのですか?」

「ああ、構わないさ」

 告げれば、ナリアが表情を消す。ナリアにもわかっているのだろう。戦場に大きな動きがあるということを察知しているのだ。

 戦場。

 大帝国軍と統一帝国軍の戦闘は、当初から大帝国軍優勢で推移していたことだろう。兵力差もあれば、戦力差も著しく、統一帝国軍は、女神の加護や召喚武装の支援を受けてようやく食らいつけるくらいになっていた。食らいつけても、物量差ばかりはいかんともしがたい。ニーウェハインらの活躍によって局地的には勝てても、大局的に見れば押されていたことだろう。だが、その状況が大きく変わっていた。

 八極大光陣攻略班の生存者のうち、戦えるものが全員、戦場に投入されたからだろう。

 攻略班はほぼ全員が武装召喚師ということもあり、それらが戦線に投入されることで戦況が一変することはありえない話ではない。中でも白毛九尾状態のシーラの存在や、マユラ神の存在は際立っているに違いなかった。白毛九尾シーラやマユラ神ならば神人神獣如きに後れを取るわけもなく、一方的な蹂躙さえ可能なはずだ。大帝国軍の勝利は、その瞬間、なくなったといっていい。なにも、シーラとマユラ神だけではないのだ。ほかにも数多くの武装召喚師が戦線に投入されている。

 戦況は、一変した。

 なんの心配もいらない。

 隕石群だってそうだ。

 皆がいる。

 不安はない。

 信じているのだから。

「俺はおまえを斃すことに集中していればいい」

「ふふふ……あなたは、まだわたしを斃せると想っているのですか」

「そりゃそうだろ。俺がおまえを斃さなきゃ、なにも変わらねえんだよ」

「あなたが世界を滅ぼせばいい。そうすれば、変わりますよ。なにもかも」

「笑えねえな」

「冗談ではありませんからね」

 ナリアはいって、光輪の光を手の先に収斂させた。光の中から現れたのは、三叉の槍だ。二叉と三叉。その違いは、一目でわかった。二叉の槍が電光を帯びていたように、三叉の槍は、水気を帯びている。ナリアが三叉の槍を真横に振るえば、切っ先から溢れた水滴が膨大化し、大津波となってセツナに押し寄せてきた。移動城塞の瓦礫や残骸を飲み込み、押し流しながら迫り来る津波に対し、セツナはといえば、頭上に向かって飛翔することで対処した。

 高波も高波だが、空を飛べるセツナには地を這う攻撃など通用しない。と、思いきや水浸しとなった地上から無数の殺気を感じ、彼は空中で旋回した。水面に飛沫が上がると、槍のように研ぎ澄まされた水の塊が上空に飛来してくる。それらはセツナを狙った攻撃であり、津波は、この攻撃のための準備段階だったことがわかる。間断なく飛来してくる水の槍を避けながら、ナリアを見遣る。ナリアは、右手に三叉の槍を持っているだけでなく、左手には羽根飾りの杖を手にしていた。

(水と……なんだ?)

 ナリアの多様な攻撃法法はどうやら分霊の司る性質に近いものだということは、わかっている。ファリアが雷撃の嵐の中にいたように、レムが水中に投げ出されたように、八柱の分霊は、それぞれ異なる八つの性質を司っていた。分霊の元たるナリアがそれらの性質に寄った力を使えるのは、当然といえば当然なのだろうが。

 二叉の槍が電光、つまり雷を司っていた。三叉の槍は見ての通り水だ。では、羽根飾りの杖は、なんなのか。羽根飾りが性質を示しているので在れば、風かなにかだろうか。見た目とかけ離れた性質である可能性も、当然、ある。

 不意に、巨大な気配を察知して、セツナは水槍をかわしながら後方を振り返った。見ると、いままでにないくらいに巨大化した白毛九尾の威容を目の当たりにして、絶句する。ザルワーン島で目撃したとき以上の巨大さは、さらに、急激な速度で成長しているように見えた。ただひたすらに美しい毛並みをした巨獣。空を、隕石群を睨み据え、九つの尾を逆立たせている。そして、見ている間に巨大化が止まると、その大きさは、戦場そのものを覆い尽くすくらいのものとなった。圧巻というほかなかったし、さすがのナリアも、白毛九尾の巨大さには言葉を失ったようだった。

「は……はは……」

 セツナは、なんだか心配したことが馬鹿馬鹿しくなって、ただ笑った。そして、そんなセツナの想いを包み込むように、白毛九尾が動く。雄大な九つの尾が大空を白く塗り潰し、隕石群を尽く粉砕していく。意図も容易く、とは、まさにこのことだろう。いや、無論、シーラがあれほどまでに白毛九尾状態を巨大化させるのは、簡単なことではないだろうし、血を触媒とする以上、戦場に多大な血が流れたことの現れではあるのだが、しかし、それにしたってあっさりと破壊して見せたものだから、開いた口がふさがらない。

 一撃の下に粉砕し、ばらばらになった隕石群を、さらに細かく、無数の粒子に還るまで破壊し続けた後、白毛九尾は、その巨躯を急激に小さくしていった。やはり、あれだけの大きさとなると、維持し続けるのは困難なのだろう。とはいえ、通常の大きさでも戦場を蹂躙するには十分過ぎるくらいなのだから、元に戻ったところでなんの問題もない。むしろ、隕石群をあっという間に消し去ったことで、全軍の士気はいや増し、戦意は限りなく昂揚したはずだ。

 もちろん、シーラひとりの力ではないが、彼女の活躍は、凄まじいとしかいいようがあるまい。

「絶望も、潰えたな」

 セツナが告げれば、ナリアは、無表情のまま、羽根飾りの杖を振るった。余裕の態度を崩さず、たとえ崩してもすぐさま余裕を取り戻して見せた大神が、なにも言い返してこなかったところを見ると、さすがに隕石群がああも容易く破壊されるとは想像もできなかったのだろう。だから、瞬時に攻撃してきた。そして、セツナを中心として突如として巻き起こった竜巻が、全身をずたずたに切り裂いていく。痛みが全身を走るが、彼は、無視した。

 この程度の痛み、なんということもない。

 



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