表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2570/3726

第二千五百六十九話 絶望をもたらすもの(一)

(なるほど)

 マユラは、厳かにひとり納得した。

 半神たるマユリから伝わってくる情報と自身が得た情報を統合したことでわかったことが、いくつかある。そのいくつかというのは、ナリアの分霊に関することだ。

 ひとつは、八柱の分霊は、塔の内部に広大な領域を構築しているということだ。塔の外観からは想像もつかないほどの広さを誇る領域は、いわばひとつの結界のようなものであり、神域に等しい。ただし、神域ほどの強制力は持っていない。おそらく、八極大光陣を構築するための要素であり、八極大光陣こそ、ナリアの神域なのだろう。

 分霊の領域は、分霊ごとに異なる光景を展開している。ランスロット=ガーランド率いる第一陣が入り込んだ領域は、灼熱の炎天下だといい、ファリア=アスラリア率いる第二陣は、雷雲の世界に入り込んでいる。ほかにも暴風逆巻く領域であったり、膨大な水の中であったり、と、どうやら分霊が司る性質、属性に応じた領域が展開されているようだ。

 つまり、灼熱の領域は炎や熱を司る分霊がおり、雷雲の領域には雷光を司る分霊がいるに違いない。

 では、マユラが担当したふたつの領域は、どうか。

 ひとつは、空気もなにもかもが凍てついた領域であり、冷気を司る分霊がいると想定できた。もうひとつは、よくわからない。雲海のようだが、雷雲でもなければ、雨雲でもなかった。幻想的とさえいえる雲海のただ中より発せられた迎撃手段からも、分霊の正体は掴めなかった。攻撃手段は、分霊らしく、神威によるものであり、そこに特徴もなかったのだ。

 また、分霊は、受肉しているということもわかっている。

 神にせよ、その分霊にせよ、通常、肉体を持たない。故に物理的に世界に干渉できないのだが、受肉――つまり肉体を得ることで、物理的な干渉手段を持つ。受肉する方法はいくつかあり、一番手っ取り早いのは他の生物の肉体を依り代とすることだ。受肉することによる利点は、物質世界への物理的な干渉が可能になるということであり、神の強大な力を想うままに振るうことができるということだ。難点は、なにがしかの制限が生まれるという点。これに関しては、神によって異なるものであり、場合によっては制限が制限ではなかったりすることもある。

 もちろん、受肉せずとも、物質世界に干渉する方法もある。マユラやマユリがそうしているように、だ。受肉しないことで制限なく力を使うことができるが、物質世界に干渉できないことによる不都合が起きる可能性もあり、必ずしも万能とはいえず、場合によっては受肉したほうがいいことも少なくはない。

 ナリアの分霊たちは、ザイオン皇家の人間を依り代としているようだが、それは、まず間違いなく波長が合うからだ。ナリアは、始皇帝ハインに力を貸し、帝国の建国に尽力したというが、それも波長が合った故に違いない。そしてそのハインの子孫たるザイオン皇家の人間とナリアおよびナリアの分霊たちの波長が合うのも、理屈に適っている。波長が合う肉体を依り代にするのは、神や分霊ならば当然のことだったし、ならばこそ、ナリアは思う存分力を振るうことができているのだ。

 八柱の分霊による八極大光陣が、なぜ、ナリアの力を際限なく高めることができるのかは、わからない。分霊とはすなわち神の分身、化身のようなものだ。ナリアが生み出した八柱の分霊たちが八方向に分かれ、陣を構築するだけで、なぜ、ナリアの力は極大に膨れあがるのか。原理は不明だが、現実にそうなった以上、これを打ち破る以外に勝機はない。すべての力を引き出したセツナでさえ、対応しきれなかったのだ。

