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第二千五百六十二話 風の掟(五)

 ハートオブビースト・ナインテイル。

 金眼白毛九尾の力の顕現たるそれは、シーラが金眼白毛九尾の如く変容するだけの能力ではない。金眼白毛九尾が如く、強大な力を秘めた九つの尾を生やすだけが能力ではないのだ。“貫通”、“切断”、“破砕”、“守護”、“治癒”、“創造”、“変化”、“支配”、“混沌”――九つの尾はいずれも強力だが、それだけでは、神と対等に戦うなど不可能だ。

 相手は分霊。

 神そのものではないが、それに等しい存在だ。力だけでいえば、龍神ハサカラウに匹敵するのではないか。ナリアは、数多の神々が力を合わせてようやく対等になった大いなる神だ。その分霊ともなれば、神に等しい力を持っていたとしても何ら不思議ではない。

 実際に戦ってみて、龍神ハサカラウとの激闘を想い出したほどだ。龍神に等しいほど強いのは間違いない。しかし、龍神に比べて追い詰められている感覚がないのは、単純に、シーラの置かれている状況が異なるからだろう。あのときは、シーラ単独で龍神と戦わなければならなかった。金眼白毛九尾と化していたとはいえ、神に食らいつくには、力が足りなかったのは間違いない。だが、今回は違う。戦神盤を通して、マユリ神の加護やエリナたちの支援を受けている。隊の武装召喚師たちからの支援こそ失われたが、それでもあのときとは比べものにならないほどの力が漲っているのだ。

 故に、シーラは、金眼白毛九尾状態に頼らず戦ってみたのだが、結果はこのザマだ。マグラールにしてやられた。マグラールを見くびったつもりはないが、結果としては同じようなものだろう。相手の力量を見誤っていたのは間違いない。もしそのせいで犠牲者が出ていれば目も当てられなかっただろうが、そうはならなかった。それだけでも胸を撫で下ろす。

 そして、だからこそ、シーラは、ナインテイルのすべての力を解き放ったのだ。分霊といえど、全身全霊、すべての力を叩き込んででも粉砕しなければならない。これ以上の犠牲者を出す前に、マグラールを討ち滅ぼし、役割を果たす。そのためには格好などつけていられないのだ。

 九つの尾でもって全身を覆い、すべての尾の力を融合させ、発動する。その間、マグラールがなにもしてこないわけもなかったが、関係がない。凄まじい風圧による攻撃も、融合した九尾の力の前には意味をなさない。たとえば、先程の分身爆撃でもってしても、打ち破ることは不可能だろう。そして、九つの尾が織り成す力は、シーラの全身を包み込み、膨張し、巨大な獣へと変容する。それをなんとしてでも食い止めようとマグラールが猛攻を続け、尾を破壊するのだが、破壊の速度よりも膨張の速度のほうが圧倒的に早く、止めようがなかっただろう。やがて、白毛九尾がその威容をマグラールの空域に姿を現すと、マグラールが生み出していた暴風の障壁すらも消え去った。白毛九尾の巨躯が暴風を遮る壁となり、そのまま打ち破ったのだ。

「あれが……シーラ殿の」

「話に聞いていた以上だ……」

「これなら、勝てる……?」

「ああ、皆の死は、無駄にならないさ」

 帝国人たちの声が聞こえてくる中、シーラは、白毛九尾として肥大した意識、感覚を掌握するのに多少、手間取るのを認めた。以前、白毛九尾化したときとは比べものにならないほどの力が全身に漲り、あらゆる感覚がそれに準じているのだ。ただでさえ肥大し、鋭敏化しているはずの感覚が何倍にも膨張し、研ぎ澄まされれば、多少なりとも混乱せざるを得ない。まるで、この空域の支配者になってしまったような錯覚があって、それがシーラを困惑させた。恐らくそれは、ハートオブビーストの力をより深く引き出せたこともあるのだろうが、女神やエリナたちの影響もあるに違いない。加護や支援がシーラの、白毛九尾の力を増幅している。その結果、慣れるまで多少の時間を要した。

