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第二千五百七十一話 絶望をもたらすもの(三)

「ナリアがいかに強大であろうと、分霊ならばわたしにも勝ち目があろうというものだ」

 光の円環が透明化したウォルグの体を拘束しているのを見遣りながら、マユラは告げた。ナリアの力は絶大だ。マユラとマユリが力を合わせたところで敵わない相手だろう。それは揺るぎようのない事実であり、認めるほかない。そして、否定する気も起きない。だが、その分霊がナリアと同じだけの力を持っているということもまた、ありえない事実なのだ。

 分霊とは、神の分身。だが、力は同じではない。分霊の元となる神より遙かに弱くならざるを得ない。同じならば、分霊を大量に生み出せば、ナリアはまさに絶対無敵の存在となりうるだろう。魔王さえ凌駕し、百万世界に覇を唱えることさえできるはずだ。しかし、ナリアはそのような手段は取らなかった。なぜならば、分霊の力の限界を理解しているからであり、分霊の数を増やせば増やすほどその力は小さくなり、また、自身の消耗も激しくなるからだ。

 八柱の分霊を生み出すだけでも、大したものだ。普通、それだけの数の分霊を生み出せば、消耗しすぎ、力の維持も難しくなるだろうが、八柱の分霊の力は均一であり、ナリアの力も存分に残っているのだ。普通では考えられないことだが、五百年もの長きに渡り、帝国の影の支配者として、歴代皇帝への信仰心をみずからの力に変換してきたのだろうナリアには、その程度造作もないことなのかもしれなかった。

「まだ、終わらぬ」

 ウォルグが完全なる透明化を解き、光の円環の中に透き通った体を出現させた。光の円環による拘束は、時間とともにきつく、強固なものとなっていく。さらに周囲に展開中だった円環がウォルグの拘束に続々と参加しており、胴体のみならず、手も足も首も翼も、なにもかも、光の円環によって束縛され始めていた。そんな中でウォルグは身動ぎしているのだが、マユラは、悪あがきにも見えなかった。

 ウォルグは、確かにナリアの分霊に相応しい力を持っているが、マユラの円環に拘束された以上、どうすることもできまい。この雲海の天地はウォルグの領域だが、光の円環の内側は、マユラの領域なのだ。

「終わりだよ、ウォルグ。おまえも、おまえの依り代も、これで終わりだ。終わりなのだ。それが絶望。その先はない」

「我は霊天星ウォルグ。我が力は、この程度ではない!」

 ウォルグが叫び、翼を広げようとした。力を解き放ち、マユラの円環を打ち破ろうとしたのだろうが、すべて無駄に終わる。マユラは、冷ややかなまなざしを注ぎ、右拳を左手のひらで覆うようにした。

「そうか。ならば、すべての力を明らかにする前に終わるがいい」

「なに……馬鹿な!」

 ウォルグが動揺し、狼狽を隠さなかったのは、この虚空に展開していたすべての光の円環がウォルグを包み込み、瞬く間に収束していったからだ。ウォルグの透き通った体もろとも一点に収束し、円環ですらなくなっていく。分霊の肉体を構成していた神の力もなにもかも、光の円環、マユラの領域の中に取り込まれていく。

「こんなことが――」

「あっていいはずがない……とでもいうつもりだったか?」

 脳裏に聞こえた断末魔に向かって、マユラは告げた。視線の先、雲海の狭間の虚空には、もはや光の円環の名残さえなかった。なにもない虚空が、そこにある。霊天星ウォルグと名乗ったマユラの分霊は、もはや跡形もなく消え去り、マユラの力へと転換された。

 神を滅ぼすことができるのは、黒き矛に代表される魔王の力だけだ。神々の闘争が不毛なものとなるのは、どれだけ力の差があっても、敗者の死という明確な勝敗がつかず、いくらでも食い下がることができるからであり、故に神々は無益で無意味な争いを嫌う。相反する信徒同士の争いから神々の闘争に発展することはあれど、神々が率先して相争うことは、基本的にはないのだ。そして、そうした信徒の争いから発展した神々の戦争は、明確な決着がつかなかった。敵対する神を滅ぼせないのだから、信徒たちが疲れ果てるまで戦い続けるしかない。つまり、信徒が諦めなければ際限なく闘争は続けられるのであり、そうした神々の争いによって歴史が紡がれている世界は数多にあった。

