第二千五百八十八話 神雷、斬り裂いて(四)
雷天星ディルムラの地上への爆撃は、止まらない。
二叉の槍、その穂先に収束させた電光を弾丸として撃ち出る攻撃は、その速度、威力もさることながら、攻撃範囲が物凄まじく、地上は、瞬く間に破壊され尽くしたといっても過言ではなかった。少なくとも、ファリアたちがいた周辺の大地は粉々に砕け散り、元の形を残してはいない。強力無比だけならばまだしも、攻撃からつぎの攻撃に移るまでの時間差がほとんどなく、光弾は、雨のように降り注いだ。しかも、威力が凄まじいおかげで剛雷刀の結界も意味をなさない。直撃ならば受け流せるのかもしれないが、余波だけで吹き飛ばされるのだから、どうしようもないのは間違いなかった。
地上は壊滅状態であり、死傷者は数え切れないほどに出ている。重傷、軽傷はいい。召喚武装の能力のおかげですぐに回復するからだ。しかし、死ばかりはどうしようもない。死ねば、命を落とせば、それまでだ。もはや時間を戻す術はない。ひとを生き返す方法もない。仮にそのような召喚武装があるのであれば、マユリ神が戦術に組み込まないわけがない。戦神盤を利用すれば、全戦域の自軍将兵の死を覆すことができるのだから。戦術に組み込まれていない以上、そういった召喚武装は存在しないと考えていい。武装召喚術の歴史上、死者を正しく蘇らせた召喚武装の存在も確認されていない。
レムを仮初めに蘇らせ、命を繋ぎ止めているマスクオブディスペアや、話に聞くソウルオブバードの能力に近似したものは確認されているが、そういった召喚武装は条件付きであり、正確に蘇生させるわけではない。能力が切れれば死ぬものだ。
死を覆すことはできない。
戦神盤のように時間を一定の範囲内で戻すというのであれば、ともかく。
いや、あれも常識外れの能力ではあるのだが。
もし、戦神盤にあのような能力が備わっていなかったらと想うと、ぞっとせずにはいられない。ファリアたちは永遠に命を失っていたのだ。いまの戦いも存在しなかったことになる。
とはいえ、その場合はその場合で、マユリ神も無茶をさせなかったに違いない。あのとき、移動城塞への突入を敢行したのも、戦神盤という保険があったからにほかならないのだ。
その保険がない以上、慎重にならざるを得ないが、慎重になりすぎた結果、攻撃する機会を見失ってもいけない。敵は分霊。大いなる神ナリアの分霊なのだ。その力は、想像よりも遙かに強大であり、圧倒的といってもよかった。
雷を豪雨の如く降らせるだけならばまだしも、その雷を一点集中したような爆撃をそれこそ雨のように間断なく撃ち放ってくるのだ。一撃一撃の威力は凄まじく、地上にいれば全滅は免れ得ない。かといって、空中に逃げ場があるかというと、ないも同然だ。遮蔽物はなく、空中では爆煙で身を隠すこともできない。いやそもそも、爆煙で身を隠すことに意味があるかといえば、疑問の残るところだ。分霊の五感ならば、こちらの位置を正確に把握することくらい難しくはあるまい。故に光弾は正確に地上にいるだれかを撃ち抜き、絶命させながら爆発を巻き起こしているのだ。
空中でもそれは同じだ。
ディルムラが槍の切っ先を地上から空中に向け直すと、二叉の穂先に電光を収束させ、光弾として射出した。光弾は一瞬にして、ファリアたちを先行していた武装召喚師のひとりを撃ち抜き、凄まじい爆発で飲み込んだ。爆圧が大気を歪ませ、衝撃波がファリアたちをも煽っていく。ジナ=ハーロンはむしろその爆風に乗るようにして進路を変更した。先行する百名以上もだ。いずれも飛行用召喚武装を装着した武装召喚師たちであり、ディルムラへの接近を試みているのは、接近しなければ攻撃しようがないという事実があるからだ。遠距離から召喚武装で攻撃しようにも、ディルムラの一方的な攻撃に曝されるだけで、こちらに攻撃の機会はなかった。故に、接近し、光弾を撃たせなくする以外にはない。さすがに至近距離では、あの光弾は撃てまい。