 八極大光陣中のナリアを打ち破ることは、おそらく、もう一柱の大神エベルや、最盛期のヴァシュタラの力を持ってしても不可能なのではないか。

 故にこそ、どのような犠牲を払ってでも八極大光陣を打ち破らなければならない。

 マユラは、目を細めた。雲海に動きがあったのだ。霊妙な光を帯びた白雲の奥底から迫り来るものがある。すわ分霊かと身構えた彼の前に姿を現したのは、異形の戦士たちだった。人間のような五体を持つものの、決して人間ではないと一瞥しただけではっきりとわかる。まず、透き通った肉体は、人間のそれではなかった。皮膚から筋肉から臓器から、なにからなにまで透き通っていて、人間の目には映らないのではないかと思えた。ただし、マユラの目は誤魔化せない。どれだけ周囲の風景に溶け込んでいても、マユラの、神の目を欺瞞することなどできるわけもなく、三十体もの透き通った戦士たちは、訝しむようにして、異様な形状の翼を広げた。マユラが反応したことが理解できなかったのかもしれない。

 透明な戦士たちは、この領域を司る分霊が生み出した戦力なのだろうが、マユラの相手にしてはあまりにも力不足だった。

 彼は、透明の戦士たちを黙殺するようにして雲海に視線を落とすと、そのまま雲海に飛び込んだ。すると、透明の戦士たちが怒気を発し、追いかけてくる。雲海の狭間、マユラの思考を阻害する無数の信号を探知し、彼は憮然とした。この雲海は、分霊の得意とする領域なのだ。後先考えずに飛び込むのは、少々、やりすぎだったかもしれない。

 後方から、殺気が迫り来る。透明な戦士たちが投げ放ってきたものらしい。感覚だけで投槍と判断する。両手を振り翳し、投槍を制御、返し矢の如く投げ返し、五体の頭部を粉砕する。その間もマユラの降下は続く。霊気を帯びた雲の群れをただひたすらに下りていく。上方からの攻撃は止まず、下方からもさらに透明の戦士が上昇してくるのがわかって、彼は、内心苦笑せざるを得なくなった。

(少々、見くびりすぎではないか)

 分霊とはいえ、マユラよりも強大な力を持った神であるナリアの分霊なのだ。もっと、マユラの力を精確に分析し、把握するものかと想っていたが、どうやら、案外そうでもないらしい。いや、もしかすると、八極大光陣の構築に注力するあまり、ほかが疎かになっているのではないか。だからこそ、透明戦士を作りだし、防衛に当たらせているのではないか。

 だとすれば、人間たちにも十二分に勝機はある。

 マユラは、上空から飛来する無数の投槍を制御し、下方から彼を迎え撃つべく現れた透明戦士を尽く打ち落とすと、上方に向き直った。下降を続けながら、上方に向かって両手を翳す。すべての透明戦士を射程に収め、力を放つ。光が視界を塗り潰したかと想った瞬間には、すべての透明戦士の気配が消滅した。マユラの力を持ってすれば、たやすいことだ。

 下方に向き直ると、ようやく分霊も考えを改めたらしい。

 雲海が開けた。

 が、雲海が尽きたわけではなかったことを理解して、彼は、なんともいえない気分になった。

 雲海を抜けた先には、広大な虚空があったのだが、その下方にも莫大な量の雲が群れをなし、空の果てまで続く雲海を形成していたのだ。

 つまり、頭上と眼下に雲海があり、その狭間の虚空に辿り着いたというわけだ。

 そして、そのだだっ広い虚空の中心にそれは浮かんでいた。透明戦士と同じく透き通った肢体は、それこそ、戦士たちを生み出した源だからだろう。しかしながら、飾り気のなかった戦士たちとは異なり、それは、全身を華やかに飾り立て、神の如く振る舞っていた。人間の男のような容貌は、人間を依り代としたことの影響だろうが、全体としては人体を大きく変化させている印象を受ける。無論、印象だけではない。本質的に人体とは比べものにならない変化をしているはずだ。空を飛ぶための異形の翼がその背を飾り、透明な法衣が幾重にもその透き通った肢体を包み込んでいる。法衣も、肢体も、なにもかも透き通っているのだから飾り立てることに意味を見いだせない。

 ナリアの分霊。

「我は光明神ナリアが分霊、霊天星ウォルグなり」

 告げ、それは翼を広げた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