 しかし、分霊は別だ。

 分霊は、神の分身ではあるが、神そのものではない。

 神属ではないのだ。故に、神の力で滅ぼすことができたし、神以外のものでも、斃し得た。だからこそなんとかなっているのだが、これがもし、八つの塔にナリアに与した八柱の神が待ち受けていたとすれば、こちらには打つ手がなかっただろう。一柱一柱、セツナに滅ぼしてもらうほかない。が、そのような機会を与えてくれるナリアでもないだろうし、どうしようもなくなっていたのは疑いようもない事実だ。

 もっとも、絶対無敵の布陣たる八極大光陣は、ナリア自身の分霊が構築したからこそ効果を発揮したのであり、仮にナリアとは無関係の神々が八つの塔に鎮座していたところで、構築できるのは強力無比な結界であって、八極大光陣とはまったく異なる性質のものだっただろう。その場合、ナリアが八極大光陣によって絶対的な力を得ることもないため、八つの塔に戦力を分散する必要さえなかったかもしれない。

 八極大光陣によった絶対的な存在となったナリアを相手にするか、ナリアを含む九柱の神々を同時に相手にするならば、どちらのほうが増しかといえば、後者のほうが遙かに増しと断言できる。いずれにせよ、ナリアを滅ぼせばこちらの勝利だということに変わりはないのだ。神々を封殺し、ナリアだけを討ち滅ぼせばいい。それくらいならば、現有戦力でも可能なはずだ。

「それが、あるのだよ」

 マユラは、もはや自身の力の一部と成り果て、意識さえも消滅したウォルグの残滓が際限なく細分化されていく中、密やかに続ける。

「絶望とは、そういうものだ」

 やがて、ウォルグの残滓さえも消えて失せ、マユラは力の充溢を感じた。そしてその力をもう一体の自分に分け与えた。

「そうだろう、セツナ。絶望の深淵を覗き見たおまえにならばわかるはずだ。絶望は、どこからともなく顔を出し、動かしようのない結末を突きつける。その先にはなにもない」

 無明長夜。

 果てなく続く暗黒の闇と同じだ。

「なにもないからこそ、絶望なのだ」

 もし仮にその先に光が見いだせたならば、絶望ではなかったということだ。絶望とは、それほど安いものではないのだ。だからこそ、セツナは、あのとき、黒き矛の力を暴走させた。彼にとってのすべてに等しいものを失ったのだから、当然の結論といえるし、あのときの彼を責められるものなど、だれもいまい。マユリがなにもしなければ、ラミューリンがいなければ、間違いなくこの世界は滅び去っていたことだろう。

 もっとも、世界を滅ぼしたセツナが、その力でもってナリアを滅ぼそうとしないはずはなく、ナリアが八極大光陣を維持していたとして、イルス・ヴァレを滅ぼすほどの力に対抗できたかどうかは不明だ。ナリア自身は、八極大光陣さえあれば、たとえセツナが黒き矛の、魔王の杖の護持者としてのすべての力を解放したとしても耐え抜く自身があったからこそ、彼を暴走させたのだろうが。

 果たして、そう上手く行ったものかは、実際に試してみなければわからないことではある。

 つまり、ナリアも賭けにでた、ということだ。

 分の悪い賭けだが、つぎにあるかもわからない聖皇復活の機会を待つよりはずっといいと判断したのだろう。その判断自体、わからないことではない。

 特にナリアを始めとする皇神たちは、五百年以上もの長きに渡ってこの世界に囚われている。

 神々にとっては短い時間だが、神々を本来信仰しているひとびとにとっては極めて長い時間だ。神々の不在が、それら数多の世界にどれほどの影響を及ぼしているのか、想像するだに痛ましい。

 神々が本来在るべき世界への帰還を悲願とするのは、自分たちを信仰するひとびとを想ってのことだ。それがすべてであり、それ以上でもそれ以下でもない。

 神とは、ひとびとの祈りだ。

 故に、ひとびとを想い、ひとびとのために行動する。

 その結果、異世界がどうなろうと知ったことではないのだ。



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