第二千五百八十二話 大地母霊(四)
「攻撃可能なものは、あたしの指示に従って、あいつを攻撃するのよ。いいわね?」
ミリュウは、磁力場上の武装召喚師たちに向かっていった。ジメオンの聴覚がどの程度のものなのかは不明だが、おそらく、どれほど声を小さくしても聞こえるだろう。ならばいっそのこと、全員に聞こえるくらいの大声でも問題はない。とはいえ、飛行している武装召喚師たちが攻撃に参加できない以上、周囲のものたちに伝えるだけで十分であり、故に彼女は普通の話し声で告げたのだ。
「了解」
「はい!」
「なにか、打開策があるのですな」
「わかりました」
いくつもの返事を聞いて、彼女は目を細めた。
土天星ジメオンは、いまも悠然とこちらに向かって降下している最中だ。その降下速度たるや遅々たるものであり、ジメオンがこちらを完全に見下し、勝利を確信していることは明らかだった。あるいは、ミリュウたちの精神力を無駄に消耗させるべく、ゆっくりと移動しているのかもしれない。いずれにせよ、おかげでミリュウは、術式を編み直すことができていた。
擬似魔法の術式は、磁力場を作り出すために一度解いている。その擬似魔法は、ジメオンを討つためのものであり、すべての刃片を用いていたからだ。磁力場を作り出すには、そこから刃片を抜き出さねばならなかった。そして、再度構築し始めた術式は、先に編んでいたものよりもかなり弱い擬似魔法となっているが、致し方がない。必要なのは、ジメオンに擬似魔法が効果を発揮するのかどうかという確証であり、そのための実験を行わなければならなかった。そのための術式は既に完成している。
後は全員の攻撃態勢が整うのを待つばかりであり、彼女は、そのときを待った。
そして、そのときは、すぐに訪れる。
「攻撃開始!」
『おおーっ!』
ミリュウの号令と同時に帝国召喚師たちが一斉に召喚武装を駆使してジメオンを攻撃し、また、ミリュウ自身も擬似魔法を発動させた。様々な召喚武装の多様な攻撃が分霊に殺到する中、光の大粒が無数に出現し、ジメオンの包囲する。ジメオンは無反応だ。自分の勝利を確信したものには、ミリュウたちの破れかぶれの攻撃は、悪あがきにしか見えない。たとえそれがつぎの策のための一手であると理解していても、だ。
召喚武装による攻撃も擬似魔法による攻撃も、ジメオンの周囲に発生した黄金の障壁に直撃し、大爆発を起こしこそすれ、ジメオンそのものには痛撃にすらならなかった。ジメオンが余裕を持つのは当然だった。必然と言い換えてもいい。だが、それこそミリュウの思う壺であり、彼女は通信器を叩いて、マユリ神に合図を送った。戦神盤による空間転移は、ミリュウを含む合計五百二名、ひとり残らず目的地周辺の空中へと転送する。中空だ。当然、飛行能力を持たないミリュウたちは落下するが、眼下には地面があり、その高度も大したものではない。たとえそのまま自由落下しても死ぬことはなかっただろうが、ダルクスが一帯の重力を操作したことで、落下速度が和らぎ、ミリュウたちはなんの問題もなく地上に降り立つことに成功した。安堵したのは、ミリュウとダルクス以外の全員だろう。空を飛んでいた武装召喚師たちもつぎつぎと着地してくる。
「なるほど、これで――」
「いいえ、まだよ」
ミリュウは帝国人の言葉を遮ると、つぎに来る衝撃に備えた。この大地は、ジメオンの領域であり、支配物なのだ。ジメオンは、呼吸をするくらいの容易さで、この大地の形を変えることができる。それは、先程の攻撃でも明らかだったし、地上に転移したミリュウたちを見逃すジメオンではあるまい。
「来るわよ、吹き飛ばされないようにね」
「へっ?」
「なんです?」
