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第二千五百六十四話 激闘の大地(二)

「わかりました。陛下がそこまで仰られるのであれば、前線に出られること、認めましょう」

 ついにニーナ・アルグ=ザイオンが折れたのは、ニーウェハインの主張を理解したというよりは、根負けしたという感じが強い。ニーウェハインがあまりにも駄々を捏ねるから仕方なく、といったところだ。皇帝なのだ。その意を押し通そうとすれば、なにものにも止められない。止めようがない。

 ニーウェハインは、我が儘を押し通してしまったことでニーナや周囲のものたちの気分を害したのではないかと想いつつも、自分の主張が認められたことそのものには歓喜した。これで、自分が本陣に籠もっているだけの役立たずにならずに済む。実際、皇帝には、本陣に籠もっていてもやることがない。マユリ神から伝えられる情報を分析し、各戦線に指示を送るのはニーウェハインではなく、大総督の仕事であり、大総督以下、軍首脳陣の役割なのだ。ニーウェハインは、本陣においてはお飾りにならざるを得ない。

 無論、皇帝がなにがしかの意見をいえば、それが採用される可能性は高い。しかし、なにかしたいからという理由だけで戦術に口を出し、戦線をかき回すのは、皇帝のするべきことではないだろう。それは愚にも付かぬことであり、道化にもならない。

「ですが、その代わりといってはなんですが、わたしも同行させて頂きますので、あしからず」

「大総督がか? それはいけない。大総督は、本陣にあって全軍の指揮をだな」

「本来であれば、皇帝陛下の御身をお守りするのは三武卿の役割。しかし、三武卿が八極大光陣攻略という重要任務についている以上、その代わりを務めるのは、大総督たるわたしをおいてほかにはおりますまい」

「……しかし」

「全軍の指揮ならば、大将がおります。あとのことは彼に任せ、わたしは陛下の護衛にこそ、心血を注ぎましょう。それが受け入れられないのであれば、陛下には本陣に留まって頂くほかございませんが」

「……わかった。そういうことならば、仕方がない」

 ニーウェハインがぼそりとつぶやいた一言を聞きとがめ、ニーナが目を細めた。

「仕方がない?」

「いや……大総督の最大限の配慮、感謝している」

「いえ、当然のことをしたまでです」

 ニーナは、そういってきたものの、内心どう想っているのかわかったものではない。大総督という立場からしても、ニーナ個人としても、ニーウェハインを前線に立たせるなど、ありえないことだと考えているはずだ。大総督としては、皇帝の身の安全こと第一であり、そのためならばどれほどの将兵が命を落とそうと知ったことではないだろう。ニーナ個人としては、愛するニーウェハインが危険な目に遭う可能性が高まることを喜べるはずもない。

 だからこそ、彼女は、三武卿の代役として、などという強引な理由付けで、大総督という立場を鑑みることなく、ニーウェハインの護衛につくことにしたのだ。ニーウェハインから目を離すことはできないが、自分の視界に収まっているのであれば、まだ安心はできる、ということなのだろう。

 それから、ニーウェハインとともに前線に赴く部隊が即席で作り上げられた。三武卿配下の閃刃衆、征神魔導団、光理剣こうりのけんに加え、近衛騎士団、召喚親衛隊“太陽の目”を含む大所帯となったが、本陣が戦場より遙か後方にある以上、戦力を腐らせていても仕方がないという意見もあり、皇帝とともに前線に赴くことに興奮を隠せないものたちもいた。

 総勢二千名。

 戦力としては決して多くはないが、三武卿の配下は、いずれも優秀な戦士ばかりだ。閃武卿ミーティア・アルマァル=ラナシエラ配下の閃刃衆は“月ヶ城”出身者で占められ、その戦闘技能には目を見張るものがある。光武卿ランスロット=ガーランド配下の征神魔導団は、選りすぐりの武装召喚師ばかりであり、八極大光陣攻略部隊に選ばれてもおかしくなかった。が、皇帝の護衛にも戦力が必要だと判断したランスロットにより、本陣に残されている。剣武卿シャルロット=モルガーナ率いる光理剣は、メビアス剣帝教団出身の精鋭ばかりが集まっており、その実力足るや素晴らしいものがある。

