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第二千五百六十三話 激闘の大地(一)

 移動城塞を出撃した百二十万の軍勢が、南ザイオン大陸北西部の荒野を白く塗り潰したのは、その物量もさることながら濁流の如き勢いも大きかっただろう。移動城塞から放たれた軍勢は、堰を切ったかのように止めどなく突き進み、静寂の大地を瞬く間に激戦の大地へと作り替えた。荒野を塗り潰す白き濁流は、各地に築かれた統一帝国軍陣地をその勢いのまま押し流すべく襲いかかったのだ。

 しかし、統一帝国軍陣地は、物量において遙かに勝る大帝国軍の怒濤の如き勢いに飲まれることなく、踏ん張り、耐え抜いた。八十万の将兵、そのほとんどがただの人間だ。武装召喚術も使えなければ、召喚武装を貸し与えられているわけでもないただの人間。だが、そのただの人間は、神人や神獣の群れを前に怖じ気づくこともなければ、後れを取ることもなかった。だれもが統一帝国の勝利のため、打倒大帝国、打倒ナリアの気概とともに戦場にあったのだ。

 無論、鍛錬を怠らぬとはいえ、ただの人間はただの人間に過ぎない。普通ならば、神人や神獣など相手にできるはずもなく、数の上で圧倒的な大帝国軍を相手に耐え凌ぐどころか大立ち回りを演じることなどできるわけもない。

 だれもがその事実を知りながら、だからこそ、勇奮した。

 女神マユリと戦神盤を通して溢れる力が、いままで恐怖の対象に過ぎなかった神獣や神人にも対抗することを可能としたのだ。神人や神獣の苛烈な攻撃を避け、あるいは負傷したとしても、その負傷が致命的なものであったとしても即死さえしなければ、なんとか立て直すことができたし、たとえ本来ならば意識を失うほどの痛撃を食らったのだとしても、兵士たちはまるで何事もなかったかのように立ち続け、戦い続けた。それも、召喚武装による支援が影響している。

 ハスライン=ユーニヴァスの召喚武装ウォーメイカーが全戦域の全将兵を鼓舞し、戦意を昂揚させていた。だれひとり怖じ気づかず、むしろ勇猛果敢に攻め立てたのは、それが最大の原因といっていいだろう。

 かくいうニーウェハインも、ウォーメイカーの影響下にあり、その影響の強さを実感として認めていた。女神の加護によって強化された戦神盤の力は、広大な戦場にいるすべての自軍将兵を複数の召喚武装の影響下に置いている。それにより、様々な恩恵が全将兵に与えられており、それが統一帝国軍が神の軍勢ともいうべき大帝国軍に食らいつくことができている最大の理由だ。

 とはいえ、敵は圧倒的多勢。

 物量においては統一帝国軍を遙かに上回っており、その戦力が各地に建造された陣地に分散したとしても、本陣を目指す戦力がなくなったわけではない。大地を白く塗り潰した濁流は、凄まじい勢いでディヴノアの本陣に向かってきている。防波堤がないわけではない。無数の陣地が幾重にも築かれた防波堤となって白き濁流を受け止めるだろうが、それもいつまで持つものかわかったものではなかった。

 兵数で圧倒的にこちらを上回っている上、一体一体の質もまた、凶悪だ。食らいつけるようになったとはいえ、数の暴力の前ではどうしようもないこともあるだろう。いずれ、突破される。こちらの戦力を分散して配置したのが徒になった、というわけではない。大帝国軍が全戦力を一度に投入してくるという暴挙に出てくるなど、想定していなかったことが原因だ。

 全戦力だ。

 移動城塞防衛のための戦力さえ残さない全戦力の投入など、想定しようもない。その上、あの進軍速度だ。移動城塞を出発した敵軍は、あっという間に各地の仮設陣地に到達し、戦闘を始めている。あまりの進軍速度に戦野が白く塗り潰されたと見えたほどだった。その全戦力が本陣を目指さなかったことだけには胸を撫で下ろしたものの、それにしても、だ。移動城塞をがら空きにするような戦術を取るとは、さすがに考えようもないことだった。

