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第二千五百九十六話 反撃のとき(一)

 ナリアから感じていた圧力は、厳密にいえば、完全に消え去ったわけではない。

 減ったのだ。

 セツナの身も心も抑えつけ、身動きひとつ取れなくするほどの圧力――神威の波動が、突如として減少し、手足が自由に動くようになった。かと思えば、ナリアの力によってばらばらにされ、拘束されていたはずの体がなんの理由もなく突然元に戻ったものだから、彼は、驚くよりほかなかった。驚きつつもすぐさま受け入れ、瞬時に口を開き、唱えている。

「武装召喚」

 術式などいらない。ただ、結語を唱えるだけでいい。術式を完成させ、召喚術を発動する末尾。結びの言葉。その四字を口ずさむだけで武装召喚術は発動し、彼の望んだ通りの結果が具現する。全身から爆発的な光が発散し、その光が右手の内に収斂していく。光の中から黒く滲むように出現するのは、破壊的なまでの禍々しさを誇る闇色の矛だ。カオスブリンガーと名付けたそれは、黒き矛と呼ぶことのほうが多い。魔王の杖とも呼ばれる。むしろ、そちらのほうが神々にはよく知られた名前であるらしいが。

 そんなことはどうでもよく、セツナは、全身に力が満ちていく感覚とともに黒き矛の強烈な怒りを感じ取り、心の中で謝罪した。黒き矛は、どうやらセツナがナリアとの戦闘中に送還したことに対して、セツナを殴り倒したいほどに怒っているらしく、その怒りの波動がセツナの心をずたずたに切り裂くように吹き荒れていた。神を前に黒き矛を送還するなど、自殺行為も甚だしい。黒き矛が怒り狂うのもわからなくはなかったし、黒き矛がセツナのことを想ってくれていることを理解して、彼はなんだか嬉しくなった。

 召喚武装は意思を持つ。

 そしてセツナは、黒き矛カオスブリンガーの心と直接触れ合った経験がある。その経験がいままさに生きているといっていいだろう。黒き矛との信頼関係は、その経験によって強く結び直された。セツナは黒き矛を心の底から信頼し、黒き矛もまた、セツナを認めてくれている。だからこそ、黒き矛はセツナが勝手に送還したことに激怒しているのだ。が、その怒りはすぐに収まった。いや、ナリアに矛先を向けることで、強引に収めたというべきか。

 ナリアは、といえば、表情を失った、とでも表現すればいいのか、ただ立ち尽くしていた。それまでの威勢はどこへいったのか。八極大光陣の中に在ったときとは、まったく異なるといっても過言ではないナリアの様子に、セツナは、勝機を見た。

 油断をするな、と、黒き矛が警告してくる。それはわかっている。八極大光陣があろうがなかろうが、相手は、マユリ神とも比較にならないほどの力を持った大神。油断など、できようはずもない。

「八極大光陣――あんたのいう絶対無敵の布陣も、いまや完全に潰え去ったようだな」

 セツナは、ナリアを見据え、黒き矛を握り締めながらいった。喜びを噛みしめている。皆、勝ったのだ。ナリアの分霊という強敵を相手に繰り広げた死闘を戦い抜き、勝ち取ったのだ。八極大光陣という大勝利を掴み取った。その事実がなによりも嬉しい。ファリア、ミリュウ、レム、シーラ、ウルク、エスク、ダルクスたちの顔が浮かんでは消えた。サグマウも奮戦しただろうし、ランスロットたちも気炎を吐いたに違いない。どれほどの激戦があったのか、断片的な映像から想像するしかないが、きっと、そういった想像を越えるものだったに違いない。そして、それだけの価値のある勝利だったのは、いうまでもないだろう。

 そのためにどれだけの命が散り、どれだけの犠牲が払われたのかは不明だ。多くの武装召喚師たちが命を落としたことだろう。だが、彼らの死は、決して無駄にはならなかったはずだ。

