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第二千五百八十六話 神雷、斬り裂いて(二)

 雷の結界は、ファリア隊五百一名が密集しなくても済む程度の広さが確保されている。それはつまり、それだけマリカ=ネドリッドの負担と消耗が激しいということであり、そのことも鑑みれば、一刻も早く分霊を探し出し、討ち斃さなければならないということだ。でなければ雷の結界が消失し、ファリアたちは全員、雷の雨に打たれることになる。無論、ほかに対抗策がないわけではないし、ファリアだって似たようなことをしようと思えばできるのだが、それをすれば今度は攻撃手段がなくなるのがファリアの厄介なところだ。

 属性相性の関係上、オーロラストームを攻撃手段に用いることはできなくとも、ほかに使い道があるのだ。その使い道まで封じられない限りは、オーロラストームを送還する必要はない。ファリアは、オーロラストームを握り締めながら、帝国人召喚師たちが様々な形状の遠距離攻撃用召喚武装を頭上に構えるのを見ていた。

 弓型の召喚武装が多いのは、極めて単純な理由だ。遠距離攻撃といって思い浮かべやすいのが弓であり、呪文に組み込む場合、どうしても弓という一語を使ってしまうからだ。その結果、弓型の召喚武装が召喚されることが多い。そして、大抵の場合、それで満足するのが武装召喚師というものだ。形状はともかく、能力、性能さえ注文通り、あるいは注文に極めて近ければ、それで事足りる。遠距離攻撃さえできればいいのならば、弓でも十分だ。弓以外の形状の召喚武装への拘りさえなければ、だ。そして、そういった拘りを持つごく少数が、弓とは異なる形状の召喚武装を掲げている。

 杖型召喚武装は、魔法使いといえば、という理由から杖を望んだのだろうし、剣を掲げるものは、魔法の剣を欲したからだろう。いや、普段から使い慣れている武器種の召喚武装を呼び出しただけの可能性もあるが。

 いずれにせよ、多種多様な召喚武装が頭上に掲げられた。

 そして、ファリアが見ている前で一斉攻撃が始まった。

 多数の弓から放たれるのは、ただの矢ではない。巨大な矢があれば、一条の光線だったり、炎の矢だったり、様々な力が発現し、結界の外へと撃ち出されていく。剣が唸り、杖が輝けば、槍が閃き、投げ槍もまた、雷雲に向かって放たれる。多種多様な攻撃が雷の雨の中を突き抜け、雷雲へと至る。そして、雷雲そのものを突き破り、上天に風穴を開けていく。意図も容易く、思った以上に簡単に。だが、それで終わったわけではない。目的は、分霊への攻撃であって、雷雲に穴を開けることではない。

「でも、無意味ではないわね」

「ああ、確かに。穴からは降ってきませんもんね」

 マリカが頭上を仰ぎながらいった。巨大な風穴の直下には、当然だが雷は降らない。ただし、マリカの結界はまだ解くわけにはいかなかった。雷はなにも真下に降り注いでいるだけではないのだ。雷は、分霊の意思によって降り注いでいる。その意思の赴くまま、ファリアたちを狙い撃ちに降らせているのは間違いなく、直上のみならず、広い範囲の雷がファリアたちの元へ降ってきているのだ。

「じゃあ、この勢いで雷雲をすべて吹き飛ばしますかね。そうすりゃあ、分霊とやらも隠れていられないでしょ」

「名案かも」

「ふ、惚れ直したか」

「……あいつのところだけ結界に穴開けてやろうかしら」

 銀鎧の男を睨みつけるマリカだが、本音のところはわからない。帝国人の人間関係については、ファリアはなにも知らなかったし、知ろうとは思わなかった。連携しなければならない以上、最低限、意思疎通はできるよう交流を図り、名前やそれぞれが愛用している召喚武装については調べたものの、それだけだ。銀鎧の男はザイル=フォドナー。銀鎧は彼の召喚武装だ。彼が、遠距離攻撃部隊を指揮している。

