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第二千五百五十五話 謳う森(三)

「なんじゃこりゃあ!」

 エスクが突如として大声を上げたのは、もちろん、ウルクが作った大穴より光の大樹とでもいうべきものが出現し、頭上が光り輝く無数の枝葉によって覆い尽くされてからのことだ。光熱を発し、巨大な幹が光そのもののようなそれは、この森のいずれの木々よりも遙かに大きく、赤子と大人以上の差があるといっても過言ではない。小さな虫と人間ほどの差があるといっていいだろうか。それほどまでの巨大さを誇る大樹だ。爆発的な勢いでもって生い茂らせた枝葉は、あっという間に空を覆い尽くしたが、それそのものが光を発していることもあってか、地上が影に覆い隠されるということはなかった。

 いや、そもそも影が生まれるような空間ではないのだが。

 影を生む光が存在しなかったのだ。

 その光が、大樹によって生まれたと考えてもいいのかもしれない。

「分霊本体か、もしくはそれに類するなにかだと想われます」

 ウルクは、エスクに向かって冷静に告げながら、森の攻撃が止んでいることに気づいた。光の大樹が現れるまでウルクたちを攻撃し続けていた森は、どういうわけか、光の大樹の出現とともに息を潜めるようにして、動きを止めた。光の大樹がこの森の支配者である分霊であり、その姿が現れたことで、森の木々が畏れを成した、とでもいうのだろうか。

「いやまあそりゃ見りゃわかるんだけどさ」

「でしたらなぜ驚いたのですか」

「いやそのほうがいいかな、って」

「意味がわかりません」

「むう」

 エスクが理解不能な反応を示す中、帝国の武装召喚師たちが光の大樹に向かって武器を掲げるのを認めた。ウルクはその反応に釣られるようにして大樹を見遣り、大樹に起きた変化について認識し、武装召喚師たちの反応の理由を悟る。光の大樹、その幹に巨大な人面が出現していたのだ。光熱そのものといっても過言ではないだろう大樹の表面に現れた顔は、人間の女のそれだった。眉目秀麗、美人といって差し支えのない顔立ちだろうが、大樹の大きさもあって、その迫力たるや強烈なものがあった。その唇が動いた。

「我は木天星ナジャド。大いなる女神、光明を司るナリアが分霊なり」

 声が聞こえ、ざわめきがウルクの聴覚に届いた。それは警告音に似ている。森が動くときよりも遙かに大きく、強烈な異音。

「上だ! 避けろ!」

 エスクが警告を発したときには、ウルクは、手近にいた武装召喚師二名を脇に抱えて、遙か後方に飛び退いている。そして、彼女は眼前を光の瀑布が飲み込む光景を目の当たりにした。瀑布。光り輝く無数の枝葉が滝のように降り注ぎ、ウルクたちが立っていた一帯を押し潰したのだ。一瞬ではない。攻撃はさらに続き、広範囲に渡って飲み込んでいく。そのせいもあって、何人もが逃げ遅れ、光の瀑布に飲み込まれ、悲鳴を上げたが、ウルクにはどうしようもなかった。

「ウ、ウルク殿……助かりました!」

「ありがとうございます!」

「いえ……」

 脇に抱えたふたりを解放するなり感謝されたものの、ウルクとしては、なんら感慨はなかった。たったふたりしか護れなかったのだ。誇るべきではない、と、彼女は考える。

「は……森を相手にしているより余程だな」

「余程……なんですか?」

「余程厄介ってこと」

「分霊本体のようですから、当然でしょう」

「そりゃそうだが」

 エスクがなにやら納得できないとでもいいたげにいってきたが、彼女は黙殺した。光の大樹は、木天星ナジャドと名乗った。木天星ナジャド。ランスロット=ガーランド率いる第一陣が戦っているのは、火天星ファラグと名乗る分霊だという。火を司るから火天星なのだろうし、木天星は樹木を司っていると考えるべきなのだろう。この森や、ナジャド自身の姿が示すようにだ。

