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第二千五百九十三話 大いなる女神(一)

 大いなる神の、絶対無敵の力を持ってセツナを拘束しておきながら、ただいたずらに光の板に映し出されたいくつもの戦場、その推移を見せつけてきているのは、それこそがナリアの目的に適うからだ。

 八極大光陣。

 大いなる女神ナリアの絶対無敵の布陣は、いままさに展開されている。現状のナリアに打ち勝つことは、神や召喚武装の支援を受け、なおかつ完全武装状態となったセツナですら不可能であり、故にセツナは、ナリアに挑んだ末に敗れ、ナリアのなすがまま、想うままにさせていた。

 ナリアは、セツナを好きなようにできる状態にありながら、セツナ自身に手を下すことはしなかった。それは、そうだろう。ナリアには、目的がある。その目的、大願成就のためには、セツナが必要不可欠であり、セツナを殺すようなことは論外だった。全身をばらばらに切り離しているのは、セツナから戦意を奪い去るためなのだろうが、当然、そのようなことでセツナの心が折れるわけもない。たとえここに痛みが付随したとして、セツナがナリアに靡くことなどありえない。

 それがわかっているからこそ、ナリアは、セツナを痛めつけようとはしなかった。むしろ、ただ拘束するだけに留めることで、セツナの精神的な緊張が多少でも緩むことを期待しているようだった。そして、そこにこそ、付け入る隙が生まれるものと想っているのだろう。

 ナリアの目的は、マユリ神が看破した通り、イルス・ヴァレを滅ぼすことなのだ。それも、セツナと黒き矛を利用して、だ。そのためには、セツナを傷つけることはできるだけ避けたいと考えるのは、必然だ。万が一、セツナが命を落とすようなことがあれば、ナリアの目論見は水泡に帰してしまう。ナリアは、他の神々同様の悲願を抱き、この世界に在る。

 本来在るべき世界への帰還。

 そのためならばどのような手段を用いても、どれほどの犠牲を払っても構わない。たとえこの世界が滅び、この世界に生きとし生けるものが滅び去ったとしても、関係がないのだ。ナリアにとっては、在るべき世界への帰還こそがすべてに優先する。

 それは、ナリアにしてみれば当然のことなのかもしれない。

 道理といっていい。

 ナリアは、この世界――イルス・ヴァレの神ではないのだ。

 イルス・ヴァレがどうなろうと知ったことではなく、それよりもなによりも一刻も早く元の世界に還り、本来の信仰者たちに手を差し伸べる。それがナリアの正義であり、悲願なのだ。

 そのために整えてきた準備は、数年前、最終戦争を通し聖皇復活の儀式として結実しようとした。だが、聖皇復活は失敗に終わり、ナリアを始めとする神々は、また、この世界に縛られることとなった。聖皇と結んだ契約に。

 ナリアは、当初、つぎの機会を待とうとしたのだろう。いつ訪れるかもわからない、つぎの聖皇復活の機会を待ち続け、そのときこそは儀式を成功させ、元の世界に戻る。そのためならば、どれだけ時間がかかろうとも構わない、と、切実なまでに想っていたのかもしれない。

 そんなとき、セツナが現れた。すべての眷属を取り込み、完全体と化した黒き矛の使い手だ。その力を持ってすれば、世界を滅ぼし、聖皇との契約さえもなかったことにできるのではないかと想像した。想像すれば、もはや止まらない。なんとしてでもセツナを手に入れ、セツナに世界を滅ぼさせようと考え、行動に移した。ウルクを利用して挑発し、大船団と移動城塞でもって嘲笑い、感情を逆撫でにした。それもこれも、セツナに黒き矛の力を暴走させ、世界を滅ぼすため。

 セツナ自身は、魔王の杖こと黒き矛カオスブリンガーの力をそこまでのものとは考えてはいなかった。神をも滅ぼす究極の力だということは知っていたし、そこに秘められた力たるや、とてもひとの手に負えるものではないことくらいわかりきってはいたが、とはいえ、世界を滅ぼし得るほどのものではないと想っていた。だが、どうやら、黒き矛には、それだけの力があり、セツナにその力を引き出せる可能性があるらしいということがわかった。

