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第二千五百六十七話 激闘の大地(五)

 ニーナ・アルグ=ザイオンは、ニーウェハインが掲げた右腕が突如黒く膨張するのを見ていた。

 異形化して以来ひた隠しにされてきたニーウェハインの右半身が、拘束具とでもいうべき重装甲を吹き飛ばし、白日の下に曝されたのだ。無論、完全に隠蔽することのできない情報ではあったし、ニーナを始めとする重臣には知らされていた。それらの口から外部に漏れることを恐れてもいない。ニーウェハインが己の右半身を隠し続けてきたのは、その異形がひとに与える印象を考慮したものであり、威圧感や嫌悪感を与えかねない姿によって皇帝として威厳、神秘性を失うことを恐れてのものだ。噂だけならば、むしろ皇帝の神秘性を高める可能性もあり、放っておけばいいと彼は判断していたのだ。

 しかし、実体は明らかにはしなかった。どのような事態になったとしても、隠し続けてきた。異形の怪物と見做されてもおかしくはない姿だ。ニーウェハインが隠し通すのは皇帝という立場を鑑みれば、当たり前のことといってよかった。秩序のためだ。西ザイオン帝国、統一ザイオン帝国の秩序を維持するためならば、ニーウェハインはどのような手段も講じた。ミズガリスを赦したのもそれだ。すべては、この大陸に真なる秩序をもたらし、先帝の恩に報いるため。

 そして、いま彼がその異形化した半身を明らかにしたのもまた、秩序のため、だろう。

 統一帝国の秩序を乱し、破滅をもたらさんとする敵を前にすれば、異形の半身など、怪物めいた姿などどうだっていいのだ。敵は、さらなる異形だ。神人とも呼ばれる、人間としての意識を失った完全なる化け物たち。一方、ニーウェハインには自我があり、意識がある。どちらが人間でどちらが人外の怪物なのか、一目瞭然だ。いまならば、いや、いまこそ、ニーウェハインは己の半身を明らかにするべきときだと判断したのだろう。

 ニーウェハインに飛びかかった神人を捉えたのは、黒の奔流。異界化した右腕の先、手の平が神人の腹を貫き、手首や腕、肘から伸びた無数の突起が神人の巨躯をずたずたに切り裂いていく。一瞬にして数多の肉塊へと変えると、露出した“核”を肩から伸びた黒い突起物が突き破り、神人の生命活動を終わらせた。ニーウェハインは、そこで止まらない。立て続けに別の神人の横顔を殴りつけて吹き飛ばし、腕から無数の突起物を伸長させ、周囲を薙ぎ払って見せた。多数の神人、神獣が巻き込まれ、転倒すると、そこに兵士たちが群がり、つぎつぎと得物を突き刺していく。

 何体かの神人が消滅するのを見届けると、ニーナは、声も高らかに告げた。

「ものども、陛下に続け! ザイオン帝国の力、見せつけてやるのだ!」

 檄を飛ばしながら、ニーナも戦場の真っ只中に飛び込んでいる。普段以上の身体能力が彼女の肉体を躍動させていた。

 身に纏うは召喚武装インペリアルクロス。帝都に保管されていた召喚武装のひとつであるそれは、彼女の心身によく馴染んだ。名称からして、そうだ。帝国のため、皇帝に忠を尽くすために召喚された甲冑は、彼女が保管庫を見回っているとき、ふと目に止まったものだった。まるで甲冑自身に呼ばれているような、そんな気がしのだが、手に触れてみたとき、瞬時に理解した。インペリアルクロスは、ニーナとの邂逅を待ち望んでいたのだ、と。だからこそ、蔵の暗闇の中で眠り続けていたのだ、と。

(いくぞ、インペリアルクロス。いまこそ、帝国のため、皇帝陛下のため、力を振るうときだ!)

