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第二千五百五十七話 謳う森(五)

「波光砲……か」

 エスクは、ウルクの腕を一瞥し、納得するような表情を一瞬見せたものの、すぐさま渋い顔になった。その視線はウルクの首筋に注がれている。

「使用は禁止されているだろ?」

「いまはそんなことをいっている場合ではないでしょう」

 ウルクは、彼の視線から逃れるようにして、ナジャドを見遣った。波光砲は、躯体に流れる熱量を急激に増大させるものであり、ウルクの首の接合に使われている金属を融解させる恐れがあるのだ。首を接合している金属が融解すれば、当然、ウルクの躯体は頭部と胴体に分かれてしまい、機能不全に陥る。そうなれば戦力低下が免れ得ないため、ウルク自身、波光砲の使用を禁じ手としていた。

 もちろん、セツナたちの意図とは異なるものではあるが。セツナたちは、ウルクが機能停止に陥るということそのものが辛いため、波光砲の使用を固く禁じているのであり、戦力がどうこうという話ではないらしい。そういったセツナたちの気遣いは嬉しいというほかないが、いまは、気にしている場合でもない。

「わたしの躯体がいまどうなろうと、あとで修復してもらえばいいだけのこと。ですが、ナジャドをここで斃せなければ、八極大光陣を打ち破れなければ、それすらもできなくなる」

 八極大光陣の打破こそ、この戦いの主目的なのだ。そのためならばいかな犠牲を払っても構わない、と、マユリ神も考えている。八極大光陣さえ打ち破ることができれば、ナリアを斃すことも不可能ではなくなるのだ。ナリアを斃さなければ、この世に未来はない。セツナとともに歩む未来も失われる。

 永遠に。

 そんなこと、ウルクには許せなかったし、認められなかった。

 セツナに逢いたいという想いさえ踏みにじられ、穢された。

 ナリアには、怒りしかない。

 怒り。

 ウルクが、怒りという感情を認識したのは、必ずしもこれが初めてのことではないにせよ、ここまで鮮烈に怒りを感じたのは、ないことだった。自分だけならばまだしも、セツナとの想い出や、セツナへの想いを無下にされたことがいままでにない憤りを覚えさせたのだろう。それは、間違いない。

 だからこそ、ナリアは討ち滅ぼさなければならない。

 しかし、ナリアを滅ぼせるのは自分ではない。セツナなのだ。そのセツナのためにできる唯一のことが、ナジャドを討ち、八極大光陣を打破する一助となるということ。

 そのためならば、いま、自分が一時的に機能停止に陥ろうと構いはしない。

「まったくその通りだな。ここで討たなきゃ、死んでいった連中に顔向けもできやしない」

 ウルクが目を向けると、エスクは、逡巡の末、納得したようにいってきた。

「ウルク殿。頼めるか」

「はい。お任せを、エスク」

「皆も、力を貸してくれ。これが最後の好機となる」

 エスクが武装召喚師たちを見回すと、生き残っただれもが決然とした表情でうなずいた。だれもが、これ以上の好機はないということを理解している。ナジャドの圧倒的な力を前にすれば、覚悟せざるを得まい。

 森が動いている。

 天も揺れている。

 大地には地平の果てまで続く森があり、頭上には、空を覆い隠すほどの光の枝葉による天蓋がある。それらが一斉に動き出したのは、ついにナジャドも黙ってはいられなくなったからだろう。結界で身を守りながら、森と光の枝葉で攻撃する。攻守ともに完璧ともいえる戦い方だが、弱点が明白である以上、完全無欠とは言い難い。無論、その弱点に近づけなければ意味のない話だったし、近づけないという前提であれば、完全無欠の戦法といってもいいのだろうが。

 ウルクは、先陣を切っていた。前後左右、頭上から迫り来る無数の枝葉を黙殺するようにただひたすらに前進し、つぎつぎと襲いかかってくる枝を飛び越え、かわし、潜り抜け、ときには叩き折り、蹴り飛ばし、粉砕しながら道を開く。エスクたちはひとりとして脱落せず、ウルクについてきている。森と天蓋による飽和攻撃も、武装召喚師たちが力を結集した全周囲への攻撃によって撃退されているのだ。ただし、こちらも万全とはいえない。わずかでも攻撃の手を休めれば、その瞬間、森の餌食となる。

