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第二千五百九十八話 反撃のとき(三)

「いいえ、セツナ。それがさだめなのです。摂理と言い換えてもいいでしょう」

 ナリアは頭を振り、諭すようにいってくる。

「あなたは、自分が魔王の杖を呼び寄せたと想っているのでしょうが、実際には逆なのです。あなたが魔王の杖に呼ばれ、応えた。故にあなたの行く末は決まった。決まってしまった」

 大気が震えている。戦場の声が聞こえる。熱気が、肌で感じられる。怒号。悲鳴。叫喚。だれもが生きるためではなく、帝国のため、皇帝のために戦っている。命知らず。死ぬことなど、なにひとつ恐れていない。それもこれも召喚武装の影響とは言い切れない。いずれも帝国の勇士たちなのだ。皇帝のためならば、帝国における神のためならば、我が身を惜しむようなことはないだろう。

 遙か遠い戦場の音、熱気、勢いを肌で感じるのは、完全武装の影響だ。五感が冴え渡り、世界そのものを感じ取れるのではないかという錯覚がある。万能感。まるで自分が全知全能の存在になったかのような、そんな感覚。それを完璧に制御しなければ、力に翻弄され、我を忘れるだろう。それこそ、逆流現象を呼び込むものであり、故にセツナは、力に酔わない。

 ただ、力を制御し、支配する。

 ナリアを仰ぎ、その一点に意識を集中する。

「魔王の杖の護持者よ。破滅の担い手よ。魔王の化身、破壊の王者、百万世界の敵、大悪を為すもの、暗影よ。終末よ。あなたは、その昏き滅びの力をもって、この世界を滅ぼすさだめを背負っているのです。わたしは、ただ、そのさだめを早めてあげようというだけのこと」

 ひどく痛ましい表情をして見せたのは、セツナの心を揺さぶるためというよりは、自然な態度のように見えた。そんな表情や言動の変化でセツナの心が動く、などとは、ナリアも想ってはいまい。

「でなければ、あなたは絶望に囚われ続けることになる」

「馬鹿馬鹿しい」

 セツナは一顧だにせず、吐き捨てた。

「おまえは、ただ自分の世界に戻りたいだけだろうに。そうやって、めちゃくちゃな理論を振り翳して、その暴挙を正当化するんじゃねえ」

「わたしには見えますよ。あなたの未来が」

「そうかよ。だったら、おまえの目が悪いってことだろ」

 羽撃き、ナリアに肉薄する。ナリアがこちらに差し出すようにして右手を伸ばす。しなやかな指先に光が灯り、いくつもの輝きとなって降ってきた。セツナは透かさず左に流れるように移動し、輝きが空中で音もなく爆発するのを見届ける。爆風に煽られながら、黒き矛を構える。近づけないのならば、遠距離から攻撃すればいい。黒き矛の切っ先から破壊の光線を発射し、即座に上方へ飛ぶ。

「俺が世界を滅ぼすものかよ」

「滅ぼしかけたものが、なにをいいますか」

 ナリアは、“破壊光線”に対し、衣を翻すことで対処してみせた。破壊的な光の奔流が、宇宙的な広がりを見せる衣の内側に吸い込まれ、消えていったのだ。いや、よく見れば消えたわけではない。ナリアの衣の内側に広がる宇宙、その闇の中を“破壊光線”が飛んでいく光景が見えていた。

(“破壊光線”は通用しない)

 胸中で毒づきながら確認し、ナリアの頭上から襲いかかる。が、やはり対応される。黒き矛を振り下ろすも、ナリアの光の帯に柄を受け止められたのだ。切っ先ならば両断できただろうが、柄を絡め取られれば話は別だ。力業で強引に引き抜くのも困難だ。

「それはそれ、これはこれだ!」

「それを開き直りというのです」

 ナリアが微笑み、無数の帯をこちらに向けてくる。光り輝く帯の群れは、セツナを包み込もうとするが、セツナはランスオブデザイアを振り回して、穂先に絡みつかせた。光の帯は、触れたものに絡みつく性質を持っているらしい。矛が受け止められたのも、そのためだ。遠距離攻撃には衣の宇宙、近距離攻撃には光の帯で無力化するというのが、ナリアの基本的な戦い方なのかもしれない。そして、光輪による光弾、光線の乱射によって一方的な戦闘を展開するのだろう。

「開き直ってなにが悪い!」

「支離滅裂な……」

「支離滅裂なのはお互い様だろ!」

 ランスオブデザイアの穂先を超高速で回転させ、絡みつかせたすべての光の帯を引きちぎる。光が散乱する中で、黒き矛に巻き付いた帯には斧を叩きつけで破壊し、ナリアの拘束から脱したと同時に矛をナリアに突きつける。

