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第二千五百七十話 絶望をもたらすもの(二)

「汝、絶望の神よ。何故、我らに徒なすのか」

 霊天星ウォルグと名乗った分霊は、数十枚もの透明の翼を広げると、翼と翼の間に神威を収束させ始めた。牽制というよりは、純粋な攻撃のためだろう。マユラが動けば、その瞬間に攻撃してくるつもりなのだ。その上で、問いかけてきている。

 マユラは、ウォルグの力を分析しながら、その戯れ言を聞くことにした。

「汝もまた、この地に囚われし異界の神ならば、ナリアと力を合わせ、セツナに世界を破壊させることに注力するべきではないのか」

 ウォルグの言には、一理あった。確かにウォルグのいう通りだろう。イルス・ヴァレとは異なる世界より召喚されたのがマユラであり、マユリなのだ。立場としては、五百年前、聖皇に召喚された神々とまったく同じといっていい。皇神とも呼ばれる神々は、召喚者にして契約者たる聖皇ミエンディア・レイグナス=ワーグラーンが命を落としたことで、契約に縛られ、元の世界に還ることができなくなっていた。マユラも同じだ。契約者たるオリアス=リヴァイアが死んだため、在るべき世界に還る手段を失い、この世に留まることを強いられている。マユラにせよ、マユリにせよ、皇神同様、本来在るべき世界に一刻も早く還りたいというのが本音なのだ。

 神は、ひとの祈りによって生じる。

 そして、その祈りを力とし、信仰者たちの望みを叶えることこそ、神の本質といっていい。つまり、本来在るべき世界において、その力を振るうことこそが神々のあるべき姿であり、異世界に留まり、力を発揮することに意味などないのだ。召喚に応じる必要さえなかった。なのに、マユラを始め、数多くの神々がイルス・ヴァレからの召喚に応じたのには、わけがある。

 いずれの神々もが、より大きな力を求めた。

 召喚に応じ、望みを叶えることによって異世界において信仰を広め、己の力を高める――それこそ、召喚に応じた神々の望みだろう。

 マユリとマユラがそうだった。

 より多くの願いを叶えるためには、より大きな力を必要とした。

 マユリは、希望によって衆生を救うために。

 マユラは、絶望によって衆生を救うために。

 立場も方針も違えど、力を欲する理由があり、故に召喚に応じる際、議論も生じなかった。そして、オリアス=リヴァイアの召喚に応じたはいいが、彼の召喚魔法は、聖皇のそれとは異なり、不完全なものだった。故にマユリとマユラは巨大な鬼の姿となって顕現し、その場に留め置かれることとなったのだ。

 もっとも、それはオリアスの失態ではなく、オリアスの思惑通りだったようだが。

 オリアスは、制御不能なほどに強大な神の力を利用したいとは想いながらも、制御できなくなることを恐れたのだ。故にマユラたちをあの地に縛り付けるような召喚方法を取った。ザルワーンの龍神と同じように、だ。しかし、いずれも、セツナと魔王の杖という予期せぬ存在によって打ち破られ、龍神は地の底に眠り、マユリとマユラは解き放たれた。それは、オリアスには想定外の事態だっただろうが、いまさらどうでもいいことだ。問題は、オリアスが死に、マユリとマユラを送還できるものがいなくなったということに尽きる。

 皇神たちは、聖皇が約束した復活を信じ、その日が来ることを待ち続け、実際にその日がきたのだが、オリアスは、そういうわけにはいくまい。聖皇は、神々の支配者だったというが、オリアスは、ただの人間だ。聖皇に呪われた人間の子孫に過ぎない。擬似召喚魔法を発明するほどの才能の持ち主ではあったが、所詮、人間は人間だ。復活のときを世界と約束することなどできるわけもなく、彼は死に、マユラとマユリが本来在るべき世界へ還る手段は失われた。

