第二千五百六十八話 激闘の大地(六)
「わたしは、皇位継承以前から今日に至るまで、この異形の姿を隠してきた」
ニーウェハインは、敵の群れを一掃すると、再生真っ只中の神獣や神人に向かってさらなる攻撃を加えていく中で、語り始めた。彼の声は、決して大きいわけではない。しかし、騒音も凄まじい戦場の中にあって、彼の声はだれよりもはっきりと聞こえた。だれの耳にもはっきりと届いていた。この戦線以外のすべての戦場にいるすべての帝国軍人の耳にも、しっかりと届けられているに違いない。
マユリ神の粋な計らい、というべきか。
ニーウェハインの声は、マユリ神に届き、マユリ神は、戦神盤を通して全戦域にいる全将兵に彼の声を伝えてくれているのだ。神ならばこそなせる業であり、ニーナは、マユリ神に強く感謝した。皇帝ニーウェハインの肉声こそ、帝国軍人を奮起させる力となるに違いないからだ。
「そのことを詫びはすまい。必要な処置だったからだ。そして、必要だからこそ、わたしはこの姿を皆に曝そう。白日の下に曝そうではないか」
ニーウェハインの右手、五つの龍の首の如き指先から放たれる無数の光弾が、神人や神獣の再生を阻害し、露出した“核”を的確に撃ち抜いていく。圧倒。まさに圧倒というほかない戦いぶりは、局地的ではあるものの統一帝国軍を優勢に導きつつある。もちろん、それでも大帝国軍の兵数は膨大であり、ほんのわずかに削り取ったに過ぎないが、それにしたって、ニーウェハインの力は凄まじいものだ。彼ひとりでこの陣地周辺の戦局を塗り替えている。
「この異形を見て、わたしを皇帝に相応しくないと想うものもいるかもしれない。嫌悪や違和を覚えるものもいるだろう。それはそれでよい。わたしはわたしだ。統一ザイオン帝国皇帝ニーウェハイン・レイグナス=ザイオンなのだ。わたしは、わたしの意思でここにいる」
ニーウェハインが言葉を紡ぐたび、統一帝国軍の将兵たちが様々な反応を見せる。だれひとりとして、ニーウェハインの想いを無下にしようとはせず、むしろ、その想いにこそ応えようと動いた。ニーウェハインの猛攻によって打ち砕かれた神獣や神人の元へ追撃を行い、つぎつぎと撃破していく。彼らのその反応こそ、ニーウェハインを皇帝と認める意志の表れだろう。
「だれの命令でもない。わたしの意志だ。わたしの魂が叫ぶのだ」
ニーウェハインの元へ、敵軍の攻撃が殺到する。絶望的とさえいえるほどの集中攻撃。神人や神獣が放った破壊的な光線は、虚空を切り裂き、凄まじい圧力をもって戦場を白く塗り潰す。ニーナがはっとする間もなかった。一瞬にしてニーウェハインを包み込んだ光が消し飛び、彼の無事な姿が露わになったからだ。彼がどうやって神人らの光線を吹き飛ばしたのかはわからない。わからないが、ニーウェハインは、まったくの無傷であり、巨大な黒き翼を広げ、右腕を空高く掲げていた。
「皆を、帝国の臣民を守り、帝国の敵を討て、と。わたしの命が吼えるのだ」
上空から迫り来る神鳥の群れに対し、ニーウェハインの右腕が猛威を振るった。五首の龍が咆哮し、五条の光芒でもって神鳥の群れを薙ぎ払って見せたのだ。五本の光線は、神鳥の強靱な肉体を容易く切り裂いていき、何体もが上空で蒸発するように消えて失せた。“核”が貫かれたからだろう。“核”を破壊し損ねた神鳥たちも、再生のためにその場に留まらざるを得ず、そこに将兵の攻撃が殺到し、つぎつぎと空中で霧散していった。
「故にわたしはここにあり、ここにいる。わたしは、ニーウェハイン・レイグナス=ザイオン」
彼は告げ、再び地上の敵戦力に攻撃を集中した。ニーウェハインは、たったひとりだけ、まるで次元の違う存在であるかのようにその圧倒的な力を発揮し、ニーナですら唖然とするほどの戦果を上げていく。その凄まじい戦いぶりには、帝国軍人のだれもが度肝を抜かれ、あるいは狂喜乱舞しただろう。
そこには、帝国皇帝に相応しい姿があった。
ザイオン帝国の皇帝とは、いうなれば神だ。