「結局は自分が一番可愛いくせに、帝国の神だのなんだのいってんじゃねえ!」

「それこそ見当違いも甚だしいというもの。わたしに自己愛などありませんよ」

 ナリアが笑った。姿が掻き消える。矛が空を切り、余波としての衝撃波が床を抉った。転移先は瞬時に認識できている。ナリアほどの存在となれば、気配を消すなど不可能に違いない。振り向けば、ナリアは、こちらを見ていた。背後の光輪が回転し、弾き出された無数の光線が螺旋を描いて迫ってくる。その螺旋の中を突き進むことで強引に光線を回避したかと思いきや、背後からの殺気に振り向けば、光線が急角度に曲線を描き、セツナを追いかけてきていた。追尾性能を持った光線のようだ。といって、光線にばかり気を取られている場合ではない。前方、ナリアが衣の裾に触れていた。

「ああいえばこういう!」

「それはお互い様でしょう」

「こんのっ!」

 背後から迫り来る光線にはロッドオブエンヴィーの“闇撫”で対処し、前方、ナリアの動きに注目する。ナリアは、裾を広げ、内在する宇宙を膨大化して見せてきた。ナリアの衣の内側には、まさに銀河そのものが広がっているようであり、それがただの幻覚でなく、なにがしかの実体を持ったものであるらしいことは、先程、“破壊光線”が吸い込まれ、宇宙の中を過ぎっていったことからもわかる。そして、その宇宙を広げてみせたナリアの意図が、すぐにわかった。破壊的な光芒が宇宙よりこちらに向かって迸ってきたのだ。

(“破壊光線”!)

 セツナは内心悲鳴を上げながら、黒き矛を掲げ、“破壊光線”を撃ち出した。“破壊光線”と“破壊光線”が激突し、凄まじい破壊の嵐が巻き起こる。余波だけで移動城塞内部に甚大な損害をもたらすほどだ。移動城塞内の建物群がつぎつぎと倒壊し、瓦礫や残骸が吹き飛んでいく。セツナ自身、瞬時に翅で身を守っていなければ、反動だけで凄まじい痛みを受けていたかもしれない。

 事実、余波だけで遠く吹き飛ばされたセツナは、体勢を立て直しながら、“破壊光線”の威力に背筋が凍る思いだった。黒き矛の主要な攻撃手段のひとつであり、遠距離攻撃手段ということもあって頻繁に使用しているが、相手によっては使用を控えるべきかもしれない、と、いまさら考える。特にナリアのように“破壊光線”をそのまま利用できるような敵に対しては、使うべきではあるまい。

 爆煙の中、ナリアは悠然と浮かんでいる。依然、自身が優勢であることを認識したことが、ナリアをさらに冷静にしたようだ。

「さすがは魔王の杖。ひとの身でわたしとここまで渡り合うとは、素晴らしいものです。ですが、遊びもここまで」

「遊び?」

「そう、遊びですよ。遊び。八極大光陣の有無でどれほどの違いがあるかと試してみたかった。ただそれだけのこと」

 ナリアは嬲るようにいってきて、微笑んだ。その柔和な笑みには、勝利の確信があり、揺るぎない自信がある。確かに、いまのところ、セツナの攻撃は一切ナリアに届いていない。ナリアの攻撃もセツナを捉えきってはいないのだが、しかし、セツナのほうが分が悪く思えた。押されている。やはり、大神というだけあって、その力は強力無比なのだ。

「セツナ。あなたの全力では、いまのわたしにも届かない。それがわかっただけで十分でしょう。あなたにはあなたの役目を果たして頂くとしましょう」

「……俺の役目だと」

「ええ」

 ナリアは、今度は両手で衣の裾に触れた。

 ナリアの宇宙からなにかが迫ってくる。それは複数の物体のようだった。大きさは、よくわからない。衣の中の宇宙は、遙か彼方にあるように見えるからだ。その彼方からこちらに向かって迫ってきている。物体。なにがしかの塊のように見える。宇宙を飛来する物体――。

「隕石かよ!」

 セツナは叫び、ナリアに向かって全速力で飛んだ。衣の内側より飛んでくるというのであれば、飛び出してくる前に本体を叩けばいい。

 そう想った。

 だが。

「どこを見ているのです?」

 ナリアは嘲笑い、空を仰いだ。

 見上げれば、青空を突き破るようにして降ってくるものが見えた。

 大気圏を突き抜け、降ってくる数多の星々。

 流星雨。


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