帝国人たちが困惑を隠せない中、強烈な衝撃が、ミリュウたちの立っている地面を激震させた。揺れるだけではない。先程と同じだ。大地が切り裂かれ、巨大な裂け目ができあがる。言葉の綾でなく遙か奈落の底まで通じるような大穴は、まさに死の国への入り口そのもののように見えた。一歩踏み出し、落ち行けば、地獄の門も見えてくるだろう。死ぬということだが。
ミリュウは、自分の無事を確認し、つぎにダルクスを見た。屈み込んだ彼は、両手で地面に触れ、なにかをしているように見える。実際、彼はなにかをしているのだ。このミリュウたちを乗せた小島とでもいうべき足場の構築と維持のため、召喚武装を駆使している。
「ま、また落とされるかと思いましたが……?」
「い、いったい、なにがどうなって……」
「彼のおかげよ」
ミリュウは、ダルクスの有能ぶりを誇るように告げると、どよめく帝国人たちの反応に満足した。ダルクスは、戦闘経験の少ない帝国人武装召喚師に比較せずとも、戦闘経験も豊富で、ミリュウたちの足を引っ張ったことは一度だってないくらい優秀だ。彼の優秀さ、有能さについては、もっと知られるべきだと思っていたし、そのためにも彼が活躍することが嬉しかった。
なぜかは、わからない。
セツナでも、身内でもないというのに、どういうわけかダルクスのことが気にかかって仕方がなかった。境遇だって特別自分と関わりがあるものではないし、彼に同情するべき点など、あろうはずもない。彼は彼女の父オリアス=リヴァイアの右腕だった人物だが、ミリュウと関わりがあるとすればその点だけだ。そして、その点を理由に彼を気に懸けることなど、ありえない。
では、どういうことなのか。
ミリュウは、頭を振り、思索を打ち切った。いま、この場でそんなことを長々と考えている場合ではない。いまでこそ、ダルクスが強力な重力場で浮遊島を形成しているからいいものの、いつまでも持つものではない。このままではいずれ力尽き、ほとんど全員が地の底に墜ちるのが目に見えている。もっとも、そうなったらそうなったで八極大光陣の外に転送してもらえば死ぬことはないが、とはいえ、それでは意味がない。
分霊を討たねばならないのだ。
それも、ほかの七柱の分霊と同時期に討ち果たし、八極大光陣を完全に消し去り、再構築までの時間を限りなく稼がなければならない。でなければ、勝ち目がないのだ。
ナリアは、ただでさえ強力無比な神だというのに、八極大光陣は、その力を無尽蔵に増幅するという。ミリュウたちが反応すらできないまま、セツナの目の前で殺されたのも、八極大光陣の中にあったからだ。完全武装状態のセツナですら対応できないほどの力が爆発したのだろう。ミリュウは、死を知覚した記憶を想い出して、視線を移した。
ダルクスから、眼下の奈落へ。
地平の果てまで続く広大な大地に開いた大穴は、底が見えないくらいに深く、果てが見えないくらいに広い。ジメオンは都合二度に渡って大地を引き裂いた。つまり、大地の裂け目はふたつ存在するはずなのだが、見渡す限りではひとつしか認識できなかった。ふたつ目の亀裂が大きすぎて、ひとつ目の亀裂をも飲み込んでしまったのかもしれない。それくらい大規模な穴を開けたのは、ミリュウたちを今度こそ奈落の底に落とすつもりだったからだろうが、落ちてこないことに対して、そろそろ疑問を持っていることだろう。
それでもなお悠然としているに違いないが、だからといってなんの対策も用意せず、向かってくるとは思えない。
つぎ、上空まで浮かび上がってきたジメオンと相対したときこそ、ミリュウたちにとって最大最後の試練の瞬間となるだろう。
そして、そのときにこそ、決着をつけなければならない。
ミリュウは、ラヴァーソウルのすべての刃片を展開すると、無数の刃片の結びつきにより、呪文を構築させた。
研鑽の成果を見せるときは、いましかない。