第二千五百六十五話 激闘の大地(三)
ニーウェハイン率いる部隊が転送された陣地は、その事実が知れていくに連れ、将兵たちの士気がいや増していった。皇帝を賛美する声、皇帝とともに戦えることの栄光に歓喜する声もあれば、皇帝に無様な姿を見せることはできないと息巻くものもいる。だれもが帝国における現人神たる皇帝の参戦に驚きながらも喜びを隠せず、戦意を昂揚させていく。
皇帝みずからが前線に赴いたのだ。
当然の結果だったし、それくらいの効果がなければ皇帝みずから身の危険を冒してまで前線に飛び込む必要がない。逆に将兵の戦意を低下させるような可能性があるのであれば、本陣に引きこもっていただろう。
ニーウェハインは、そういったことも計算に入れた上で、前線に飛び込むことを決めたのだ。
もちろん、それは副次的なものであり、士気高揚を主眼とした作戦行動ではない。
「わたし、皇帝みずから前線に赴いたのは、ほかでもない。我が統一帝国勝利のためだ」
ニーウェハインは、陣地に到着した直後、将兵らに向かってそういった。金と黒を基調とする甲冑を身に纏う彼の姿は、ザイオン帝国皇帝の名に恥じないものであっただろうし、だからこそ、陣地の将兵も、彼とともに転送された将兵たちも、気を昂ぶらせたに違いない。
皇帝は、帝国においては神そのものといっていい。現人神。人間の姿をした、人間の形をした神なのだ。なればこそ、帝国の広大な国土は秩序を維持し、平穏に満ちた歴史を紡いでこられた。そう信じられてきた。だが、実際には、それだけが、皇帝という特別な立場のみが帝国史を築き上げてきたのではないということが、明らかになった。
ナリアの存在。
ザイオン帝国が最終戦争以前まで安穏たる日々を送ることができたのは、ナリアの思惑があり、ナリアの意思や力によって制御されてきたからだという可能性が大いにある。
人間とは、欲深い生き物だ。度しがたく、力を持てば、それを使わざるを得なくなる。旧帝国ほどの領土、戦力を持てば、さらなる国土の拡大を目指したくなるのが人情というものではないのか。小国家群という餌が目の前にあるのだ。帝国がほんのわずかでも力を発揮すれば手に入るような国土が目の前にある。それを我慢する必要はあるまい。
だが、歴代皇帝は、帝国領土の維持、帝国秩序の維持を国是とし、この禁を破ることをなによりも恐れた。それだけは賢愚関係なく、すべての皇帝にいえたことだった。国費を自分の趣味のために費やすような皇帝であったとしても、国是だけは守り通した。
秩序の維持と国土の維持。
それだけは、数百年来変わらぬ国是だった。
それもこれも、ナリアがそうするよう定め、皇帝を操ってきたからなのではないか。
つまり、旧帝国が五百年の長きに渡って栄華を誇り続けてこられたのも、ナリアのおかげというほかないのだろうが、だからといって、ナリアを認め、許すことができるかといえば、別問題だ。
ナリアは、いまやニーウェハインたちの敵となった。
ナリアは、マリシアをみずからの依り代としただけでなく、マリアンを始めとする先帝の子供たちを分霊の依り代とした。神の依り代、分霊の依り代となったものは、二度と元には戻れないという。二度と、人間には戻れないという。いや、そもそも、依り代となった時点で本来の人格が消えて失せたとしてもなんら不思議ではなく、ナリアがマリシアらの人格を確保している可能性は限りなく低いだろう、と、マユリ神は見ていたし、ニーウェハインもそう結論していた。
なぜならば、ナリアがマリシアらの人格を確保しておく必要がないからだ。