 いや、無駄にはしない。

 セツナがナリアを討ち滅ぼし、この戦いに決着をつけることで、これまでのすべてが無駄にならないはずだ。そう想うと、勇気が湧いてきた。力が、満ちあふれた。

「俺の仲間が破壊した。俺の大切なひとたち。愛しいひとたちが命を賭けて、繋いでくれたんだ。この好機、俺は逃さない」

 告げ、武装召喚と唱える。六度に及ぶ召喚は、黒き矛の六眷属を呼び出すためのものだ。つぎつぎと沸き上がる光とともに異世界より出現する武器や防具がセツナの体に纏い付いていく。メイルオブドーター、マスクオブディスペア、ロッドオブエンヴィー、アックスオブアンビション、ランスオブデザイア、エッジオブサースト。メイルオブドーターを纏い、マスクオブディスペアは頭に乗せる。マスクオブディスペアの能力である影の手が、アックスオブアンビション、ランスオブデザイア、ロッドオブエンヴィーを握り、エッジオブサーストはカオスブリンガーに融合させた。

 セツナは、まさに完全武装状態になったのだ。それは視覚、聴覚、嗅覚、触覚などといったすべての感覚を超絶的に向上させ、身体能力も限界を超えて引き上げた状態であり、こと戦闘能力においていまの彼の右に出るものはいまい。神でさえ、どうか。

 完全武装状態は、負担も消耗も激しいものの、ナリアほどの相手と戦うとなれば、出し惜しみなどしてはいられない。

 ナリアは、セツナを殺せない。が、追い詰められれば、話は別だろう。自分が滅びるくらいならば、セツナを殺し、別の方法を模索したほうがいい、という結論に至ってもなんら不思議ではない。神には寿命はない。信仰がある限り、存在し続けられるのだ。つまり、つぎの魔王の杖の護持者が現れるのを待つことも、不可能ではないということだ。

 もっとも、そのときを待つくらいならば、もっといい方法を模索した方がましに違いない。

 そのときだ。

「ふふふ」

 不意に、ナリアが笑った。微苦笑とでもいうべき笑いには、やはり、余裕が感じられた。ナリアは、追い詰められてなどいない。依然、自分が優位に立っていると信じているのだ。確かに威圧感は減った。だが、ナリアは、これまでその実力の一端しか見せてきていないのだ。本当の力は、どれほどのものか。セツナにも計り知れなかった。

「ふふふふふ……」

「なにがおかしい?」

「いいえ。なにもおかしくはありませんよ。そうですね。ええ、確かにその通りです。そう勘違いするのも無理のないこと」

「なにいってんだ?」

 セツナは、しかし、ナリアがとち狂ったわけでもないことは理解していたし、女神が極めて理性的かつ冷徹な目をしていることも把握していた。悠然と佇むその姿に隙は見当たらない。そして、いつの間にか無数にあった光の板が消えていることに気づく。もはや不要と判断したのだろう。女神が、真の力を発揮しようとしている。そんな予感にセツナは、全神経を集中させた。膨大化した意識を制御し、目の前の敵にのみすべてを注ぐ。でなければ、大いなる女神を捉えきることなどできまい。

「あなたたちは、これまで何億ものときの中で、一度たりとも破られたことのない八極大光陣を打破しました。それは真に賞賛に値します。この偉大なる光明神ナリアを戦場に引きずり出したのですから。たとえこれから為す術もなく命を失ったとしても、未来三世に渡って褒めそやされるでしょう」

 ナリアの髪がゆらりと舞い上がり、双眸が黄金に輝く。

「そして光栄に想いなさい、セツナ。わたしがあなたに真の絶望とはなんたるか、お教えして差し上げましょう」

「はっ」

 セツナは、一笑に付した。

「やれるもんならやってみろ」

 睨み据え、啖呵を切る。

「俺はもう、絶望しない。俺は皆を守り抜いて見せる。そのうえで、あんたを……いや、光明神ナリア。おまえを斃す!」

 吼え、地を蹴った。

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