 彼女は胸中吼え、大総督という己の身分、立場など忘れ去ったかのようにして、神人に躍りかかった。インペリアルクロスは黒金の甲冑だ。その名は、その背に負った大きな十字の装飾や、甲冑の各部に見受けられる十字の飾りに由来しているという。十字飾りは、籠手の側面にも存在し、ニーナが神人の腹に拳を叩き込んだ瞬間、その十字飾りの一部が急速に伸長し、神人の巨体を吹き飛ばした。さながら杭を撃ち込むが如き一撃は、しかし、神人の腹に大穴を開けただけですぐに再生し、塞がれてしまう。

 が、舌打ちしている暇はない。敵は、吹き飛ばした神人だけではないのだ。数え切れない物量が押し寄せてきている。その真っ只中に飛び込んだのだ。吹き飛ばした神人には目もくれず、すかさず左手で拳を作り、力を集中させる。飛びかかってきた奇怪な白い獣が四つに開いた口の中に拳を叩きつけると、つぎの瞬間、神獣の頭部が爆砕した。瞬時に復元を始める神獣の胴体に右の拳を叩きこみ、さらに爆砕させる。すると、再生し始めた胴体の隙間に“核”が覗く。ニーナは透かさず足刀を放ち、“核”を粉砕した。甲冑を纏っただけの、ただの攻撃ではない。インペリアルクロスの能力だ。

 精神力を収束させ、破壊的な力に変換し、打撃の瞬間に解き放つ。単純だが、その分、使い勝手がいい。インペリアルクロスの全形態で使えるという点を鑑みても、基本となる能力といっていいだろう。

 神獣の撃滅を確認する間もなく、周囲から無数の殺気が飛来するのを認め、ニーナは、両腕を胸の前で重ねた。意識を集中させ、能力を発動する。直後、ニーナ目がけて飛来した触手の如き白い物体群が、彼女の目の前の空間に激突し、けたたましい音を立てた。見えざる障壁がニーナを包み込み、ニーナへの攻撃を遮断したのだ。神人の触手たちは、障壁ごとニーナを押し包もうとするが、つぎの瞬間にはどこからともなく吹き荒れた力によって一掃されていた。ばらばらに千切れて飛び散り、空中で再生しては吹き飛ばされていく。強大な力の嵐。ニーナも、障壁の中にいなければ巻き込まれていたのではないかと想うほどだった。

 見れば、中空に浮かぶニーウェハインが右手をこちらに向かって掲げていた。巨大化し、黒く変容した右腕は、そこだけが別の生き物のように見えた。まるで龍だ。それも何体もの黒き龍がひとつに纏まり、ニーウェハインの右腕を形成している――そんな感じを受けたのは、五本の指がまさに五つの龍の首そのものに見えているからだ。そして、ニーウェハインの背には、一枚の翼があった。黒き片翼は、とてつもなく巨大であるとともに美しい光沢を帯び、どこか神々しささえ感じられた。恐怖はない。それがなぜなのか、ニーナにはわかりきっている。

 ニーウェハインだからだ。

 ニーウェハインがニーナを裏切ることなどあり得ない。生まれたときから今日に至るまでの間、一度だって裏切ったことがあっただろうか。そんなありもしない空想に苛まれるほど、ニーナは幼くはないのだ。故に彼女は、ニーウェハインが悪魔の如き威容を見せつけてきても、たじろぐようなことさえなかった。

「なんだあれは……?」

「あれが……陛下?」

「あれが陛下のお力……なのか?」

 ニーウェハインの真実を知らないものたちが口々に怪訝な声を上げる中、ニーウェハインは、五首の龍の首を持ち上げた。彼の指先が龍の頭になっているのは、どういう理屈なのか、皆目見当も付かない。そもそも、異界化とはどういう意味なのか。いや、無論、それがニーウェハインがかつて愛用していた召喚武装エッジオブサーストの能力によるものだということは、知っている。だが、異界化が意味するところは、正直な話、いくら聞いてもよく理解できていなかった。

 ニーウェハインがいうには、異世界そのものになった、というのだが。

「そうだ。これがわたしだ。わたし、ニーウェハイン・レイグナス=ザイオンなのだ」

 五首の龍が吼えるとともに迸った光が、敵陣を飲み込んでいった。


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