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第二千五百六十六話 激闘の大地(四)


「行くぞ」

 ニーウェハインは、言い捨てるなり、馬を駆って陣地より出撃した。

 ニーウェハインたちが転送されたのは、ディヴノアを本陣として南ザイオン大陸北西部一帯に急造された統一帝国軍仮設陣地群の中で、北部中央陣地と呼ばれる陣地だ。大小無数に存在する統一帝国軍仮設陣地群は、ディヴノアを中心として半円を描くように築き上げられている。その中でも特に移動城塞に近い場所に位置する陣地であり、もし移動城塞から敵軍が出撃すれば真っ先に戦場となり、激戦地となることが想定されていた。そのため、ほかの陣地よりも多くの武装召喚師が配置されており、周囲の陣地との連携もしっかり取られるよう考慮されていた。

「皆のもの、陛下に続け!」

 ニーナが鋭く叫び、彼女もまた、ニーウェハインに続いて陣地を出た。ニーナも、金と黒を基調とする甲冑を身に纏っているのだが、彼女のそれは、帝都に封印されていた召喚武装のひとつであり、そのため、戦闘用とは思えないほど派手な装飾が見られる。名をインペリアルクロスというのだが、とある武装召喚師が帝国に忠を尽くすために呼び出し、命名されたという。もっとも、その武装召喚師は、インペリアルクロスの性能を引き出しきることもできずに落命し、結果、取り残された甲冑は堅く封印されることとなった。

 帝都にはそのようにして遺された多数の召喚武装が封印されていたのだが、統一帝国政府は、それらを有効活用するべきだと考え、封印を解いた。なにせ、かつて二万人もいた武装召喚師の数は、いまや四千名あまりにまで激減しているのだ。統一帝国の領土は、旧帝国の半分以下とはいえ、それでも治安維持のためにも戦力は多ければ多いほうがよかった。帝国臣民の平穏を脅かす存在は、“大破壊”以前よりも増大している。であれば、戦力の確保に全力を注ぐべきだとニーウェハインたちは考えた。その結果のひとつが、封印された召喚武装の解放であり、それら召喚武装の使い手の育成だった。

 ニーナは元々武勇のひとだ。剣、槍、弓――様々な得物を習熟し、その実力たるや、忌み嫌われながらも騎爵に叙任されるほどなのだ。そんな彼女にしてみれば、召喚武装の使い手に名乗りを上げるのは当然のことだったのだろうし、ニーウェハインも反対はしなかった。ニーナが自身の身を守る上でも召喚武装の使い手となることは、好ましいと考えられたからだ。それにニーナならば、ニーウェハインが手取り足取り教えられる。実際、ニーウェハインの教え方は、ニーナには感覚的にもわかりやすかったらしく、彼女は、あっという間に召喚武装使いとして成長していった。

 彼女ほど容易く召喚武装を使えるようになった人間は、そういないのではないか。

 それくらい、ニーナの飲み込みは早く、ニーウェハインは舌を巻いたものだ。ニーナは、武装召喚術を学んだとしても、ニーウェハイン以上の才能を見せたのではないか。そのことを惜しいと想ったりもしたが、いまさら武装召喚術を学んでいられるはずもない。ニーナに相応しい召喚武装が見つかり、相性もいいことが判明したいま、それで十分だろう。

「陛下の御前ぞ! 命を惜しむな、名を惜しめ!」

 馬上、将校が叫ぶ。将兵たちが喚声を上げてそれに応え、敵味方乱れる戦場へと突貫していく。

 その先陣を切るのがニーウェハインであり、彼は、神人と組み合っている味方兵士の頭上を馬で以て飛び越えるなり、戦場の隙間に着地した。軍馬も女神の加護を受け、ただならぬ力を発揮しているのだ。とはいえ、戦力に数えられるようなものではなく、彼は、速やかに馬を下り、馬が陣地に転送されるのを見やりつつ、その場から飛び退いた。神人の海とでもいうべき戦場の真っ只中だ。一瞬の気の緩みも許されない。

