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第二千五百五十四話 謳う森(二)

 森。

 見渡す限り、どこもかしこも緑で埋め尽くされている。

 どこもかしこも、だ。

 周囲四方だけではない。上空から見ればよくわかるのだが、地平の果てまで緑の天蓋が大地を覆っていた。わずかに地面が覗くのは、エスクがソードケインで切り開いた一点だけであり、緑の大地のほんのわずかな一部分に過ぎない。塔の中とは想えないほどの空間は、分霊の力によって空間そのものがねじ曲げられているからだといい、この森も、分霊の力によって作られたものらしい。見渡す限りの森。樹の海と言い換えてもいい。緑の海が、どこからともなく吹き抜ける風によってざわめき、緑色の波を起こしていた。しかし、その波に反発するように動きを止めている木々もある。それは、エスクたちを攻撃するべく、枝葉を伸ばしているからのようだ。枝葉を伸ばすためには、風に揺れている場合ではないのだろう。

 頭上には、青空が広がっている。雲ひとつない青空だ。太陽も存在しないところをみると、やはり、この空間そのものが作り物のようだ。偽りの空。欺瞞に満ちた森。虚構。どこかにその虚構を作っている本物があるはずだ。本物が、いるはずだ。

 ウルクが長い滞空時間で見たものが、それだ。ただでさえ人体とは比べるべくもない跳躍力は、マユリ神や多くの支援によって驚異的なものとなっていた。そこから波光の噴射によって滞空時間を稼ぎ、周囲の状況を確認したのだ。分霊の居場所を探し出すため以外のなにものでもない。

「どうだった?」

「地平の果てまで森でした」

「うん?」

「分霊の居場所は特定できなかったということです」

「そうか……」

 明らかに落胆したようなエスクの反応にウルクは疑問を持った。

「期待していたのですか?」

「そりゃあ、まあ」

 彼は、どこかバツの悪そうな表情をしながらソードケインを振るったが、ウルクには、彼の思考が読めなかった。

 そもそも、エスクがウルクに物事を頼むということ自体、めずらしいことだ。普段、あまり関わりを持たない。同じくセツナを主と認識し、セツナに仕えているという共通点はあるのに、だ。

 それはエスクがシーラともども戦士としてセツナに仕え、ウルクは、レムと同じく従僕として仕えているからだろう。役回りや立場が違うのだ。結局、戦場に出るのは同じとはいえ、普段は、あまり言葉を交わすことがなく、故に彼の思考がわかりにくかった。レムのことは、それなりにわかってきたのだが。

 彼が突如、ウルクに頼んできたのは、上空から周囲を見回し、怪しい場所がないか探って欲しいというものであり、それくらいならば容易いと請け負ったはいいが、結局はなにも見つからなかった。そのことでエスクが気を落とすのがウルクには理解できない。そもそも、空から見渡せばなにかが発見できるものでもあるまい。

「分霊の位置ならば、マユリに聞くべきでは?」

「……それもそうか」

 エスクが納得したように腕輪型通信器に目を落とす。彼は、左腕から衝撃波を発して迫り来る枝葉を吹き飛ばしながら、マユリ神に通信した。すると、返ってきたのは意外な言葉だった。

『分霊を示す光点は、おまえたちのすぐ近くにあるようだが?』

「へ? 嘘でしょ」

『嘘なものか。だからなにもいわなかったのだ』

「うっそだあ」

「マユリが嘘をつく道理がありません」

「いやそりゃそうだけどさあ」

 エスクは、困り果てたような顔をしたが、その意図が読めず、ウルクは小首を傾げた。ウルクは遠距離攻撃手段を使えない手前、現状、エスクの話し相手になるしかない。

「近くって……どこだよ」

 彼がぼやくのを聞きながら、ウルクは、全感覚器官を最大限に機能させた。周囲を見回し、音を聞く。見えるのは戦闘の風景であり、聞こえるのは戦闘の音。森の蠢き、木々のざわめき、枝葉の動く音。それらを攻撃する武装召喚師たちの気合いの声が大気を振るわせる。それとは別に、大地が揺れている。こちらを攻撃している木々の直下。わずかに、ごく静かに、震えている。気のせい、などというものはウルクにはない。魔晶人形の感覚器官は誤魔化せない。捉えた情報に間違いはない。

