第二千五百八十三話 大地母霊(五)
「ジメオンはいま、あたしたちが降ってこないことを不審に思っているはず。ううん、あるいは落ちない理由を察しているかもしれないわね」
ミリュウは考えを改めながら、帝国人召喚師たちに考えを伝えた。ここは、土天星ジメオンの支配する領域。こちらの動きは筒抜けになっている可能性は極めて高い。となれば、ジメオンはいまごろ、ミリュウたちを殲滅する算段を立てながら、こちらに近づいていると考えるべきだろう。ジメオンにしてみれば、八極大光陣の中でも自分が司る領域に敵対者をのさばらせておくことなど許せるはずもなく、故になんとしてでも討ち滅ぼしたいと考えているはずだ。
ミリュウたちを二度に渡って奈落の底へ案内したのもそのためだし、女神の加護を受けた肉体すら粉微塵に砕け散るほどの高度から落下すれば、全滅も確実だ。たとえ飛行能力者が生き残ったとしても、あとからゆっくりと殲滅していけばいい。
それが二度も阻止されたとあれば、ジメオンがつぎに取ってくるだろう攻撃手段は、いままでの比ではない規模や威力のものだろうことは想像に難くない。それがどのようなものなのかは不明だが、ミリュウは、帝国人たちに覚悟を決めるよう伝えた。すると彼らは、一様に爽やかな顔でいってくるのだ。
「なにをいまさら」
「我々ザイオン帝国軍人は、帝国臣民のため、皇帝陛下のために命を張るのが仕事なのです」
「そうそう、こうして五百人の攻略班に選ばれたという光栄を穢さないためにも、死を恐れず、命を燃やして戦うのみです」
「すべては帝国のため。すべては、皇帝陛下の御為なれば」
「ザイオン帝国万歳!」
「万歳!」
大音声でもって唱和し、戦意をひたすらに昂揚させていく帝国人たちの様子に、ミリュウは言葉を失いかけた。
「……そういうノリ、あんまり好きじゃないけど、いまは勘弁してあげる」
ミリュウは、帝国人たちの熱気に気圧される想いで、苦笑した。そして、彼らの輝かしいばかりの表情に目を細めた。それら煌々たる戦意の高まりぶりは、必ずしも召喚武装の影響だけではないはずだ。帝国軍人としての誇りや矜持が彼らを突き動かし、魂を奮い立たせているからこそ、彼らはいま、この状況を笑っていられる。
「帝国のため、陛下の御為に命を燃やすのは良いけど、死んじゃ駄目よ。死んだら、なんの意味もないんだから」
らしくない言葉だ。
これほどまでに死を恐れ、死を切望する女が発していいような言葉ではない。が、いわずにはいられなかった。彼らは、召喚武装の影響か、それとも帝国、皇帝への忠誠心からか、死をも恐れぬ精神状態になっている。死ぬことを恐れていないどころか、勝利のためならば自分の命を投げ出すくらい平気でやりそうなところがあった。帝国人のことだ。彼らがどうなろうと知ったことではないのだが、それでも、多少は気になった。それはきっと、ミリュウの中に起きている変化のせいだろう。昔の自分ならば、そんなことですらいわなかったはずだ。帝国がどうなろうと知ったことではないし、帝国人がどれだけ死のうと構いはしない。それが自分だった。
ひとは変わる。
それは真理であり、事実だ。
だが、変わらないものもある。
その変わらないもののためにも、ミリュウは死ぬわけにはいかなかったし、だからといって帝国人たちを盾に生き延びようとは考えてもいなかった。生き延びるならば、全員、ひとり残らず失わずに勝利したい。そう考えている。無論、相手が相手だ。そう上手く行くとは思ってもいないし、そんな簡単に斃せる相手ならばここまで苦戦を強いられたりはしない。
前進には、幾ばくかの犠牲が必要となる。
相手が大いなる神の分霊となれば、尚更だ。それに。
「ミリュウ殿こそ、死んではなりませんぞ」
「そうです」
「ミリュウ殿は、我ら帝国と皇帝陛下にとっての大恩人。貴方様をなんとしてでも守り抜くことこそ、我らが使命と心得ております故」