帝国臣民は、皇帝を神の如く崇め称えるよう教育され、それが真実であると信仰する。皇族は神の一族であり、皇帝は神の一族の長にして、唯一無二の神である、と。ニーウェハインのいまの姿は、まさにそれだった。強大な力を持つ神人や神獣を圧倒する、軍神とも戦神ともいうべき姿。その姿は、禍々しくも神々しく、ニーナは、しばしば見取れた。見惚れざるを得なかった。
「ザイオン帝国皇帝として、そなたらを護り、そなたらを勝利へと導かん」
ニーウェハインの宣言に歓声があがる。戦意はいや増し、士気は限りなく高まっていく。ただでさえ、ウォーメイカーによって高められていた戦意が、ニーウェハインの言動によって極限に引き上げられたものだから、戦場は、まるで統一帝国軍が勝利しているかのような色に染まっていた。
ニーウェハインの想いは、この戦場のみならず、すべての戦場に展開する全統一帝国軍将兵に伝わり、ほとんどすべての将兵が呼応したであろう。統一帝国軍という、つい先日まで西と東に分かれ、相争っていた組織が、いままさにひとつになろうとしている。
打倒すべき敵を前にすれば、啀み合っていたものたちも手を取り合うものだが、その状況からさらに一歩も二歩も踏み込み、皇帝ニーウェハイン・レイグナス=ザイオンの名の下に統合されようとしているのだから、ニーナとしても感激するほかない。立派に皇帝をやって見せているニーウェハインの姿には、畏敬の念を覚えずにはいられない。
(これなら)
これならば、勝てるのではないか。
この圧倒的な兵力差も、絶望的なまでの戦力差も、否応なく高まっていく戦意と士気が、統一帝国軍将兵の想いが、愛国心が、跳ね返し、上回ってみせるのではないか。
インペリアルクロスの能力を全開にして、神獣の群れを吹き飛ばしながら、ニーナは想う。
兵力さも戦力差も、絶望的というほかない。自軍は八十万、対して敵軍は百二十万という大軍勢であり、数の上だけでも勝ち目は見えない。しかも敵軍を構成するのは、神化した化け物ばかりであり、並大抵の攻撃は受け付けず、攻撃を受けたとしても、それがどのような傷であれ、“核”さえ無事ならば瞬時に再生してしまう。無限に近い活動力を持ち、永久に等しい生命力を誇る怪物たち。自軍の戦力は、全員、人間だ。武装召喚師は千名たらずであり、召喚武装使いを含めても、敵戦力を圧倒できるほどではない。女神による加護、召喚武装による支援を得て、ようやくある程度の戦いに持ち込める、といった具合だ。
勝てるかどうかといえば、負ける公算のほうが強かった。
これは、軍議の段階でもいっていた話だ。
統一帝国軍には、勝ち目が薄い。よって、防御を固め、できる限り戦力を失わないよう、時間を稼ぐことを念頭に置いて戦うべきである、と。
端からこの戦いに勝つつもりはないのだ。あるのは、時間を稼ぐ必要性だけであり、大帝国軍の戦力を野放しにしないことだけだ。そのための戦力であり、そのための決戦といっていい。
統一帝国軍が負けさえしなければ、全滅さえしなければ、勝てるのだ。
勝利とは、この戦場で大帝国軍を殲滅することではない。それは不可能なのだから、端からあり得ない話だ。
勝利とは、女神ナリアを討つこと。
それ以外には、ない。それだけがすべてであり、それ以上でもそれ以下でもなかった。ナリアを討ち滅ぼすことさえできれば、この地に満ちた百万以上の神人たちも力の源を失い、活動を停止する。逆をいえば、ナリアを滅ぼせなければ、神人は永久に近く活動を続け、この南ザイオン大陸を蹂躙し続けるだろうということだ。そして、神人たちによる蹂躙を防ぐためにも、統一帝国軍は戦力を展開しなければならなかったのだ。
セツナたちがナリアを討ち滅ぼしてくれるのだから、と、統一帝国軍が戦力を展開していなければ、いまごろどうなっていただろうか。
想像するだにぞっとしない。
ニーナは、ニーウェハインの勇姿を眺めながら、頭を振った。
激戦は続く。