 そう結論づけた瞬間、彼女は動いていた。

「あ、おい!」

 エスクが呼び止めるのも無視して、薙ぎ倒された木々の上を飛び越えていく。頭上を進んでいた枝葉のいくつかがウルクに狙いを変えた。が、それらは炎によって焼き払われるなり、光刃によって切り裂かれ、ウルクの進撃は留まるところを知らなかった。木々を踏み越え、震動の発生源へ迫る。すると、周囲の木々が一斉に鳴動し、すべての枝葉がウルクに襲いかかってきた。

(やはりそうですか)

 ウルクは、敵の反応を見て、確信に至った。感覚器官が捉えた情報は間違いではなかった。震動の発生源こそ、分霊の居場所であり、震動しているのは、そこから木々に命令を送っているからなのだ。無数の枝葉がウルクを貫かんと押し寄せてくるが、彼女は、微動だにしなかった。鋭く尖った枝でさえ、弐號躯体を傷つけることは不可能だ。滝の如く降り注いでこようと、むしろ傷つくのは枝葉のほうであり、凄まじい勢いでウルクに直撃し、逆に粉砕されていく枝葉ばかりだった。

 その様を目の当たりにして唖然としたり、苦笑したりするエスクたちの反応に気づきながらも、彼女は、眼下の地面に目を向けた。やはり、震えている。わずかに。ほんのわずかばかりの震動。ウルクでなければ気づけなかったわけではあるまいが、エスクたちは、戦闘に集中していることもあり、気づきようがなかったのだろう。

 ウルクは、枝葉の雨が降り注ぐ中、平然と拳を振り上げると、拳に波光を収束させた。首の強度の問題により、波光砲を使うのは禁じられているが、これくらいならば問題はないだろう、と、彼女は勝手に考えいた。首辺りの温度が急激に上昇していくが、接合部の金属が溶け出すほどではない。波光砲よりもずっと控えめの収束なのだ。

(なんの問題もありませんね)

 彼女はひとり納得すると、震える地面に向かって波光を帯びた拳を叩き込んだ。直撃と同時に波光を流し込むことで、ただの拳の一撃とは比べものにならない破壊力を発揮する。さながら地面が爆発したかのように周囲一帯が吹き飛び、土砂が舞い上がり、粉塵が視界を見たし、無数の木々が横倒しになっていく。足下に大穴が開いたことでウルクは自由落下するが、彼女は構わず、足を振り上げた。今度は右足に波光を収束させ、大穴の底への着地と同時に踵を叩き込む。再び、波光が炸裂し、大穴がさらに深く、大きく拡大する。土砂の嵐の中をまたまた落ちていく。不意に熱量を感じた。躯体から波光を噴出し、自由落下を止め、飛び退く。瞬間、光の帯がウルクの視界を縦断していった。よく見るとそれは、光の帯などではなく、光熱を発する樹木だということが明らかになる。その幹から枝が伸び、ウルクに襲いかかってくるが、彼女は穴の壁面を蹴って上に登ることで回避した。さらに立て続けに光の枝が伸びてくるが、それらもかわしながら穴を登りきる。と、エスクたちが待ち構えていた。

 ウルクは、エスクの側に着地するなり背後を振り向きざま、伸びてきた光の枝を蹴りつけ、吹き飛ばした。エスクや武装召喚師たちがそれに続いて猛攻をしかける。光の枝は、無数に地上に伸びてきていたからだ。枝だけではない。大穴の奥底から伸び上がってきた光熱の樹木は、いまや大樹となり、上空において無数の枝葉を生い茂らせていた。森の木々とは比べものにならないほどの大きさは、もはやウルクが開けた大穴よりも巨大であり、圧倒的としかいいようのない存在感を見せていた。



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