ただし、別の攻撃手段が待ち受けているだろうが、そこを警戒してはなにもできないどころか、ディルムラの思い通りに殺されるだけのことだ。それならばいっそのこと、一か八かに賭けるべきだろう。
とはいえ。
(接近して、どうなるの)
ファリアは、考える。
彼女の手には、オーロラストームが握られている。オーロラストームは、その異形性に見合う威力と多機能ぶりを誇る優秀な召喚武装だが、その性質上、ディルムラには効果がないのではないか、と想うのだ。ディルムラは雷天星の名の通り、雷を司る。雷を振るうからといって、雷による攻撃を受け付けないとは限らない――実際、ファリアは雷を完全に無効化できるわけではない――が、ディルムラには雷の性質を持つ攻撃が効くようには見えなかった。試してみなければわからないことではあるし、試す必要はあるが。
試すだけの時間も、惜しい。
試すということはつまり、攻撃の機会をひとつ失うということだ。これだけ苛烈な攻撃をしてくる相手だ。こちらが攻撃する機会というのは、限られている。
不意に、一筋の光がディルムラの足首に直撃した。ディルムラの攻撃が空中に集中したことで、地上の武装召喚師たちに攻撃する機会が生まれたのだろう。その直後、様々な遠距離攻撃がディルムラに殺到し、その巨躯を攻撃し続けた。炎の塊が直撃すれば、無数の矢が一点に集中して突き刺さり、氷柱が激突する。いずれの攻撃も決して効果的とはいえないが、まったく効いていないわけでもないだろう。ディルムラが槍の切っ先を地上に向けたことからも一目瞭然だ。
(攻撃は、通る)
雷はともかくとして、それ以外の性質の攻撃ならば、ディルムラにも届くのだ。となれば、ファリアにできることといえば、ひとつしかない。彼女は、ジナの腕の中でオーロラストームを掲げると、精神を集中させた。オーロラストームの翼を形成する無数の結晶体、そのすべてを解放し、周囲に展開する。結晶体は、オーロラストームから発散される電光と思念の糸で結ばれ、ファリアの意思の赴くままに動かすことができた。しかも、だ。ファリアは、結晶体ことクリスタルビットの操作法に画期的ともいえる新技術を加えており、ある程度、片手間に操作することができるようになっていた。つまり、クリスタルビットの操縦と自身の戦闘を同時に行えるようになった、ということだ。
「これが噂に名高いオーロラストームの……」
「どんな噂なのかしら」
「い、いえ……ただ、帝都侵攻の折、ファリア様の結晶体にぼこぼこにされたものが多数いたとのことで、それなりに噂になっていまして」
「ああ……そう」
ファリアは、おそるおそるといった様子にジルに苦笑を禁じ得なかった。帝都ザイアス侵攻時、ファリアは確かに大暴れに暴れたものだし、クリスタルビットで多数の帝国兵を打ち倒している。その出来事は、戦神盤の時間回帰によってなかったことになったものの、記憶まで消し去られるわけではないらしく、あのときの戦いについて記憶しているものは少なからずいるようだ。そして、そのせいで恨み言をいわれることもあれば、そのおかげでジルのように高く評価されることもある。ジルは、尊崇の域にまで達しているような口ぶりだが、それは彼女が武装召喚師で、リョハンに幻想を抱いているからのようだが。
前方、飛行部隊のうち、ディルムラを射程に捉えたものたちが既に攻撃を開始している。すると、ディルムラが地上への爆撃を諦め、周囲の武装召喚師の撃退に移った。接近することで爆撃を防ぐことができるという推察は、当たった。そしてそれは、大いなる攻撃の機会を生む。
「わたしたちも、行きますよ」
「ええ。お願い」
ファリアは、クリスタルビットを集めながら、頷いた。