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第二千五百七十五話 人形遣い(二)

 彼我の戦力差は、圧倒的だ。

 圧倒的にこちら側が相手側を上回っており、負ける要素など皆無だったはずだ。

 まず、動員している兵数が違う。敵がおよそ八十万の人間ばかりで、こちらは百二十万を越える神兵ばかりだ。こちらの兵が人間ばかりだったとしても、兵数で大きく上回っている。兵力差は、そのまま戦争の勝敗に帰結するものであり、通常、これだけの兵力差があれば戦う前から勝負は決しているものだ。しかも、こちらの兵が人間ではなく、神兵ばかりだということもあり、兵力差以上に絶望的といっていいほどの戦力差が生まれているはずだった。

 どう足掻いても、相手に勝ち目はない。

 神兵と人間は、生物としての力の差があまりにも大きい。

 人間は、たとえ心臓を破壊されずとも、多少斬られただけで死ぬし、強い衝撃だけでも命を落とす。ちょっとしたことでその生涯を閉じる、か弱い生き物なのだ。それに対し、神兵は、“核”を破壊されない限り、神が存在する限り、永久に近く、無限に長く生き続けることができる。たとえ首を刎ねられようとも、物凄まじい衝撃を受けようとも、どれだけ切り刻まれようとも、“核”さえあれば、瞬時に再生し、活動を再開する。また、神兵は人間のように食事や休息を必要としない。つまり、休むことなく戦闘を継続することができるという強みがあり、それだけでも人間との戦力差になりうる。

 それが神兵であり、ナリアが大帝国軍将兵のほとんどすべてを神兵に作り替えた理由だ。大帝国軍将兵が人間のままだったとしても、兵力差を考えれば、南大陸を制圧することは不可能ではなかっただろうが、しかし、人間は、神兵のようにはいかない。無制限に活動できるわけもなく、適度な休息や食事、睡眠を必要とした。そういった点が、ナリアの目的に適わなかったのだ。故に大帝国軍将兵は、神兵に作り替えられた。人間から神の兵に。

 それは彼らにとっても喜ぶべきことだったのかもしれない。

 彼らは、北ザイオン帝国との戦いですら、乗り気ではなかった。同じ帝国人であるが故の葛藤が、彼らの心を重くしていたのだろう。帝国人には、同族意識が強烈にあり、故にこそ数百年の長きに渡り、大きな混乱もなく秩序を維持し続けることができたのだろうが、そのために同族同士での殺し合いに乗り気になれなかったのだ。これでは、足手まといになりかねない。無論、ナリアを裏切るようなことはないにしても、だ。戦意が低過ぎれば、兵力差で上回っていても、敗れかねない。

 そういった人間故の弱さを排除し、ナリアの意思の赴くままに行動する駒にするべく、ナリアは、大帝国軍将兵をすべて神兵にしたのだ。加えて、二十万の鳥獣も神兵とし、戦列に加えた。百二十万の神兵のできあがりであり、大帝国軍は、おそらく世界最強の軍勢を得た。

 これならば、この軍勢ならば、世界を制することも難しくはない。

 ナリアはそう考えているようだったし、アーリウルもその考えを支持した。

 もっとも、ナリアには世界を制するつもりなどはなかった。

 ナリアが南ザイオン大陸を手に入れたがったのは、単純に旧ザイオン帝国領土のすべてを掌中に収め、管理したかったからだ。かつて、ナリアが始皇帝ハインとともに基礎を築いた帝国の領土は、世界崩壊の余波によって荒れ果て、混乱の渦の中にある。その混乱を収め、光明神ナリアの名の下に平穏と安寧に満ちた秩序をもたらそうというのが、ナリアの目的だった。そのためならば戦争を起こし、兵も民も犠牲にしても構わない。多少の犠牲には目を瞑ろう。それで帝国領土に真の秩序がもたらされるのであれば、なんの問題もない。

 そう、彼女の主は考えていた。

 そして、それを速やかに行うために、犠牲を最小限に食い止めるために、将兵一同を神兵と化し、神兵のみの軍勢を作り上げたのだ。神兵の力ならば、人間の軍勢など、容易く打ち負かし、あっという間に南大陸を制圧できるだろう。ナリアはそう想っていた。