 永久に喪失された。

 ただひとつの方法を除いて、だ。

 その方法こそ、ナリアが取ろうとしている方法だ。

 つまり、イルス・ヴァレの滅亡。

 世界を滅ぼすことで、世界に記憶された召喚者との契約そのものを無効にし、在るべき世界に還ろうというのだ。

 確かにその方法を用いれば、神々は、容易く在るべき世界へ還ることができるだろう。

 そして、魔王の杖ならばそれが可能だ。

 かつて、セツナと初めて対面したときこそ、マユラに届きさえしなかった魔王の杖だが、セツナの肉体的、精神的成長によって、いまや神をも滅ぼす力を発揮するほどになっている。しかも、あのときとはまったく異なるのは、魔王の杖が完全なものになっているという点だ。あのときは、力を分かたれたことで、魔王の杖は不完全な状態であり、故にマユラは恐れる必要もなかったのだが、いまとなってはそうもいっていられない存在となった。

 完全武装状態のセツナと敵対するようなことがあれば、マユラは間違いなく滅ぼされるだろう。

 あのときとは、違うのだ。

 セツナは成長し、魔王の杖の護持者に相応しい存在となった。

 ただ、それでも、まだ足りない。まだまだ、世界を滅ぼすには足りない。世界とは、この天地だけではないのだ。宇宙そのものを指す。太陽があり、月があり、星々があり、暗澹たる黒い海の如き宇宙空間がある。それらすべてをひっくるめて、世界という。その世界を滅ぼすには、いまのセツナでは無理だ。完全武装状態となっても、世界を滅亡させるには圧倒的に力が足りない。

 だが、世界は一度、滅びに瀕した。

 あのとき、マユリがラミューリン=ヴィノセアに時を戻させなければ、この世界は滅び去っていただろう。

 それはなぜか。

 セツナが絶望の末、魔王の杖の力、そのすべてを解き放ちかけていたからだ。

 絶望。

 そう、絶望だ。

 絶望こそが、鍵となる。

 そして、彼は、絶望を司る。

 絶望の先の真実の救いを、司っている。

 されど、なればこそ、とは、想わない。

「残念だが、それはできない」

 マユラは、冷ややかに告げながら、指先で虚空を撫でた。円を描き、輪を作る。それは光の輪となって彼の視線の先に浮かび上がり、急激に膨張した。膨れあがる光の円環の中にさらに円環が生まれ、その中にさらに円環が生じ、その現象が際限なく続いていく。

「わたしはマユラ。マユリと表裏一体の双子神。マユリが望み、紡いだ約は、わたしもまた、護らねばならぬ故な」

 やがて光の円環がマユラ自身をも包み込むほどに成長すると、ウォルグが業を煮やしたように動いた。無数の翼の狭間に収束した神威を弾丸として撃ち出してくる。一斉に飛来した神威弾は、しかし、発生と膨張を繰り返す光の円環に激突し、そのたびに爆散していった。光の円環そのものが爆散したのだ。弾け飛んだ光は、周囲の中空で拡大し、円環を構築した。そして、無数の円環が膨張と発生を連続させていく。

 ウォルグは、膨張し続ける無数の円環には目もくれなかった。目くらましとでも判断したのだろう。そして、姿を消した。どうやら肢体が透明だったのは、そうやって風景に溶け込み、視覚で捕捉できなくするためのようだ。実際、風景に溶け込んだウォルグを目だけで探し出すのは困難だった。

 が、マユラの周辺空域には、光の円環が際限なく膨張と発生を繰り返している。雲海と雲海の狭間の虚空を光の円環が埋め尽くすの時間の問題だった。ウォルグが光の円環を攻撃して排除しないのは、破壊しても円環を増やすだけだということを理解したからだろうが、その結果、マユラは、完全に透明化したウォルグの居場所を精確に把握できていた。

 虚空を埋め尽くす無数の光の円環に触れずに移動することは、不可能に近い。ウォルグがいくら透明化しようとも、質量が消滅しているわけではないのだ。肢体であれ法衣であれ翼であれ、いずこかの箇所が光の円環に触れ、その瞬間、マユラに知覚させるのだから、どうしようもなかった。

 マユラは、ウォルグの不規則で予測不能な移動を把握しながら、右手で虚空を掴んだ。

 すべての光の円環が急速に収束していく。

 そして、そのうちのひとつが、ウォルグを捕らえた。



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