 問題は、だからなんだというのか、ということなのだが。

 ナジャドが樹木を司るからといって、それがナジャドを斃す方法に繋がるかといえば、首を捻らざるを得ない。いまのところ、ナジャドを斃す方法は、光の大樹を破壊する以外には考えられなかった。そしてそれが正解だろう、としか想えない。

 再び、上空から異音が聞こえた。ウルクは、今度こそという想いで、手近にいたふたりを脇に抱え、さらに両手でふたりを掴むことで四人確保し、飛び退いた。移動速度において、ウルクを越えるものはこの部隊にはいない。

 またしても降り注いだ大量の光の枝葉は、ウルクたちが立っていた場所一帯を圧壊させ、森の木々さえ跡形もなく粉砕し尽くした。ナジャドは、森の支配者であるようだが、森がどうなろうと知った話ではないとでもいわんばかりの攻撃は、暴君というに相応しいものがある。ウルクたちを排除することを優先しているというのもあるのだろうが、それにしたって形振り構わなすぎではないだろうか。

「ったく、これじゃあ攻撃することもできやしねえな」

 エスクがうんざりとぼやいた。光の瀑布を回避するためには大きく移動しなければならず、その結果、光の大樹との距離が大きく開いていた。遠距離攻撃手段があり、的が大きいとはいえ、だ。攻撃する機会すら奪われているのが現状なのだ。攻撃しようにも、そのときには再び空が唸っている。そうなれば、回避に専念せざるを得ず、逃げ遅れた何人かが犠牲になる。

「それが狙いなのでは?」

「防戦一方で疲れ果てるのを待ってるって?」

「おそらく」

「……まあ確かに、このままじゃそうなる未来が目に見えてるな」

 エスクが苦い顔をするのもわからないではない。人間の体力は無尽蔵ではない。回避に専念し続けたとしても、いずれ力尽きるだろう。そうなれば、光の瀑布に飲まれ、殺されるしかなくなる。光の瀑布は、森の枝葉による攻撃よりも遙かに威力が高く、避け損ねれば圧殺されるしかない。ウルクでも耐えられるものかどうか。

 何人かが、光の大樹に向かって攻撃を行った。火球や雷撃といった遠距離攻撃は、しかし、光の大樹に到達する直前、上空から降り注ぐように伸びてきた枝葉によって妨げられた。光の枝葉でできた盾は広く分厚く、簡単には貫くことはできないだろう。たとえ、いま出現した盾を貫く威力があったとしても、枝葉の盾だ。いくらでも分厚く、強固なものにできるに違いない。

「ったく、手堅い戦い方だな」

 エスクは吐き捨てるように告げると、その背後に光の環を出現させた。召喚武装ホーリーシンボルの能力を想起させるそれは、実際にホーリーシンボルの能力そのものであるらしく、彼は、先程よりも遙かに速く、前方に向かって飛んだ。頭上がざわめいている。ウルクも、彼に倣って前方に飛んだ。今度も、四人を抱えて、だ。そこでエスクの狙いに気づく。後ろに飛び退いて避けていては、ナジャドとの距離が開く一方であり、遠距離攻撃しか攻撃手段がなくなるが、ナジャドに向かって移動しながら攻撃をかわせば、むしろ接近することができ、攻撃する方法が増えるという寸法だろう。

 実際、光の瀑布を回避しながらの接近というのは、上手く行った。

 二度に渡って回避した結果生まれた大樹との距離を、二度に渡る前方への回避で取り戻し、三度目の回避で光の大樹の目前へと至ったのだ。とはいえ、無傷というわけにはいかなかった。なぜならば、ナジャドも、ただ同じ攻撃を続けてきたわけではなかったからだ。

 光の枝葉が降り注ぐ範囲、速度が回数を重ねるごとに強化された結果、光の瀑布のたびに飲み込まれる武装召喚師が増加した。

 大樹の根元に辿り着いたときには、武装召喚師の数は約半数ほどにまで激減しており、ウルクに抱えられた二名と掴まえられた二名は、彼女に大いに感謝を示した。



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