 当初。

 当初、だ。

 しかし、南ザイオン大陸にセツナ=カミヤが現れたことをナリアが認識したことで、状況は変わった。

 セツナ=カミヤは、黒き矛、あるいはカオスブリンガーと呼ばれる召喚武装の使い手だ。それは、魔王の杖と呼ばれ、百万世界においてすべての神々に忌避され、嫌悪され、あるいは敵視される力の顕現であり、破滅的な力の象徴だという。

 ナリアは、聖皇復活の儀式が失敗に終わって以来、あるかどうかもわからないつぎの機会を待たなければならなかった。聖皇でなければ自身を在るべき世界に送還できない以上、何百年、何千年かかろうとも、待ち続ける覚悟をしていた。そのための帝国領土の再統一といっても過言ではない。帝国領土をもう一度、いや、今度こそ、光明神ナリアの名の下に統一し、帝国臣民の信仰を集めることでみずからの力とし、つぎの機会まで待ち続けよう。ナリアは、そう考えていたのだ。

 だが、魔王の杖とその護持者が南大陸に確認されたことで、ナリアは、あることを思いついた。

 それは、魔王の杖の力によって、このイルス・ヴァレそのものを滅ぼし、みずからをこの世界に縛る軛をも破壊するということだ。

 それならば、聖皇復活のためのつぎの機会を待つ必要が一切なくなる。しかも、何百年、何千年もかけて、あるかどうかもわからないつぎの機会とやらを待ち続けるよりも、確実な方法といえる。

 問題は、セツナが魔王の杖の力をそこまで引き出せるかどうか、だ。

 魔王の杖が世界を破壊できるかどうかについては、疑問も持たなかった。魔王の杖ならば、世界を破壊することくらい容易く行える。

 百万世界の魔王の力の顕現なのだ。それくらいできなくては、諸魔の根源とはいえまい。

 もっとも、その懸念は、セツナを確保さえすればどうとでもなるだろうということで片付いた。セツナさえナリアの手元に置いておけば、彼がいま魔王の杖を使いこなせなくとも、いずれ使いこなせるようになるのを待てばいい。それは、聖皇復活の儀式につぎの機会が訪れるのを待つよりも遙かに確実であり、堅実といってよかった。そのために世界が犠牲になるが、ナリアには関係がない。ナリアは、在るべき世界に還らなければならないのだ。ナリアを待つひとびとの元へ。

 熱望であり、悲願なのだ。

 アーリウルは、そのための手駒のひとつに過ぎない。

 世界を滅ぼす手伝いをしている、ということだ。

 もっとも、彼女たちは、そのことについてなんの感傷もなかったし、むしろ喜んでナリアの手足となって動いていた。

 このくだらない世界に引導を渡せるのだ。この呪わしく忌まわしい世界を滅ぼせるのだ。これほど嬉しいことはない。これほど、楽しいことはない。

 そのためならば、どのようなことだってしよう。

 そうして、彼女たちは、戦場に臨んだのだが、どういうわけか、圧倒的な戦力差を感じさせない戦闘が各所で繰り広げられていた。絶望的なはずの彼我の戦力差は、しかし、接戦という形で顕在化しており、戦力差などどこ吹く風で、敵軍が奮戦している。なにかがおかしい。なにもかもがおかしい。

 こちらは、神兵のみ百二十万の大軍勢であり、相手は八十万そこそこの人間ばかりの軍勢のはずだ。

 相手に神がついていることは理解しているが、それにしたって、神の一柱がこの広大な戦場のすべての将兵を加護できるとは思えない。そも、神の加護程度でどうにかなる戦力差ではないはずだ。神の加護を受けようと、人間は人間だ。致命傷を受ければそれまでだし、多少の傷が命取りとなり得るのが人間なのだ。神兵とは作りが違う。

 だというのに、神兵が押されているような戦域もあり、彼女たちは、上空で眉を潜めた。

 その目は、神兵を蹂躙する異形の戦士を捉えていた。




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