「……そこまでいうのなら、期待するわ。あんたたちの活躍にね」
なにをいっても聞かないのなら、彼らのやる気が微塵も落ちないというのであれば、死ぬ気で戦うというのであれば、その背中を押してやる以外にはない。
「ジメオンは現在、こっちに向かって接近中。距離はまだまだ遠いけど、油断はできないわ。すべての攻撃手段が明らかになったわけでもないもの」
「つまり、ジメオンの攻撃からミリュウ殿、ダルクス殿を守り抜けば、我々の勝ちということですな」
「なんでそうなるの。あたしの攻撃が通用しなかった場合のこと、考えなさいよ」
「そのときは、全滅か撤退か。ふたつにひとつしかありませんよ」
帝国人の女がむしろ爽やかに告げてきて、ミリュウは憮然とした。
「ミリュウ殿の魔法が我々の召喚武装よりも遙かに強力である以上、ミリュウ殿の魔法が通じなければ、我々に勝ち目はないということです。無論、ミリュウ殿がジメオンに攻撃する好機を作るのが我々の役目ではありますが」
「そのためならば力の限りを尽くしましょうが、しかし、ミリュウ殿の魔法が通用しなかった場合、そのときは、マユリ様にいって撤退するほかありませんよ」
「……そうね。そのほうが、全滅するよりはいくらかましよね」
いいながら、そのときは、自分だけでもセツナの元に送ってもらうべきだろうと、彼女は考えていた。八極大光陣の完全な破壊はならないが、ここを除く七陣の破壊に成功したのであれば、ナリア討滅までの時間は十二分に稼げよう。セツナ単独ならば困難かもしれないが、ミリュウが力を貸せば、その限りではない。
もちろん、それは最終手段であって、現状、ミリュウはジメオンの撃破を諦めてはいない。
ミリュウが編み出した新たな術式が通用するかどうか。それだけの話だ。通用しなければ、現状、持ちうるあらゆる攻撃手段が通用しないということであり、全滅か撤退の二択になるという帝国人の話通りになる。が、通用しないとは、考えてもいない。
擬似魔法とは多少、いや、本質的に異なるものの術式を編み上げている。
それが完成するまでの時間を稼げるかどうか。
それが勝敗の分かれ目であり、ミリュウが苦い顔をしたのは、無数の殺気がこちらに飛来してくるのが分かったからだ。それは、ジメオンの超遠距離攻撃といってよく、遙か眼下より、無数の宝石が弾丸のように飛んでくるのが見えた。ジメオンが身につけていた宝石よりも遙かに多いということは、新たに作り出した宝石たちなのだろうが、凄まじい速度だ。直撃を受ければ、人体は容易く破壊されるだろうし、なにより、この浮島が危ない。
「護れ! ミリュウ殿を、ダルクス殿をお守りするのだ!」
「おうっ!」
武装召喚師たちが動く。特に遠距離攻撃が可能な召喚武装を持つものたちが浮島より身を乗り出し、弾幕を張った。飛行型の召喚武装の使い手たちもだ。一斉に眼下を攻撃し、殺到する宝石群をつぎつぎと打ち落としていく。だが、すべてを完全に破壊することは難しく、いくつかは浮島の下部に突き刺さり、浮島そのものを激しく揺らした。
ダルクスを見れば、彼は無言でうなずいてくる。浮島は、この程度では壊れない、とでもいうのだろう。
ジメオンの攻撃、その第二陣が来る。
今度は、無数の宝石の弾丸に砲弾とでもいうべき巨大な宝石の塊が混ざっていた。その飛行速度は、ほかの宝石群となんら変わらず、凄まじい速度で空を引き裂き、飛来してくる。武装召喚師たちは、まずその巨大宝石の破壊に取りかかり、その結果、先程より多くの宝石弾が浮島に突き刺さった。さらなる衝撃が浮島を揺らす。ダルクスは頭を振る。問題ない、と、彼はいっているのだ。ミリュウは彼を信じると、眼下に視線を戻した。ダルクスに目を向けている間に、帝国人たちの攻撃が苛烈さを増していた。
その理由は、ジメオンを視界に捉えたからだ。