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第二千五百九十二話 神雷、斬り裂いて(八)

 閃刀・昴は、先代戦女神にして大召喚師とも謳われた武装召喚師ファリア=バルディッシュが愛用していた召喚武装であり、その術式は、ファリア=バルディッシュからファリア=アスラリアに受け継がれた。ファリア=バルディッシュは、戦女神を受け継がせるため、術式を継承させたのではない。ファリアが力を欲していたが故、また、ファリア=バルディッシュの残された時間が少なかったがため、術式の伝授へと至ったのだ。

 もし、ファリア=バルディッシュがもっと若く、多分に時間が残されていたのであれば、術式を教わることなどなかっただろう。武装召喚師にとって、愛用の召喚武装の術式というのは秘中の秘だ。もし、術式を唱えられ、契約を上書きされるような事態でも起きれば、目も当てられない。無論、そのようなことは万にひとつもありえないし、契約が上書きされるようなことなど、そうあるものではない。召喚武装と召喚者の契約は、それほどまでに強固なものなのだ。

 ファリアが閃刀・昴、天流衣と契約を結ぶことができたのは、即ち、先の契約者であるファリア=バルディッシュが天寿を全うしたからにほかならない。ファリア=バルディッシュが生きている間は、契約を上書きすることもできなければ、召喚することもできなかっただろう。ファリアは、祖母の死という遙か遠いリョハンの地での出来事を閃刀・昴の召喚によって理解したものだ。

 左手にオーロラストームを握ったまま、右手だけで閃刀・昴を用いる。閃刀・昴は見るからに美しい刀だ。刀身に六つの煌めきを宿した長刀は、一度の斬撃に六回の追撃を加えるという能力を持つ。単純だが、故にこそ強力といっていいだろう。そして、閃刀・昴の真価は、こんなものではなかった。

 ファリアは、天流衣に包まれ、ディルムラの猛攻を尽く受け流しながら、全神経を集中させていた。静かに呼吸を整え、閃刀・昴と心を通わせ合う。召喚武装には意思がある。自我を持つ異世界の武器や防具。それが召喚武装なのだ。召喚武装はただ呼び出せば、それで全力を発揮するわけではない。心を通わせ合ってはじめて、召喚武装はその力のすべてを解放してくれる。無論、そこへ至るためには、多大な時間をかけ、召喚武装に己を認めさせなければならないのだが、閃刀・昴、天流衣はその点が極めて困難だった。

 それはそうだろう。

 ファリアの前の契約者が契約者だ。どうしても実力、人格、心の有り様を比べられる。比較されれば、勝ち目はない。なにせ、閃刀・昴も、天流衣も、何十年にも渡ってファリア=バルディッシュを支え、苦楽をともにしてきた戦友なのだ。その孫であるとはいえ、ファリアを受け入れることなど、容易いことではあるまい。ファリアは、オーロラストームの習熟に励む一方、閃刀・昴と天流衣との交流も修練の一環に取り入れ、数年かけてようやくその力の深奥へと至ったのだ。

 そしてこれが、閃刀・昴の真価だ。

 それはあまりにも強力過ぎ、先代戦女神が封印を決断せざるを得ないほどのものだった。消耗も激しく、負担も極めて大きい。ファリア自身、使用を躊躇ってきたのも、このためだ。しかし、今回ばかりはそのようなことをいっている場合ではない。たとえこの身が砕け散ろうと、消耗し尽くそうとも、なんとしてでも斃さなければならない相手なのだ。悩んでいる暇はなかった。

 故に、彼女は行使した。

 ファリアは、ディルムラの猛攻が止んだ瞬間に天流衣を捲り上げ、オーロラストームのクリスタルビットを前方に集中させた。いくつもの足場を作り、そこへ飛び移っていく。ディルムラの居場所は、捉えているのだ。前方、まっすぐ進んだところに目的地がある。ディルムラの胸部。ただし、そこへ至るためには包囲網を突破しなければならなかった。結晶体にせよ、毛髪にせよ、ファリアの包囲を解いたわけではなかったのだ。攻撃が止んだのは、天流衣からファリアを出すために過ぎない。そんなことは、わかりきっている。

 ディルムラの包囲網が動いた。一斉攻撃。全周囲からの包囲攻撃だが、ファリアは、天流衣を羽ばたかせるように前方の足場に飛び移りながら、閃刀・昴を掲げることで対応した。閃刀・昴の刀身に刻まれた六つの星のような刃紋から光が拡散し、ファリアの背後に巨大な六芒星を描き出す。さらに六芒星の一本一本が独立すると、それぞれが光の刃を形成した。閃刀・昴の刀身を三倍程度に巨大化させたような光刃は、半ば自動的にファリアの周囲を旋回し、迫り来る結晶体やディルムラの毛髪を切り裂いた。斬撃は一度。だが、刻まれるのは七つの斬撃。つまり、六つの光刃もまた、一閃七斬という閃刀・昴の能力を持っているのだ。

