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第二千五百七十三話 絶望をもたらすもの(五)

 凍り付いた世界につぎつぎと撃ち込まれる氷弾と、その着弾によって生じる爆発、爆発そのものが瞬時に凍り付き、巨大な氷塊が形成されていく現象を目の当たりにして、マユラは、いまや遙か彼方にいる氷天星ディファに目を遣った。ディファは、いまもなお自身の周囲に氷塊を生成しては、マユラに向かって発射してきている。直撃を受ければ、マユラとてただでは済まないような威力と特性を持つ氷弾だ。マユラに向かって撃つだけで牽制になりえたし、実際そうなっているからこそ、彼はディファから遠ざかっている。

 氷弾に触れれば、いや、氷弾そのものに触れずとも、爆発に巻き込まれれば、マユラ自身も氷付けにされるだろう。分霊の力だ。分裂したマユラを多少なりとも氷付けにすることくらいはできよう。だからといって逃げ回っているだけでは、相手の思う壺だ。たとえほかの分霊がすべて討ち果たされ、八極大光陣が失われたとしても、ディファが生き残っているというだけで、状況がナリアに好転する可能性がある。八柱の分霊すべてを撃滅し、八極大光陣を一度完全に消滅させなければ、安心することはできない。

 マユラは、凍土の上を滑るように移動するのを止めて、地を蹴った。重力を無視して、中空に浮かび上がる。その動きに合わせて、無数の氷弾が迫ってくるが、彼は右腕を掲げて神威の壁を構築して見せた。氷弾は、見えざる力場の壁に激突し、爆発を起こすとともに凍り付く。さらに後続の氷弾がつぎつぎと着弾し、連鎖的に巻き起こる爆発によって、虚空に巨大な氷壁が構築されていく。やがて爆発音が止むまでの数秒間、凄まじいまでの爆発の連鎖が巻き起こり、マユラの視線の先にはとてつもなく巨大な氷壁が生まれていた。

 爆音が止んだのは、ディファがこれでは意味がないと悟ったからだ。牽制にもならない。が、時間稼ぎにはなっている。だから手を止めた。合理的な判断ではあるだろう。

 マユラは、大氷壁の向こう側でなにやら動きを見せているディファに向かって、両手を翳した。神威を収束させ、撃ち放つ。莫大な量の光が視界を染め上げ、大氷壁を容易く貫いて、ディファの元へ到達する。直撃。しかし、神威の光が貫いたのは、ディファ本体ではなかった。手応えがない。

(幻影か)

 神威の光が消えると、大氷壁の大穴の向こう側に何体ものディファの姿が浮かんでいることがわかり、マユラは目を細めた。ディファが攻撃の手を止めたのは、何らかの方法で幻影を作り、そこにマユラの意識を留め置くためだったのだ。その幻影はただの幻影ではない。力を持った幻影であり、マユラが疑念を抱かない程度には力が割かれていた。つまり本体は幻影の構築のためにかなりの力を浪費しているということなのだが、それだけの価値があると踏んでの行動だということでもある。

(どこだ? なにを狙っている?)

 もしかすると、ディファが時間を稼ごうとしているというのは、マユラの勝手な思い込みであり、勘違いだったのではないか。マユラがそう思い至ったつぎの瞬間、凄まじい速度で大氷壁が膨張したかと想うと、マユラを包み込んでいた。見れば、大氷壁から巨大な手が伸び、その掌中に捕らえられたことがわかる。さらに、見る見るうちに大氷壁が変化し、ディファそのものへと変形していく。つまり、巨大なディファだ。

 その変形を目の当たりにして、マユラは、ディファがなぜ幻影に力を割いたのかを理解した。冷気を司るディファは、みずからが作り出したものとはいえ、冷気の塊たる大氷壁と融合することで己の力を増大させることができるからだろう。おそらくは、だが。しかし、そうとでも考えなければ、納得のできない行動だ。わざわざ多量の力を費やしてまで幻影に釘付けにし、巨大化したのだ。なにがしかの利点がなければ、取るべき行動ではない。