「第二射、用意!」

「……待って」

「はい?」

「様子が変だわ」

 ファリアは、雷雲に開いた大穴に目を向けた瞬間、違和感を覚え、目をこらした。女神の加護といくつもの召喚武装による支援、オーロラストームの副作用などによって身体能力やあらゆる感覚が強化されている。それにより、遙か空の彼方、雷雲に開いた穴の果てまではっきりと見えた。幾重にも積み重なった雷雲の断面に雷光が走っている。それだけならばまだしも、断面に走る雷光の量がときとともに増大し、あっという間に断面を覆い尽くした。

「なんです、あれ?」

「わからない。わからないけど……」

 迂闊に攻撃するべきではない、と、ファリアは無意識の警告を信じ、目を凝らした。穴の断面を覆い尽くした莫大な量の雷光が、穴の中心、空隙となった中空に収束していく。それに併せるようにして雷の雨が止んでいくようだった。まるで、雷雲を生み出していた雷の力が一点に集中しているかのような印象を受けるが、まさにその印象通りなのではないか、と、ファリアは想った。

 雲の断層を伝う雷が膨大になるに従い、上天を照らす光量もまた強く、激しくなっていく。収束する雷光もだ。ただひたすらに莫大な量の雷光が集中し、ファリアの視界を白銀に染め上げた。一瞬の空白。つぎの瞬間、物凄まじいまでの音と衝撃が領域を揺るがし、ファリアは全身を激しく打ち付けられ、吹き飛ばされる感覚を抱いた。いや、感覚だけではない。錯覚などではなく、実感。

 実際に吹き飛ばされていることを理解したとき、彼女は、剛雷刀による結界ごと吹き飛ばされたのだと悟った。全身を貫く激痛は、熱を帯びてはいない。ただの衝撃。だからこそ、雷光の結界を維持しきれなかったのだろう。マリカは、雷光ならば、どれほどの威力でも受け流せると豪語していた。

 無論、想像を絶する威力の雷撃だった可能性もないではないが、辛くも受け身を取って体勢を立て直したファリアは、雷雲の空隙に収束した雷光が落ちたわけではないことを目視でもって確認し、理解したのだ。雷光の収束現象は終わり、代わりといってはなんだが、それが出現していた。

「皆、無事みたいね?」

 ファリアは、感覚だけで死者がいないことを把握すると、だれとはなしに問いかけた。雷鳴が途絶えたことで、この雷雲の世界にはこれまでにない静寂が訪れている。間断なく降り注いでいた雷たちの歌声は、あまりにもうるさく、発狂しそうになるほどだったが、なくなればなくなったで不気味なほどの静けさが場を満たし、聴覚が正常化するまでしばらくの時間を要するようだった。いまだ、雷鳴の残響が耳朶にこびりついている。余韻というにはあまりにもけたたましく、歓迎しがたいものだ。

「え、ええ……まあ」

「雷には無敵なんじゃあなかったのか!?」

 食ってかかるザイルに対し、マリカは務めて冷静に対応した。

「そうよ。だから、雷撃じゃなくて、別のなにかに吹き飛ばされたんでしょ」

「む……!」

「完璧な理論に文句もいえないみたいね」

「ぐう……」

「そこ、痴話喧嘩は後になさい」

 ファリアは、五百名の武装召喚師たちの中にひとりとして脱落者が出ていないことにほっとしながら、注目の的のふたりに向かって冷ややかに告げた。

「ですから!」

「まあ、そうしましょう。俺は大人ですから」

「だれが!?」

「……元気そうでなによりよ」

「それ、皮肉ですか」

「いいえ。本音」

 ファリアのあっさりとした返答には、マリカは返す言葉もないという態度だ。いまはそんなことに拘っている場合ではない、というのが大きいだろう。だれもが、雷の止んだ空に注意を向けている。

 雷光の収束地点にそれは、いた。

 白銀のひと、とでもいうべきそれは、ゆっくりと、こちらに向かって降下してくるようだった。

「あれが……分霊」

 ファリアはつぶやき、警戒のため、オーロラストームを掲げた。


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