ナリアは、旧帝国時代のようにみずからを隠さなくなった。旧帝国時代は、皇帝以外のだれの前にも姿を見せず、それ故、だれもナリアの存在を知らなかったが、いまのナリアは、セツナたちの前にその姿を現し、みずからの存在を明らかとした。それは要するに、依り代の中に身を隠し、影から帝国を支配することに拘らなくなったということだ。そうである以上、マリシアらの人格を維持しておく道理はなく、故に抹消されている可能性は高い。
マリアンらはともかくとして、兄弟の中で数少ない味方だったマリシアを失ったかもしれないという事実は、ニーウェハインには、強烈な痛みを伴うものであり、彼は、ナリアを激しく憎んだ。たとえナリアのおかげで帝国が作られ、維持されてきたという事実があったのだとしても、だからといって認められることではない。許せるものではない。
ナリアがマユリ神のように人間を尊重する神であり、話し合うだけの価値のある神であれば、話は別だっただろう。ナリアがマリシアを依り代としながらもその人格を消さず、守り、ともに歩むために力を貸したのであれば。だが、ナリアは、最初から、旧帝国時代から、己の目的のため、人間を利用するために帝国を作り上げ、維持してきたのであって、人間を尊重するつもりなどさらさらないのだ。故にナリアは、百万の将兵を神人へと作り替えることになんの躊躇もなく、皇族を分霊の依り代とすることにも迷わなかったのだろう。
ナリアは、多くの神々同様、本来在るべき世界への帰還こそが最大の目的であり、そのためになにを犠牲にしようとも構わないという考えなのだ。
それは、ナリアのように異世界から召喚された挙げ句、数百年もの間、この世界に押し止められた神々にとっては当然の結論なのだろうし、その考えそのものを否定するつもりはない。
が、そのために犠牲にされることを由とはしないし、そのためならば世界を滅ぼすことも厭わないものに従うなどありえないことだ。たとえ敵わない相手だとしても、同じ滅びならば、みずからの意思で滅んだほうが余程ましだ。
無論、ニーウェハインは、この戦いで負けるつもりなど、微塵もない。戦うのは、いつだって勝つためだ。敗北のための戦いなど、帝国には、ザイオン皇家には存在しない。いつだって勝利のための戦いしかしてこなかった。
「いまこそ、帝国を蝕む邪神を討ち、帝国の、人間の未来を勝ち取るのだ!」
ニーウェハインが声を励まして告げれば、同陣地内にいた全将兵のみならず、全陣地の全将兵が声を上げ、戦場を激しく揺らした。腕輪型通信器を通してニーウェハインの声を拾ったマユリ神が、全陣地に拡散してくれたのだろう。それは、皇帝みずからが前線に出たという事実を全軍に伝えるものでもあり、全将兵の士気は否応なく高まったはずだ。
ニーウェハインが一将兵として参戦していたとしても、皇帝の参戦に興奮したはずなのだから、皇族ならざる将兵たちにとってどれほどの効果があるものか、想像もつかない。
とはいえ、敵は多勢。
圧倒的な数の神人、神獣、神鳥が戦場たる荒野を埋め尽くしている。
これを斃しきるのは不可能といってよく、できて戦線の維持が限度だろうし、それができるだけでも御の字というほかない。物量において大きく劣っている上、戦力差もまた、凄まじい。戦闘要員個々の質も大きいのだ。
戦力差を埋め合わせるには、武装召喚師や召喚武装使いが奮起し、少しでも多くの敵を討つほかないが、それだけでどうにかなるほどの兵力差では、ない。
だが。
(やってみるさ)
ニーウェハインは、遙か北方、白濁の濁流の彼方にうっすらと見える移動城塞の威容を睨んだ。移動城塞内部では、セツナたちが懸命に戦っている。それこそ、ニーウェハインたち以上に困難な戦いを繰り広げているのだ。神とその分霊たち。死闘も死闘だ。数多くの命が失われているという話も、彼の耳に飛び込んできている。
多くの犠牲を払ってでも、この戦いに勝利しなければならない。
ナリアを討たなければ、帝国のみならず、世界そのものに未来はないのだ。