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第二千五百九十九話 星を落とすもの(一)

 蒼穹の彼方、大気圏に灼かれているのか、紅く燃えながらゆっくりと落ちてくる隕石群を視界に捉え、セツナは、驚愕と焦燥を覚えた。ナリアの衣、その内側に揺らめく宇宙から飛来したそれは、ナリアの衣から直接飛び出してくるのではなく、このイルス・ヴァレの宇宙から降ってきたのだ。その事実を認識したとき、血の気が引くほどの驚きを覚えたのは当然だ。セツナへの攻撃ならばいくらでも対処できるが、空から降り注ぐ数多の隕石は、セツナではなく、この広大な南ザイオン大陸を破壊するためのものだということが瞬時にわかった。

 ナリアがセツナを嘲笑ったのも、そのためだろう。

 セツナは、ナリアを睨み、飛びかかった。

「おまえは!」

「元よりこの世界を滅ぼすことがわたしの悲願を叶える唯一の方法なのですから、大陸のひとつやふたつ、消し滅ぼしてもなんの問題はありませんね」

 セツナの突きつけた矛先は空を切る。空間転移したナリアは、地上に現れ、光輪から無数の光線を発射する。曲線を描く光線の嵐がセツナに殺到するが、ロッドオブエンヴィーの“闇撫”によって打ち消し、その瞬間、ナリアの姿が掻き消えるのを認め、飛ぶ。光弾がセツナの視界を横切り、城塞下部に直撃した。大爆発が起きる。

「少し残念なのは、わたしが愛し、わたしが力を貸して作り上げたザイオン帝国、その歴史に幕を閉じなければならないということですが……それも世界に滅びをもたらすのであれば、同じこと」

 ナリアはひどく哀しそうにいったが、そういった台詞も言葉も空疎に響く。なぜならばナリアは、この大陸を滅ぼすことに一切の躊躇がないからだ。空から降り注ぐ隕石群。それらがこのまま大陸に降り注げば、大陸は間違いなく壊滅的な被害を受けるだろう。多くの命が失われる。人間だけではない。この大陸に生きとし生けるもの、そのほとんどすべてが死に絶える。その最悪の事態を防ぐためには、隕石群が直撃する前に破壊するしかない。完全武装状態のセツナならば、その程度造作もないはずだ。大陸を破壊しうる質量とはいえ、たかが巨大な石の群れだ。ナリアに致命傷を与えるよりもずっと容易い。が、その容易さも、ナリアがいなければ、の話なのだ。

 ナリアがいる限り、セツナは、隕石群を攻撃することができない。だから、ナリアは笑う。セツナが為す術もなく大陸が破滅に飲まれる様を見届けるほかないということは、セツナの精神に、心に多大な痛みを与えることになるからだ。それは、絶望に近い。止められるはずなのに、止められないという事実は、どんな理由があれ、凄まじい苦痛を伴うものだ。いまでさえ、絶望的なものを感じている。

 空は、迫っている。

 数多の隕石が赤々と燃え上がり、いまにも大気圏を突き破ってきそうだった。叫ぶ。

「なんてことをしやがる!」

 そして隕石群に向かって最大出力の“破壊光線”を撃ち放てば、射線上に割り込んだナリアがその内在する宇宙に破壊の光を吸い込み、艶然と笑ってみせるのだ。隕石群へは攻撃させない、隕石群が大陸を破壊する様を見届けよ、とでもいうように。いや、実際、そう考えているに違いない。

「あなたは、いまのいままで自分がしてきたことを棚上げにするつもりですか」

「なんだと」

「自分の目的のためならば、自分たちの勝利のためならば、未来のためならば、あらゆる犠牲を厭わない。それがあなたであり、あなたたち人間でしょう。そうやって勝利を積み上げ、歴史を紡いできた。記憶を。わたしが目的のため、この世界を滅ぼすこととなにが違いますか」

「……そうだな。違わねえさ」

 否定は、しない。

 目的のため、使命を果たすため、任務を遂行するため、様々な理由を掲げ、大義を掲げ、正義を掲げ、そのために数多の命を奪ってきたのが、セツナだ。だれより多くの敵を殺し、だれより多くの命を奪ってきた。人間も皇魔も、数え消えれないくらいに殺した。それは事実だ。