 もっとも、大帝国軍がそのような戦術を取ってきたのは、セツナと八極大光陣攻略部隊が移動城塞内部に転送され、移動城塞に防衛戦力を残しておく意味がないことが明らかになったからかもしれない。とはいえ、八極大光陣の攻略は急務であり、そのためにセツナがナリアの注意を引いておくという役割も必要であるため、どうしたところでこの戦術が最適解としか思えないのだが。

 そんなとき、ディヴノアの本陣が騒がしくなったのは、ニーウェハインが前線に出ると言い出したからだ。本陣には、女神を通じて各地の戦況が随時飛び込んできていた。各方面、各陣地、各部隊の状況が手に取るようにわかる。だれもが勇奮し、神人や神獣を相手に激闘を繰り広げている。戦果を上げるものもいれば、命を落とすものもいる。されど、だれも悲観的にはならず、むしろ統一帝国のため、皇帝ニーウェハインのために死ねることに興奮さえしている。それも召喚武装の影響なのだが、そういう報告を聞く度にニーウェハインは本陣に籠もっていなければならないという自分の立場を恨めしく想わずにはいられなかった。

 皇帝という立場を考えれば、本陣にあり、各地から集まる情報に耳目を集中させ、ときには的確に指示を飛ばす。それだけでいい。いや、それこそが肝要であり、それができていれば十分なのだ、ということはわかっている。わかっているのだが、しかし、ニーウェハインは、己が無力ではないという事実も知っているのだ。並の武装召喚師など相手にならないほどの力を持っていたし、その力があれば、たとえ神の加護や召喚武装による支援がなくとも、神人を打ちのめし、神獣を打ち倒すことができるのだ。

 それは、既に実証済みだ。

 異界化した右半身の力は、神人をも凌駕する。

 神の加護、数多の支援があるいまならば、どうか。

 さらなる力を発揮しうるだろうし、統一帝国軍の勝利に大いに貢献できるのではないか。

(できるだろう)

 彼は、確信を持って、考える。

 左半身を冒す白化症は、マユリ神の加護によって多少、抑えられている。おかげで思考は明瞭だったし、自分を保つことができている。体は自由に動いたし、心も自分のものだ。あのときのようにセツナを襲うこともない。なにより、加護がなくとも戦えるのだ。その事実だけで、彼にはなんの問題もないように思えた。

 それ故、彼は、皇帝みずから前線に赴き、全軍を鼓舞すると言い出した。当初定められた戦術にはないことであり、皇帝は本陣に留まり、護られているべきであるという定石を無視する行動は、当然、周囲を慌てさせた。大総督ニーナは、ニーウェハインを諫めようとしたし、多くの家臣が大総督に同調した。最初は、ニーウェハインもその諫言に従おうとしたが、戦場からの情報が流れ込んでくるに連れ、このまま放っておくことはできないと想うようになってしまった。

 戦力差は圧倒的だ。

 個々の力量は、辛くも食らいつける程度にはなっているが、所詮は、時間稼ぎが関の山だということも知っている。

 統一帝国軍の勝利とは、八極大光陣を打ち破り、女神ナリアを討ち滅ぼすこと以外にはなく、それ以外の戦闘は、本筋ではなかった。事実、マユリは、全軍に防備を固め、防戦にこそ勝機を見出すように通達している。守りを固め、味方と連携を取り、それによって数的不利を少しでも和らげ、持ち堪えることを優先するべきである、と。

「このままではいずれ本陣に到達される可能性がある。そうなれば、我も戦わざるを得まい。ならば、激戦の最中にいる自軍将兵を援護し、統一帝国皇帝ここにあり、というところを見せていくべきだろう」

 そうすることで、全軍をさらに鼓舞し、士気を高めることができれば、多少なりとも持ち堪えられるのではないか。

 たとえ、この戦闘そのものに勝利することはできなくとも、時間稼ぎにはなる。

 そして、それでいい。

 時間稼ぎこそ、この戦いの目的なのだ。



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