「大きくなったからどうだというのだ。然様なこと我にできぬわけもなし」

 マグラールは、嘲笑うように告げてくると、周囲の大気を収束させ、自身の体をそのまま膨張させた。白毛九尾状態のシーラに張り合うつもりなのだろう。白毛九尾の巨躯以上に巨大化させ、こちらを見下ろしてきたマグラールに対し、シーラは、なんともいえない気持ちになった。マグラールは巨大化こそすれ、力そのものに変動はない。それはそうだろう。ハートオブビーストの力を引き出したシーラに対し、マグラールは、ただ巨大化してみせただけなのだ。確かに威圧感は増したし、白毛九尾状態のシーラとも拳をぶつけ合うこともできるだろう。が、そんなことに意味があるのかといえば、疑問を禁じ得ない。

「それこそ、どうだっていうんだ?」

「負け惜しみよな」

「なにいってんだ」

 シーラは、吐き捨てるようにいうと、低く身構えた。無論、白毛九尾の巨躯は、空中に浮いているのではなく、足場を“創造”し、その上に立っている。白毛九尾状態となれば、四本の足で立たなければならないが、感覚としての齟齬は生じなかった。なぜならば、シーラの肉体が白毛九尾に変容しているわけではなく、九つの尾が白毛九尾を紡ぎ上げているからだ。シーラは、尾を操っているようなものであり、シーラの意識や考えが適切に変換され、白毛九尾に反映されている。そこにはわずかな遅延もない。

「我はナリアが分霊、風天星マグラールなり」

 マグラールは、シーラの言葉など黙殺したかのように告げると、両腕を掲げた。全身の翼が最大限に開かれ、空域中の大気がその周囲に集まっていく。生み出されるのは無数の小竜巻ではなく、無数の竜巻だ。大きさが根本的に異なる。ひとつひとつがひとの頭ほどの大きさしかなかった小竜巻に比べ、いま生み出された竜巻はいずれもが白毛九尾の足ほどの大きさがあった。威力もその分上がっていることだろう。

「我は風の王、大気の支配者、嵐の紡ぎ手、空の主」

 つぎつぎと竜巻が紡ぎ出されていく中、シーラは、地を蹴っていた。マグラールに飛びかかったのだ。なにもマグラールが攻撃してくるのを待つ必要はない。竜巻を生み出している最中のマグラールは、隙だらけでもあった。もちろん、その隙が、シーラを誘うものであることはわかりきっていたが、だからといって、竜巻群の完成を待つのは愚かだ。

 そして、シーラが一瞬にしてその懐に飛び込んだとき、マグラールは笑みを浮かべた。竜巻群が嵐の槍の如く変化し、シーラに殺到する。そんなわかりきった攻撃に対応できないシーラではない。“創造”した物体を“守護”によって強固なものとし、“支配”することで嵐の槍の進路上に配置する。嵐の槍は、小竜巻と同じく、なにかに接触した瞬間、爆発的に膨れあがり、破壊を撒き散らすものだった。嵐の槍は、障害物群に激突し、つぎつぎと爆散していく。

 シーラは、その爆風の中、マグラールに肉薄するも、瞬時に気づき、尾で虚空を叩き、飛び離れた。マグラールの巨躯が爆散し、空域そのものを震撼させるほどの爆風を撒き散らす。マグラールが笑みを浮かべた理由が知れる。マグラールの巨大化は、本体ではなく、分身によるものだったのだ。もし、あのまま飛びかかっていれば爆風によって甚大な損傷を受けていたかもしれない。

(となると本体は)

 シーラが気づいたときには、マグラールの本体は、シーラの腹の下にあった。こちらを見上げ、風圧を凝縮したものであろう槍をすぐさま投げ放ってくる。風の槍は、白毛九尾の腹に突き刺さった瞬間、空域の大気という大気を収縮させ、発散させた。物凄まじい圧力が白毛九尾の腹を貫き、胴体を真っ二つに引き裂く。体内のシーラが露出するくらいの威力。だが、それだけだ。それだけでは、シーラは斃せない。白毛九尾は滅びない。

 九つの尾が揺らめき、千切れた部分を元に戻し、同時にマグラールの本体を攻撃する。九つの尾による苛烈な攻撃の数々は、マグラール本体をでたらめに破壊し、混沌に飲み込んだ。マグラールが断末魔を上げる暇もなかった。

 戦いが終わり、空域に静寂が訪れた。

 風は、止んだ。


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