 手に持っている本体と合わせて七つの刃。それぞれが一撃につき、七回の斬撃を叩き込むのだから、その威力たるや尋常なものではないことがわかるだろう。

 ファリア=バルディッシュがいかにして戦女神と呼ばれ、崇め称えられるようになったのか、これほどまでにわかりやすいことはあるまい。ファリア=バルディッシュは、たったひとりで戦局を左右する力を発揮し、リョハンを包囲していたヴァシュタリア教会の軍勢を畏怖させた。ヴァシュタリア教会が、ファリア=バルディッシュが存命中、リョハンには一切手を出さなかった理由も、そこにあるのだろう。戦女神とは、リョハンにとっては希望の象徴であり、教会にとっては絶望の象徴だったのだ。

 そして、ファリア=バルディッシュが閃刀・昴の真の力を恐れたのも、独立戦争時の己の戦いぶりがあまりにも恐ろしいものであり、自己嫌悪に陥ったからのようだ。あまりにも多くを殺しすぎたという事実は、彼女を女神のような存在へと昇華するに至るのだが、本人としては、受け入れがたいものだったのかもしれない。

 ファリアは、勝手に周囲を旋回し、ディルムラの攻撃から守ってくれている閃刀・昴の光刃、その威力を改めて目の当たりにして、愕然とするほかなかった。圧倒的というほかない。ただただ凶悪で、強力無比。ディルムラによる絶望的なまでの包囲攻撃も、閃刀・昴の光刃の前では為す術もなかった。これなら、天流衣は不要だったのではないか、と想わなくもないが、そんなことはない。

 光刃が対処しきれなかった結晶体は、天流衣がなければファリアに直撃していただろうし、天流衣は、ファリアの身体能力を引き上げるという点でも役に立っている。重力の中和は、滞空時間を稼ぎ、跳躍を支援してくれてもいる。足場から足場を飛び移り、前方から迫り来る結晶体は、閃刀・昴の本体で叩き切る。さらに光刃を前方に飛ばし、銀髪でできた障壁を打ち破る。斬撃は一度。しかし、切り裂く毛髪は一本ではない。何十、何百の毛髪を切り裂き、追撃がそれぞれに六度、走る。銀髪の壁は一瞬にしてばらばらに崩壊し、ディルムラの巨躯が眼前に覗いた。

 ディルムラは、毛髪の包囲網を抜けて出たファリアを目の当たりにして、さすがに驚いたようだった。しかし、すぐさま対応する。全身から凄まじいまでの雷光を放ち、全周囲を攻撃して見せたのだ。だが、その雷光による攻撃は、天流衣に包まれたファリアには届かない。雷光が止んだ瞬間、天流衣を抜け出し、足場を蹴る。飛びながら、左右から伸びてきた手に光刃を突き刺し、旋回させる。斬撃が無数に走り、ディルムラの両腕がばらばらになった。瞬時に復元して見せるが、四本の光刃は復元したばかりの腕を容易く切り刻んだ。

 ファリアは、ディルムラの胸元、深々と刻まれた傷口へと飛びかかっている。そのとき、ファリアは傷口の奥底に人間大の、小さなディルムラを発見し、そのディルムラが二叉の槍の切っ先をこちらに向ける瞬間を目の当たりにした。穂先に雷光が収束し、弾丸となって撃ち出される。光刃が閃く。光弾を七つに切り裂く中、ファリアは飛ぶ。爆風がファリアを加速させた。傷口の中へ。小さなディルムラが長槍を振り翳した。ファリアは駆ける。ディルムラも駆ける。クリスタルビットがディルムラの前進を妨げた。ファリアがディルムラの懐に潜り込む。閃刀・昴を振り上げる。ディルムラの左手に止められる。ディルムラがにやりと笑う。長槍が翻り、ファリアの腹を貫く。激痛の最中、さらに笑ったのは、ファリアだ。閃刀・昴の刃紋が輝いている。再び背後に描かれた六芒星が六つの光刃となり、ディルムラに襲いかかった。 

 六つの光刃がディルムラを切り刻む中、ファリアは、閃刀・昴の本体でもって、ディルムラの首を刎ねた。六度の追撃が頭をばらばらにする。

 外から、雷鳴が聞こえた。

 さながら断末魔の絶叫のようだった。

 


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