 神との戦いだ。巨大化するだけで勝利できるようなものではないし、それくらい理解していないはずもない。

 神々の闘争は、質量の大小を競うものではない。大きいからといって強いわけではないし、小さいから弱いわけでもない。神の力とは、見た目にはわからないものだ。

 ただ、だからこそ、ディファが巨大化したのには、意味があると考えるべきで、彼は、ディファの右手に握り潰されそうになりながらその膨大化した力を認めた。ディファは、大氷壁と融合することで幻影に割いた以上の力を得ている。それは間違いない。

 そして、ディファは、想うままに力を振るい、マユラを握り潰した。

「いかに神といえど、大いなるナリアとは比べるべくもないのだ。我が負けるわけもない」

 巨大化したままのディファは、右の拳を見下ろし、勝ち誇るよう告げた。通常の何倍、何十倍もの体積を誇るその姿は、まさに氷の巨神というに相応しい。しかも美しくもあり、欠点のつけようがない見た目ではあっった。

「そうだな。それほどの力があれば、そう簡単には負けないだろう」

「なに? どういうことだ? なぜ、生きている?」

 ディファが狼狽したのは、確かにマユラを握り潰したという感覚があり、確信があったからだろう。だからこそ、ディファは勝ち誇り、余韻を愉しんだ。が、マユラは、握り潰されたまま、ディファの手の中からこぼれ落ち、中空を漂う霧の如く存在しており、故にディファの巨躯を眺めることができたのだ。

「なぜもなにもない。おまえではわたしは滅ぼせない。それだけのことだ」

「そんなことがあるものか! 我は、大いなるナリアが分霊、氷天星ディファなり!」

「それがどうした」

 ディファがその巨大な両手を胸の前で重ねる様を冷ややかに眺めながら、マユラは、元の姿に戻った。霧の如く漂い続けるのも不可能ではないが、それでは、ディファを斃せない。ディファの早急な撃破こそ、いまマユラに求められていることだ。

 ディファが周囲の大気を一瞬にして凍り付かせた。周囲だけではない。このディファの領域そのものが凍結し、時間さえも凍り付いていくかのような錯覚があった。当然、マユラも巻き込まれている。領域内のすべてを瞬時に凍てつかせる攻撃だ。避けようがない。ディファのとっておきの切り札、とでもいうべき攻撃なのかもしれない。これがもし、ランスロットやファリアといった人間が相手ならば、全滅していた可能性が極めて高い。

 ただし、マユラは、滅ぼせない。この程度では、滅びようがない。

「わたしは絶望だ」

 マユラは凍り付いた世界で告げた。

 瞬間、霧となって漂っている間にばら撒いていた神威が同時に膨張し、凍り付いた世界を粉々に破壊した。神威の暴走とでもいうべき現象は、氷付けの世界を徹底的に蹂躙し、破壊し尽くす。光の氾濫、光の暴走、光の乱舞――神威が見せる神々しい光は、ディファが生み出した氷の世界をあっという間に終わらせ、ディファの巨体もばらばらにした。ディファは、それでも滅び去ってはいない。元の姿に戻っただけであり、その姿に戻ってもなお、マユラを討つことを諦めようとはしなかった。再び氷弾を生み出しながら、両手に収束させた力を斧槍に変え、斬りかかってきたのだ。たとえばマユラが斬撃を紙一重でかわした瞬間にでも氷弾を叩き込み、氷結させるつもりだったのだろうが、マユラは、むしろ踏み込み、斧槍を受け止めて見せ、ディファの想像を越えた。ディファの胸元に手を翳し、神威を収束させる。

「馬鹿な――」

 それが、ディファの断末魔だった。

 マユラが発した神威は、ディファを塵ひとつ残さず消滅させていった。

 余韻さえ、残らない。

 絶望に余韻はいらない。

 絶望とは結果だ。

 決して覆らない結果。

 だからこそ、救いが必要なのだ。

 マユラは、虚空を見遣り、その先にいるであろうセツナを想った。

 彼の本当の絶望は、この戦いを勝利した先にこそ、存在する。



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