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第二千五百六十一話 風の掟(四)

「どうやら……見くびっていたのは、我のほうか」

 吹き荒れる暴風の渦の中で、マグラールは、しかし、極めて冷静に告げてきた。旋回する暴風層の内側は、無風状態といってもよく、シーラは、新たに“創造”した足場に着地し、マグラールを見上げている。距離は、それほど離れてはいない。シーラにとっては攻撃範囲、射程距離だ。だが、攻撃するには、マグラールに隙が見当たらない。

「そうさ。愚かだったんだよ」

「認めよう。我が汝の力を測り損ねていたこと、その過ちを。しかし、認めたからには、もう容赦はせぬ」

「容赦なんてしていなかっただろう。最初から」

 シーラは、マグラールを睨み据え、いつでも攻撃態勢に入れるよう意識した。

「だから死んだ。だれもかれも」

「それは汝らが弱いからだ。弱いくせに抗うからだ。抗い、戦おうとするから、敗れ、死ぬ。弱いならば、強いものに従えばいい。頭を垂れ、慈悲を請えばいい。さすれば、救われる命もあっただろうに」

「はっ……神人にされるのが落ちなのはわかりきってんだよ」

「神化とはすなわち神との同化。これほど喜ばしいことはあるまい」

「ふざけんじゃねえ」

 唾棄するように告げたとき、九つの尾が震えたのは、金眼白毛九尾ハートオブビーストも同じ気持ちだったからだろう。異界の獣神にとっても、強制的な神人化は喜ばしいものではないのだ。

「だれが望みもしねえ神との同化を喜ぶもんかよ」

「だれもが喜ぶ。だれもが救われる。だれもが、幸いとなる。それこそ、神との同化。我がナリアとの合一なれば」

 マグラールが、動いた。それだけで無風状態の空域に嵐が起きた。わずかな身動きが凶悪なまでの風圧を発生させ、その動き方次第で嵐が巻き起こる。ナリアの分霊だけあってその力は強力無比としか言い様がないが、それにしたって物凄まじい力の持ち主だ。シーラは、“守護”の尾の力で自身を守りながら、足場から飛び離れ、新たに足場を作りつつ、マグラールと対曲線上にいることを意識した。マグラールが移動速度を上げた。それだけで風圧が凶悪化し、物凄まじい暴風が巻き起こった。だが、“守護”の尾の防壁を打ち破るほどではない。移動の余波だけでは、それが限界なのだろう。もちろん、たとえばシーラがナインテイルを発動していなければ、移動の余波だけで殺されていたとしてもなんら不思議ではないし、それくらいの力があるのは間違いないのだが。

 幸い、シーラは、九つの尾を使い分けることができている。“守護”の尾で自身を守り、“創造”の尾で足場を作る。いまはその二本の尾ばかりを使っているが、攻勢に出れば、当然、それに相応しい尾を使うことになる。

 マグラールが、シーラに向き直った。風圧を自身に収束させると、強大な防壁を纏ってみせる。ルウファやグロリアのような風の使い手たちの得意とする戦い方に似ている。違うのは、その規模であり、威力だろう。風使いたちは、空気を圧縮した塊を叩きつけてきたり、風の防壁を纏ったりするが、その規模を著しく大きくしたのが、マグラールの小竜巻であり、風の結界に違いない。威力も影響も桁違いだ。だが、理屈が同じならば、対処しきれないものではない。

「いつまで逃げるつもりだ。逃げ続けるだけでは、我を斃すことなどできぬぞ?」

「安い挑発だな。おまえが遅いんだよ」

 シーラは薄く笑うと、左手で軽く手招きして見せた。風の防壁の向こう側、マグラールが表情を変えるのがわかった。人間を見下し、愚弄する神の分霊だ。人間に挑発されて気分がいいわけもない。故にシーラはマグラールを嘲笑い、飛び退くのだ。足場を作り、無関係な物体を“創造”する。無数の障害物を周囲に作り上げ、それらに別の尾を叩きつけ、マグラールに向かって吹き飛ばす。即席の遠距離攻撃手段は、しかし、当然の如くマグラールの防壁を打ち破ることはできない。強力な防壁に直撃し、打ち砕かれるだけだ。だが、マグラールを挑発することには成功したようだった。

 マグラールは、なにもいわず、こちらに向かって飛んできた。超高速という相応しい速度は、音を置き去りにするほどのものだったが、九尾状態のシーラに対応できないものではなかった。まっすぐに突っ込んでくるのだ。見えてさえいれば、いくらでも対応できる。無論のことだが、対応できる能力がなければ、一瞬にして粉微塵になっていたことはいうまでもない。

 マグラールは、風の防壁を纏ったままの体当たりによってシーラを粉砕するつもりだったのだろうが、シーラは、風の防壁を“貫通”“破砕”し、マグラールの体を“切断”して見せた。尾の力によって見事真っ二つになったマグラールは、しかし、シーラの真横を通過しながら笑みを浮かべている。嫌な予感がした瞬間には、マグラールの真っ二つになった体が爆散した。超絶的な力の拡散は、“守護”の防壁を容易く打ち破り、シーラの肉体を一瞬にして粉々に打ち砕く。激痛などという次元ではない。とはいえ、意識が消し飛ぶほどの痛みには、むしろ感謝するべきだったのかもしれない。おかげで痛みにのたうち回る必要がなかった。なぜならば、意識が断絶されたのだから。

「やはり、愚か者は汝であったな」

 マグラールが勝ち誇ってきたのは、もちろん、彼が勝利を確信したからだろうし、そう想うのも無理のない話だった。マグラールは、シーラの挑発に乗ったと見せかけて突っ込んできたのだが、それは、シーラに己の分身を攻撃させ、シーラの間近で爆散させるためだった。シーラの守りを突破するには、それが最善手だと判断したからだろう。そして、その判断に間違いはなかった。シーラは、マグラールの分身の爆散によって、全身を粉々に吹き飛ばされ、意識を失った。

 だが、当然のことながら、その程度で死ぬわけもない。死なせるはずもない。シーラには、生きてもらわなければならない。幸福に満ちた人生を歩んでもらわなければならない。そのためには、この苦境を打開する必要がある。

 彼女は、“治癒”と“創造”の尾の力でもってシーラの肉体を復元させると、マグラールが憮然とする様を見た。いかに分霊といえど、シーラがこれほどまでの力を引き出せているとは想像もできなかったようだ。その詰めの甘さが、敗因となる。彼女がそう想ったときには、シーラの意識は復活していて、シーラは自分の身になにが起こったのかを理解していた。

「ありがとう、金眼白毛九尾」

 シーラは、もはや自分の半身といっても過言ではない相手の加護を感じて、言葉にした。金眼白毛九尾の加護があればこそ、シーラは生きている。いつだってそうだった。ハートオブビーストがなければ、シーラはここにはいない。シーラの半生は、ハートオブビーストとともにあったのだ。ハートオブビーストがいてくれたから、金眼白毛九尾が見守ってくれていたから、今日がある。そしてこれからも、金眼白毛九尾とともに歩んでいく。

 そう想ったとき、シーラは、ハートオブビースト・ナインテイルの全能力を解放していた。

 マグラールは、強力無比な存在だが、ナインテイルだけでもなんとかなると踏んでいた。だが、どうやらそれだけでは足りないことがわかった。ならば、拘る必要はない。全力で、全身全霊で事に当たり、敵を粉砕するのだ。拘った結果、敗北しては意味がない。皆に合わせる顔がない。散っていったものたちに申し訳が立たない。

 勝利にこそ、意味がある。

 そのためならば、どのような手段も取ればいい。



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