 それに加え近衛騎士団と、西帝国以来の付き合いである武装召喚師隊“太陽の目”が加わっているのだ。数が少なくとも、質は十二分に確保されているといっていいだろう。

『皇帝陛下の勇姿、全将兵に伝えるとしよう』

 などと、腕輪型通信器を通してマユリ神がいってきたのは、ニーウェハイン率いる即席部隊が出撃準備を整えてからのことだ。マユリ神は、最初からニーウェハインが前線に赴くことに対し、肯定的だった。ニーウェハインを戦力として見た場合、腐らせておくのはあまりに勿体なかったという。いざとなれば、後方に転送することは容易く、常に見守っているのだから、どれだけ激戦地に送り込んでもだいじょうぶだ、とも女神はいった。女神のそういった発言は、ニーナを多少なりとも安堵させるに至る。女神が見守ってくれているというのであれば、心配は無用だろう。

「無様な姿は見せられませんね」

「陛下が無様な姿など見せられるものですか」

 ニーウェハインの冗談に対し、ニーナが鋭い口調で口を挟んできたものだから、彼は困惑した。

「大総督は、わたしをなんだと想っているのか」

「完全無欠の我が皇帝ですが」

「……なんというか、買いかぶりにもほどがあるのではないか?」

「そうでしょうか?」

「……いや、期待には応えようとも」

 ニーウェハインは、ニーナのまっすぐなまなざしに折れた。ニーナは、ニーウェハイン実力を知っていたし、信じてくれてもいるのだ。ニーウェハインならば、神人如きにも負けるはずがない、と。

『では、転送するぞ。よいな?』

「はい」

 頷いてから転送が始まるまで数秒の間があった。ラミューリン=ヴィノセアの戦神盤による転送は、ニーウェハイン率いる即席部隊を一度に最前線へと送り届けることに成功し、ニーウェハインは、激戦の大地を目の当たりにすることとなった。情報でしか知らない真っ白に塗り潰された荒野をその目でしかと見、怒濤の如く押し寄せる神の怪物の群れを目の当たりにして、右半身がひりつくような感覚に目を細めた。異界化した右半身は、ときに彼になにかを主張するかのように反応を示す。それは、敵意の所在だったり、敵対者の存在だったりする。その敵対者が数多に戦場を満たしている。

 白く濁った肉体を持つ化け物たち。

 人間に似た五体を持つ、神の怪物――神人。

 四足獣が変容した神の怪物――神獣。

 猛禽類の成れの果てたる神の怪物――神鳥。

 それらが空と大地を白く濁らせていた。

 最前線。

 ディヴノアより遙か北部の仮設陣地には、統一帝国軍の部隊が複数、展開中であり、いままさに大帝国軍と激戦を繰り広げているのだ。多くは一般将兵だ。武装召喚師でもなければ召喚武装の使い手でもない戦士たち。だが、女神の加護や召喚武装の支援によって大きく強化されたこともあり、神人や神獣といった怪物の群れとも激闘を繰り広げられるくらいにはなっている。戦闘になっているのだ。これがもし、なんの加護もない状態であれば、あっという間に蹂躙され、濁流に呑み込まれてしまっていただろう。

 仮設陣地そのものが消し飛ばされていたかもしれない。

 だが、現状、そうはなっていない。仮設陣地から打って出ては敵軍を攻撃しながら、押し寄せる軍勢を押し返せている。いまのところは、だが。

「へ、陛下!?」

 裏返った声に目を向けると、この仮設陣地の指揮官と思しき将官が駆け寄ってくるところだった。

「な、なぜこのようなところに!?」

「なぜ? これは異な事をいう」

 彼は、内心苦笑を禁じ得なかったものの、はっきりと告げた。

「勝利のため以外、なにがあるというのだ」



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