 故にだれひとりとして気を緩めることも手を休めることもできない緊張感の中、ウルクたちは全力疾走していた。不意に大地が揺れたかと思うと、前方の地面が隆起した。地中から光熱を帯びた大樹の根が出現し、ウルクたちの前進を食い止めようとしたのだ。が、エスクのソードケインと武装召喚師たちの一斉攻撃が大樹の根を切り裂き、道は切り開かれた。ウルクは、ただひたすらに前進するだけでよかった。

 そして、ナジャドの結界の目前へ辿り着けば、結界そのものが攻撃してきたのだが、それら攻撃もエスクたちがウルクに到達するのを全力で阻止してくれる。

 ウルクは、結界の目前まで肉薄して、足を止めた。

 ウルクの現在の躯体、いわゆる弐號躯体は、以前の壱號躯体の問題点を改善し、すべての機能を向上させた躯体だ。魔晶人形の動力は、心核たる魔晶石が発する波光と呼ばれる力だが、その波光の供給効率が壱號躯体に比べると遙かに向上している。そのおかげもあり、通常の波光大砲の威力も上がっているのだが、それだけでなく、新たな兵装が追加されている。それが複合式波光砲と命名された兵装であり、ウルクは、その使用に踏み切ったのだ。

 きっと、マユリ神に修復された部分は持たないだろう。

 だが、構いはしない。それですべてが終わるわけではないのだ。ナジャドに敗れ、ナリアの想うままに世界を滅ぼされたら、それこそ終わりだ。未来はない。

 制限を解除し、両腕を掲げる。全身に漲っていく波光を両腕から手の先、両手の間に収束させ、球を形成する。莫大な波光の集中。その間もナジャドによる猛攻は続いているが、エスクたちが防いでくれている。そのおかげで、ウルクは、複合式波光砲の発射に専念できているのだ。ウルクひとりならば、ナジャドの攻撃を耐えきれなかっただろう。

(エスク。皆様、感謝を)

 エスクたちとて、自分のために戦っているのだろうが、ウルクは、自分にこのような場を与えられたことを感謝せざるを得なかった。

 ナジャドを討つということは、ナリアに一矢報いるということにほかならない。

 ナジャドを討つのは自分ではないが、その好機を作るのは、ウルク自身なのだ。

 躯体が悲鳴を上げている。首筋の金属が融解を始めたのだ。このまま首が完全に融解し、ウルクが機能停止に陥れば、収束させた波光が制御を失い、暴走しかねない。だが、まだ足りない。限界まで波光を収束させる必要がある。でなければ、ナジャドの結界を破壊できない。しかし、精霊合金とは異なる金属は、波光の熱量に耐えきれず、溶け続けている。限界は近い。

(もう少し……!)

 ウルクが胸中で叫んだときだった。

 涼風が吹いた。

『わたしを忘れるな』

 聞こえたのは、女神の声であり、首筋の溶け出した金属がわずかに固まったのを感覚として理解する。ウルクは、歓喜の中で目を見開いた。前方、ナジャドの結界が膨張したかに見えたのだ。ナジャドの結界を構成する緑と光の枝葉が一斉に動き、ウルクに殺到してきたのだが、彼女は、そのときには制御を解き放っていた。

 複合式波光砲を発射したのだ。

 意識を失うこともなく、だ。

 青白い波光の球体は、まばゆい光の尾を引きながらナジャドの結界へと吸い込まれていくように着弾した。つぎの瞬間、音もない光の洪水が巻き起こり、なにもかもを消し飛ばしていく。ナジャドの結界を構築していた緑の枝葉も光の枝葉も関係なく、なにもかもすべてを飲み込み、波光の奔流が蹂躙していく。その真っ只中を一条の光線が切り裂いていった。

 ソードケインだ。

 さすがに波光の嵐の中をエスクたちが突っ込めるわけもないが、光の刃ならば、関係がない。

 複合式波光砲が引き起こした爆砕の嵐の中を光の刃が突き抜け、一瞬にして、大樹へと到達する。エスクが吼えた。剣光一閃。ソードケインの光刃がナジャドの顔面を切り裂き、大樹を真っ二つに両断した。

 断末魔が森の世界を揺らした。

 波光の爆砕が終わり、光の大樹が消えて失せ、そして、森の歌が止んだ。


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