 どこを見ても神人、神人、神人。神人ばかりが視界を埋め尽くしている。白濁した異形の怪物たち。帝国軍人の成れの果て。人間の頃の面影をほとんど残していない変わり果てた姿を目の当たりにして、ニーウェハインは、ナリアへの怒りを増大させた。

 神人化したものを元に戻すことはできない。神人化とは、人間から別の存在への変容であり、神人とは、もはや人間ではない別のなにかなのだ。だから、薬を飲んで病を治すようにはいかないのだ。たとえ神の力を用いたとしても、白化症の進行を多少和らげることはできても、神人から人間に戻すようなことはできないのだという。

 それは、ニーウェハインの将来の姿だ。

 いまでこそマユリ神の力で白化症の進行を遅らせているものの、それも欺瞞に過ぎず、完全に消し去ることはできない。いずれ、白化症に全身を支配され、神人に成り果てる。それまでに白化症を治療する特効薬が完成すれば話は別だろうが、そう上手くいくとは思えなかった。

 だから、ということもある。

 ニーウェハインは、この世界になにかを残したかった。

 自分が生きた証。

 自分がここにいたという証明。

 ニーウェハインという、いや、ニーウェという人間が存在した証拠。

 そういったものを残したいのだ、自分が神人となって、この自我が消えて失せる前に。

(なにかひとつでも)

 そのひとつが統一帝国になるはずだった。

 統一帝国が成立し、秩序が安定化するのを見届けることさえできれば、自分はきっと、たとえ自我が消え失せようとも、満足して消滅できるだろう。父から受け継ぐはずだったものを、自分なりに継承し、さらなる未来へ引き継がせることができるのであれば、きっと、満ち足りる。

 だからこそ、彼はいま、戦わなければならなかった。なんとしてでもナリアを打ち倒し、その目的を食い止めなければならなかった。でなければ、統一帝国に未来はない。彼が自分なりに受け継いだものが跡形もなく消し去られる。そんなことがあってはならないし、認めるわけにはいかないのだ。

 故に、戦う。

 かつての帝国軍人の成れの果てたる神人たちを討ち滅ぼしてでも、勝利を掴み取らなくてはならない。

 実に心苦しく、身を切るように辛いことだ。だが、だからといって統一帝国の敗北を、滅亡を受け入れていいわけではない。そんなものを受け入れれば、もっと多くの命が失われる。もっと多くの命が、ナリアの想うままに操られ、ナリアの手駒となって費やされる。

 ナリアは、否定しなければならない。

 たとえそれが帝国を影から支配してきたものであったとしても。

 たとえそれが帝国を導いてきた存在であったとしても。

(そんなものは、もう必要ない)

 ニーウェハインは、左から迫ってきた神人の拳を左手で抜いた小刀でもって斬りつけると、その切り口が燃え上がるのを認めた。召喚武装・火津霊ほづち。紅蓮の刀身も美しいそれは、ニーナのインペリアルクロスと同じく帝都に封印されていた召喚武装のひとつだ。斬りつけた部分から燃え上がらせるという能力は、使い方次第では凶悪としか言い様がない。

 神人が燃え続ける拳を引っ込めたものの、別の方向から別の神人が飛びかかってきて、ニーウェハインはそれを対処しなければならなかった。神人は、どこにでもいる。全周囲といっても過言ではないし、その数たるや数えるのも馬鹿馬鹿しくなるくらいだ。逆をいえば、どこを攻撃しても神人を攻撃するのと同じであり、暴れ放題でもある。

 ニーウェハインは、右腕を振り翳して、飛びかかってきた神人に対応した。右腕を覆っている装甲が吹き飛び、周囲に飛散する。

 そして、異形の黒が神人を捉えた。




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