 ナリアがやろうとしていることは、その規模を遙かに大きくしただけのことといえなくもない。が。

「だからといって、おまえを認められるかといったら、そんなわけねえだろ!」

「だから、抗う。されど、その抗いも意味はなく、無駄に終わる。徒労に」

「いいや、無駄なものか」

 ナリアが頭上に現れ、衣を開いた。内側に広がる宇宙を切り裂く光が見えた。“破壊光線”。撃ち返される。莫大な量の破壊の光が一条の光芒となって降り注ぎ、移動城塞の一角を完膚なきまでに破壊する。爆砕の連鎖。城塞を構成していたいくつもの建造物が崩壊し、粉塵が舞った。セツナは当然のように回避している。回避し、隕石群への接近を試みたが、移動先にはナリアが先回りしている。光輪が回転し、無数の光線が視界を埋め尽くす。四方八方に飛散する光線は、セツナの進路を妨害するためだけのものではなく、曲線を描いてセツナに迫ってきもした。矛で打ち払い、斧や槍で対応するも、それだけでは対処しきれず、結局引き下がらざるをえなくなる。距離を取り、“闇撫”で一掃するしかなくなるのだ。

 隕石群へは、遠距離からの攻撃も届かなければ、接近することもできない。

「無駄でしたね?」

「無駄じゃねえよ」

 言い返し、歯噛みする。隕石群の地上への到達まで、残された時間はわずかしかない。

「無駄でしょう。あなたのやることなすこと、すべて無駄なのです。セツナ。あなたは、魔王の杖の護持者なのですから」

「なにがいいたい」

「さきもいったでしょう、セツナ。あなたの未来には絶望しかない。すべてが無駄に終わる」

「そんなもの、そのときになってみないとわからねえだろ」

「わかります」

 ナリアは断言し、右手を掲げた。光輪が発した光が手の先に収斂し、光の中から槍が出現する。穂先が二叉に分かれた長槍。その二叉の穂先には電光が流れていた。切っ先をこちらに向けてくる。電光が集中し、閃光が視界を灼いた。セツナは脊椎反射的に飛び退きながら“闇撫”を振るっていた。巨大な闇の手が爆散し、反動が伝わってくる。“闇撫”を破壊するほどの威力には、セツナも目を細めるしかない。槍の切っ先は、こちらを捕捉したままだ。

「魔王の杖を手にしたものの末路は、決まって絶望的なものです」

 ナリアが、またしても二叉槍から光弾を放ってきた。速度、威力ともに恐ろしいほどのそれには、“闇撫”で受け止める度に闇の手が爆散するため、回避に専念するのが一番だった。間断なく発射される光弾も、避け続ければ問題はない。ただし、その場合、隕石群への攻撃も接近も諦めなければならなくなるが。

「世界と滅亡をともにしたもの。神々に戦いを挑んだ末に滅び去ったもの。みずから愛するものたちを手にかけ、絶望の末に命を落としたもの――いずれも、魔王の杖の護持者でした。あなたも、いずれそうなる」

「そんな脅しが俺に通用すると?」

「おかしいとは想いませんか?」

 ナリアは、諭すようにいった。まるでセツナの説得を諦めていないような、そんな口ぶり。

「魔王の杖は、百万世界の魔王、その力の顕現。神々が恐れ戦き、忌み嫌うその力をどうしてなんの代償もなく利用できると、想うのです?」

「……なんだ、そんなことか」

「はい?」

「代償なら払っているさ」

「……精神力、生命力――そういったものを魔王の杖を利用する代償などというのではないでしょうね? 魔王の杖は、百万世界の法理をも超越した存在。そのような代物をただ生命力を支払うだけで使いこなせるとは想わないことです」

「んなこたあ、想ってもいねえが」

 セツナは、光弾をかわしながら、空を仰いだ。大気圏を突破した隕石群は、すぐ間近にあるような迫力があった。絶望的でもある。あんなものが大陸に直撃すれば、大陸そのものが消えてなくなるのではないか。そして、そうなれば、ファリアたちとて無事では済むまい。いや。

「だが、心配してもいねえよ」

 咆哮が聞こえた。

 いや、咆哮だけではない。

 いくつもの声、いくつもの叫び、いくつもの力の奔流。

 この移動城塞には、セツナしかいない。

 けれども、この広大な戦場には、セツナの仲間たちがいるのだ。

 その事実を想い出したとき、彼は、無用の心配だったのだと理解した。


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