 そして、ナリアがセツナを傷つけず、心のみを折ろうとしているのもそのためだ。

 セツナが現実に絶望し、ナリアを滅ぼすため、黒き矛の力のすべてを解き放てば、世界そのものも巻き添えに滅び去るかもしれない。故にナリアは、セツナを殺さないし、傷つけようともしない。むしろ丁重に扱い、セツナの心を揺さぶろうというのだ。

 ナリアは、悠然と、こちらを見ている。セツナの表情のわずかな変化から精神状態の微妙な動きをも読み取ろうというのだろう。セツナを精神的に追い込み、心を折り、絶望させる。それこそ、ナリアの戦いなのだ。そのためにナリアは、こことは異なる戦場の光景を無数に浮かぶ光の板に映し出していた。八極大光陣を司る八つの塔内の光景だけではなく、移動城塞とディヴノアの間に横たわる広大な戦場の模様も、セツナにはっきりとわかるように映し出されている。

 八極大光陣の源たる八つの塔の内側は、とても塔の中とは思えないような光景だったが、それが塔の内部だということは転送された面々を見れば一目瞭然だった。全部で六部隊からなる八極大光陣攻略班と、ふたつに分かれたマユラ神の姿がある。いずれも、死闘が繰り広げられているといってもいい。

 苦戦するのは当然だ。

 八極大光陣を司るのは、ナリアの分霊だというのだ。ナリアの八柱の分身と言い換えてもいい。ただし、その力は本体たるナリアよりは弱いはずだ。ナリアが自身と同等の力を持った分身を生み出せるのであれば、わざわざ、八極大光陣などという儀式を展開する必要性は薄い。自身と八柱の分身の連携で圧倒するほうが、遙かに容易いことだ。そうしないということは、やはり、八極大光陣によってナリアの力を増幅させるほうが有用だということだ。

 もっとも、だからといって分霊が弱いというわけではない。

 分霊との激闘は、ただ見守っていなければならないだけのセツナには、目を覆いたくなるような惨状もあれば、顔を背けたくなるような瞬間も多々あった。多くの武装召喚師たちが傷つき、命を散らせていく。そんな光景を目の当たりにしながら、なにもできないということほど辛いことはなかった。そして、そんなセツナを見てはほくそ笑み、あるいは心を揺さぶるような言葉を吐いてくるのがナリアだ。ナリアにしてみれば、セツナが音を上げ、降参してくれることが一番に違いなく、そのためにも分霊との戦いや、各戦場の光景を見せつけているのだ。

 なにもセツナを絶望させずとも、セツナがナリアに降り、ナリアの目的に協力すると約束すればよい。そうすれば、ナリアの目的は叶えられる。

「セツナ。あなたがだらしなく捕まっている間に、状況は悪くなる一方ですよ?」

 ナリアは、勝利を確信しているかのようにいう。ナリアにしてみれば、自分の分身たちが敗れることなど万が一にもあり得ないと想っているのだろう。それは、当然のことといえば当然のことだ。ナリアは、こちらの手の内など知らない。こちらが入念に準備し、決戦に挑んだことこそ理解しているだろうが、その内実を理解する術がないのだ。いや、たとえ、なんらかの方法で戦神盤を中心とする戦術を把握していたとしても、それがどれほどのものなのか、わかりようがない。想像しようがない。

 分霊を打ち破るほどのものである、などと、想いがたいのだ。

 ナリアほどの存在になれば、自分が敗れることなど、考えもしないに違いない。

 故にこそ、付け入る隙が生まれ、勝算が生まれる。

「まったく、その通りさ」

 セツナは、想っていることとはまったく逆のことをいって、ナリアを見遣った。

「本当、その通りだよ」

 女神は、セツナの反応を訝しんだのか、ひとつの光の板をたぐり寄せた。

 



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